君が吐いた一つの嘘。
君が吐いた一つの嘘。
作者 沙月雨
https://kakuyomu.jp/works/16817330658859591543
寿命が一週間となった紗凪の前に幼馴染の瀬名が現れ、三つの願いを叶えようとするも、紗凪は自分の命を犠牲に「来世でも、来来世でもいいから迎えに来て」と叫んで仮死状態にある彼を助け、八日目の朝、彼が病室に迎えに来る話。
文章の書き方云々は気にしない。
現代ファンタジー。
感情豊かで読みやすく、描写が魅力的な物語。
死神とのやり取りがユーモラスで、深いテーマを扱っている
主人公は紗凪。一人称、私で書かれた文体。途中、瀬名視点の墨で書かれた文体がある。自分語りの実況中継で綴られている。一応、現在、過去、未来の順に書かれている。
女性神話の中心起動に沿って書かれている。
主人公の紗凪は、病気が発覚したとき、余命は長くて三年と言われた。現実逃避のために母と、二つ年上の幼馴染の瀬名くんと一緒に海を訪れる。その日、雨が振り、幼馴染は紗凪を助けるために事故に遭い、仮死状態になってしまった。以来、雨と雷が嫌いになった。
ある日、病院の一室に死神が現れ、彼女に「迎えに来た」と告げる。死神は、死ぬ前に三つの願いを叶えるというルールを説明し、紗凪の寿命が一週間であることを告げる。
紗凪は、死神に対して敵意を抱きつつも、一つ目の願いで、死神は何者かを教えてもらう。ただ、時刻は四時半で良い子は寝る時間だからと、次に目を覚ましたときに教えてもらうことに。
死神は元人間。条件は三つ。『死ぬ予定があること』『二十歳以下の子供であること』『三つの願い事で叶えることはできない願い事があること』
生きていたら、死神の彼は主人公より年上だと教えてくれた。
死神になって叶えられる『願い事』は魂を百個集めたら叶う。そうまでしてまで叶えたい願い事がある人だけが死神になれる。『願い事』を叶えた魂は、普通の人と同じように天界に行く。普通の人間は『生』の管轄にいるから死神が回収するが、死神は『死』の管轄にいるため、案内役なしで自分で天界へ向かうという、。彼の存在を受け入れ、願い事を叶えてもらうことにする。
四日目、紗凪は二つ目の願いとして海に行きたいと死神に頼む。死神は準備を整え、紗凪の魂と体を一時的に分離させ、彼女を自由に動けるようにした。二人は電車で海に向かい、紗凪は日記を書きながら旅を楽しむ。
海に到着すると、紗凪は水に足を浸し、楽しむが、突然雨が降り始める。二人は雨宿りのために古びた建物に避難し、紗凪は自分の過去を語り始める。彼女は二年前、病気が発覚した時に幼馴染と一緒にこの場所を訪れたことを話します。幼馴染は紗凪を助けるために事故に遭い、仮死状態になってしまった。
紗凪は三つ目の願いとして、幼馴染の瀬名くんを助けてほしいと死神に頼むが、死神はそれは無理だと答えた。
六日目、紗凪は死神に対して感情を爆発させ、自分が生きていることが周りに迷惑をかけていると感じていることを告白する。死神は彼女の感情に共感しつつも、現実世界に対する干渉はできないと説明するが、幼馴染を助けられない『叶えられない願い事』なら、なぜ自分は死神にならなかったのかと問い詰める。
死神はわかっていたと答え、その選択肢を選ばせなかったこと、「一つだけ君に嘘を吐いたんだ」と告げる。
七日目、死神は紗凪に対して、自分が彼女を迎えに来たのではなく、助けに来たこと、そして自分自身を殺しに来たことを告白した。
死神の正体は、紗凪の幼馴染の瀬名くんであり、彼は紗凪の病気を治すために死神になったのだ。
紗凪は三つ目の願いとして、死神である瀬名くんが生きることを願います。最終的に、紗凪は自分の命を犠牲にして瀬名くんを助けることを決意し、彼に普通の人生を送るように願う。来世でも、来来世でもいいあら、迎えに来てよと叫んで。
八日目、午前四時。紗凪は目を覚まし、生きていることに気づく。彼女は死神との一週間の出来事を振り返っていると、ノックをする音がした。現れた瀬名くんを見て笑み、日記ノートをみる。『これは、私が死ぬまでの一週間の物語』彼も嘘つきだが自分も嘘をついた。このノートは、一年後、十年後、百年後まで続くわたしたちの物語だから。
あのいけ好かない死神が浮かべていたような笑みを浮かべると、来世じゃなくなったけと、「こんにちは。貴方を迎えに来ました」と瀬名くんは言葉をかけてくるのだった。
雨と雷が嫌いな謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎には、どんな関係があり、どのような結末を迎えるのかが気になる。
主人公のモノローグの書き出し。
それでも遠景で、まず「雨が嫌い。雷が嫌い」と漠然と説明し、近景で具体的に「あの日」を説明し、心情で雨と雷がやまなかった「その日」、主人公にとっては今日であり、日記ノートを振り返って読んだときでは寿命が残り一週間と告げに死神が現れた「その日」もそうだったと語っている。
本作は、「かつて、こういうことがありましたよ」という体裁で書かれているのがわかる。
この段階ではまだ、主人公が病気で入院していて寿命があと一週間しかないことをしらないのだけれども、ミステリー好きの人は、死神が現れた流れから、主人公は助かるかも知れないと思うかも知れない。
そんな人がいるかどうかわからないけれど、「あの日」と「その日」で書き分けて時間経過しても、嫌いな気持ちは変わらないとする書き方がいいなと思った。
そう思わせる、トラウマ的なことが過去にあったことが、冒頭から匂わせてている。これだけで興味を持つ。
主人公は入院していて、怪しげなローブをまとい、フードをかぶった不審者の死神がやってくる。「僕は死神です。————貴方を迎えにきました」予期せぬ衝撃的展開に、かわいそうに思えて共感してしまう。
なのに、お茶を出してもてなしている。それでいて、タイムリミットは一週間後の午前零時までが寿命だといわれる。そのあと、最初の願い事で死神についてを尋ねる流れから、主人公に魅力を感じる。
むしろ、「今使っていいの? あとで後悔するよ? と何度も念を押してくる」死神のほうが、人間味を感じる。
主人公は「鬱陶しい」と返しているのだから。
それでも、少しやつれた母親が見舞いに来て、お金の心配をしている。母子家庭で、「昔は『大きくなったらたくさん働いてお母さんに恩返しするんだ』と言っていたのに、今はこのざま」とため息を吐いている姿に、人間味を感じる。
こうしたところから、共感を抱いていく。
主人公の一人称視点で、感情豊かで細かい描写が多く、紗凪の内面の感情の変化や思考が丁寧に描かれている。人物の動作で心情や状況を示しているのもいい。
紗凪と死神のキャラクターが立っているので、読者に感情移入させる力がある。
長い文にせず、改行をこまめにしている。
一文はそれほど長くなく句読点を使い、短文と長文をつかってテンポよくしているし、口語的で自然な会話も多く、読みやすい。細かい描写が多く、情景が鮮明に伝わる。
紗凪と死神、母親との対話が多く、物語の進行がスムーズで、重要な役割を果たしている。とくに死神とのやり取りがユーモラスでありながら、死や願い事、家族愛など、深いテーマを扱っているのが特徴。
五感の描写では、視覚、聴覚、触覚などを使った描写が豊富で、臨場感を与えているところが良い。
視覚では、病室の白い壁や白い天井、死神のローブ、月明かりに照らされた人物、電車の揺れ、砂浜、海の風景、海の青さ、雨宿りの古びた建物、雨の降る様子、夜風に揺れるカーテンなどが詳細に描写されている。
聴覚は雷や雷の音、死神の声、母の声、ナースコールの音、車椅子のタイヤの音、お茶を啜る音やココアの缶が落ちる音、電車の音など。触覚は冷たい手、ひんやりとした夜の空気、海の冷たさや砂、頬を撫でる風、死神に引っ張られる感触など。
嗅覚や味覚を追加すれば、さらに臨場感は出るかもしれない。
描いていないのは、主人公は寿命が一週間と死に近く、海に行ったときは半分の魂、死神も死の側だからと想像する。五感の嗅覚や味覚は生を感じやすいものなので、あえて外したのかもしれない。
病院や海岸の描写がもう少し詳しければ、臨場感が増すかもしれないけれども、それだけ主人公が生に執着していないことの現れかもしれない。
主人公の弱みは、病気で入院しており、体力がなく車椅子生活を送っていること。
過去の辛い記憶から雨と雷を嫌っていること。幼馴染を助けられなかった罪悪感。死への恐怖、母親への負担感など。
これらの弱さから、自分が生きていることが周りに迷惑をかけていると感じ、自己評価が低く、過去のトラウマを引きずり、感情を素直に表現することができないため、母親に対して辛く当たってしまう。
主人公は幼馴染を助けてほしいと願い、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤から、死の管轄化にある死神は生に干渉できないと知った主人公は、負担にさせている自分が死んで清々したと思ってほしくて、母に辛く当たってしまう。
この行動は、予測はできる。同情もする。
でも、そのあと死神が幼馴染であり、主人公の病気を治すことを願い事にして死神になった彼に、「私は、認めない。私の三つ目の『願い事』は――――『貴方が生きる』こと」といって、「貴方の『願い事』だって、神様がどこまで叶えてくれるかわかんないでしょ⁉️ 『生』に干渉することなんて…………たとえ死神をまとめる神様だとしても、融通きくかわかんないじゃない! だって、叶ったの見たことないんだから! やっぱり神様なんてくそくらえだわ!」「私の、『貴方が生きる』って願い事は叶うのよ!」「死神を束ねる神様だか知らないけど、どっかで聞いてんでしょ⁉️ 死神の魂は『死』の管轄にいるって、さっき言質はとったのよ! つまり『生』の干渉にはならないんだから、無理っていう言い訳はできないの!」「いーい⁉️ 私は確証のない貴方の『願い事』と違って、三つの『願い事』を叶えてもらうっていう検証はもうされてる! 私の『願い事』は絶対に叶うの‼️」と叫ぶ展開は予想外というか、驚かされた。
死神は死の管轄なので、主人公の病気を治すのは生の管轄。
幼馴染の、主人公の病気を治す「生の管轄の願い事」で「死の管轄の死神」になるのは、矛盾がある。それでも幼馴染は死神になっているのだから、死神にさせた神様が嘘をついているか、死の管轄の死神も生を扱えるかのどちらか。
二人の願いが叶い、人間として再会するラストを迎えたということは、神様側が矛盾があったことを認めたのかもしれない。
聖書のある物語を思い出す。
夜、一人の男がヤコブのテントに入ってきて、夜明けまで彼と相撲をとった。男は彼に勝てないのを見て、「私を去らせてください」といったが、ヤコブは「私を祝福しない限り、あなたを帰らせません」と答えた。男は「王子として、あなたは神と力を競い、勝ちました。あなたの名前はなんですか?」と尋ねる。
「ヤコブです」
答えると、男は言った。
「あなたの名前はもうヤコブではなく、イスラエルです」
この物語は、時に人は神と争うことも必要なことを教えている。
誰の人生にも悲劇に見舞われることが必ず起きる。これにどう答えていいかわからない者は、諦める。
でも、神は公正ではないと感じ、存在の意味を求める者は、自分の運命に挑戦する。
勇敢なものは、常に頑固である。
心に聖なる火を持つ者だけが、神と対決する勇気を持っている。
そんな勇者に神は微笑む。なぜなら、神が望んでいるのは一人ひとりの人間が自分の責任を自ら握ることだから。
紗凪は神に挑み、勝ったのだ。
「だってこのノートは、一週間だけではなく、私だけでもなくて。一年後、十年後、百年後まで紡ぐ――――私たちの、物語」という彼女の思いは、まるで勝どきのように誇らしい。
読後、タイトルを読みながら、素敵な嘘だったと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます