猛暑の中、君と僕に広がる寒冷の雪。

猛暑の中、君と僕に広がる寒冷の雪。

作者 せにな

https://kakuyomu.jp/works/16818093081482222859


 母に頼まれて、部活を休んでキッチンカーでアイスを売っていると、片思いの先輩がやってくる。二人は冗談を交わし、休憩時に一つのスプーンでアイスを食べ、互いに好きだと思う話。


 恋愛もの。

 ラブコメ。

 とっとと付き合ってください。

 アイスが食べたくなりました。


 三人称、後輩である少年視点、先輩視点、神視点で書かれた文体。会話が自然で、キャラクターの関係性がよく伝わる。


 女性神話の中心起動に沿って書かれている。

 主人公には同じ部に、宿題を手伝ってもらった好きな先輩がいる。

 母はアイス屋を経営している。彼は部活に行きたかったが、脱水症状で倒れた母の代わりに主人公は猛暑の中、キッチンカーでアイスクリームを売っている。

 そんな中、先輩の少女が現れ、少年に会いに来たと言う。

 二人は冗談を交わしながらも、互いに好意を抱いていることを隠しきれない。

 休憩がてら、二人は一緒に川の方へ行くことにする。

 アイスを食べるとき、スプーンを忘れたことに気付く主人公。でも先輩は「ここにスプーンがひとつあります」口の前にあったスプーンを自分のチョコチップアイスに突き刺し、少年に見せつけるかのように溶けかかったアイスを持ち上げる。「可愛い先輩との間接キスをするかい?」

「食べますよ。当然」右腕を上げた少年は先輩の手首を掴み、大きく開いた口でスプーンにかぶりつく。「ほら、後輩くんとの間接キスですよ」

 二人は心の中だけで思う。「ほんと、好きだ」と。


 降り注ぐ陽光が蝉の声で、さらに暑さを増す謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末にいたるか気になる。

 書き出しの降り注ぐ太陽の光が、蝉の鳴き声でさらに暑くなる書き出しは、二人の恋が更に盛り上がっていくことを暗示していたのだろう。実にいい書き出しである。

 遠景で、周りの様子を描き、近景で、川の畔でバーベーキューする様子を描き、心情で暑さを感じさえないキッチンカーが止まっていることを示している。

 カメラのクローズアップのような、客観的視点による導入からはじまり、キッチンカーの中の主人公が「あちぃ……」といって、洗濯物のようにカウンターに身を乗り出す。

 やはり暑いのだ。


 主人公は暑い中、キッチンカーでアイスを売っている。行きたかった部活を休み、脱水症状で倒れた母親の代わりとして。事情があるとはいえ、かわいそうに思える。

 また、お客がくれば、川で泳いでいた少女が買いに来たら、暑さでうなだれた顔ではなく、営業スマイルで対応する姿に、共感を得る。

 好きな先輩に会いたいがために部活に行きたかったと沈むところもまた、若者らし、素直さが出ていたり、客がいるときといないときの、オンとオフの差が激しくて面白い。こういうところに人間味を感じ、共感を抱く。


 長い文ではなく、数行で改行している。句読点を用いて一文を長くならないよう、ときに口語的で読みやすく、軽快で親しみやすい文体。登場人物の性格がわかるような自然な会話が多く、心のなかで思っていることも書かれていて、二人の関係、キャラクターの感情の動きが伝わりやすくなっている。

 五感を使った詳細な描写が多く、情景をイメージしやすい。視覚では、陽光が降り注ぐ風景や川で遊ぶ子供たち、キッチンカーの中の様子などが詳細に描かれている。聴覚では、蝉の声や扇風機の音、会話の声など。触覚は少年が扇風機の風に後頭部を冷やす感覚、アイスクリームの冷たさや溶ける食感など。嗅覚では、少女のシャンプーの香りが描かれている。


 主人公である少年の弱みは、母親の願いを断れず、自分の時間を犠牲にしていること。先輩に対する好意を隠しきれず、冗談として受け流してしまうこと。

 アイスクリーム屋は、主人公が小さい頃からなのだろう。

 母の手伝いをしたこともあるため、母が倒れたとなれば、たとえ大好きな先輩がいる部活に行きたくても、優先してしまうのは仕方ない。

 そうした本音を隠すところは、客商売には大切で、お客の前ではだらしない姿を見せてはいけない。おそらく、母から教わってきたことで、主人公の性格にもなっているのだと考える。

 そうした主人公だからこそ、先輩に対して好意を抱きつつも、表に出せず、かといって隠しきれるものでもないところに、本作の面白さが出ている。

 先輩は主人公の対となる存在なのだろう。

 実によく似ているので、お互いが好意を抱きながらも隠しきれず、でもきっと本人は隠し切れていると思い、互いに駆け引きをしているようなやり取りをしていく。

 三人称で、客観的に書かれているため、読み手は二人の気持ちを知りながらも、先輩のほうがグイグイきている。

 食べた椅子を美味しいと言った先輩に作った甲斐があったといえば、「……な、なら毎日作ってくれても良いんだよ?」「先輩はな?毎日作ってくれと言ってるんだ」といっているのに、「そんな『毎朝お味噌汁を作ってください』みたいに言われましても……」と受け流す。

 読者をヤキモキさせるのは上手い。

 休憩で川へ行こうと誘い、自分のスプーンを忘れ、先輩が自分のスプーンをチョコチップアイスに突き刺し見せつけ、「可愛い先輩との間接キスをするかい?」と挑発してくる。

 これに対して「食べますよ。当然」と食べる展開は、これまでの主人公の性格や行動、思考や葛藤から考えると、予想外で驚かされる。やっとですか、という感じもあるけれども、実に微笑ましいラストだった。

 

 よくをいえば、少年と少女の関係性がもう少し具体的に描かれているとさらに感情移入しやすかったかもしれない。どういう部活で、どうして宿題を教えてもらうことになったとか、二人が仲良くなったきっかけとか。それに加えて、少年の内面描写がもう少し深くなると、葛藤や成長がはっきりしてくるのではと考える。

 三人称は複数の視点を切り替えて描写できる利点がある一方、視点ブレしやすい。先輩の視点が途中で混ざるため、主人公に感情移入していたのに興味が薄れると、共感できなくなってしまう。なるべくなら三人称一元視点、つまり主人公視点で書いたほうが良かったかもしれない。

 結末部分は客観視点でまとめるのはまちがってないので、二人は互いに好きだ、というラストは良かった。


 読後にタイトルを見て、二人の素直になれない部分を寒冷の雪にたとえていたんだと納得した。ようやく二人の万年雪も溶け、これから恋が深まっていくのだろう。素敵な青春を送りますように。


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