煌めきの速度
煌めきの速度
作者 卯月なのか
https://kakuyomu.jp/works/16817330669266151150
進路希望調査用紙を前に将来に悩む高校二年生のアオイとハルカは、残り少ない子供でいられる時間を楽しく過ごそうと、ブランコを漕いで笑い合う話。
文章の書き出しはひとマス下げる等は気にしない。
現代ドラマ。
これもまた青春の一ページ。
いい話。
彼女たちの感情がリアルに描かれているところが素晴らしい。
三人称、高校二年生のアオイ視点で書かれた文体。主人公の内面描写が丁寧で、シンプルで読みやすい。
絡め取り話法で書かれている。
高校二年生のアオイとハルカは、進路希望調査用紙を前に将来について悩んでいる。放課後の美術室で、二人は進路や大人になることの不安を語り合う。アオイは地元の私立A大の名前を適当に書き、ハルカはやや偏差値の高いS大を書いた。
「どうせ大人になるんならさ、何でこんな楽しい今が要るんだろね。……もう……大人になりたくなくなっちゃうじゃん……」
ハルカはアオイを励まし、二人はコンビニで肉まんを買って公園で食べながら、将来について話す。
「大人になるの、嫌だな〜って、あたしも思うよ。……だけどさ、あたし思うんだよね。もしかしたら、将来とか、そんなに気にしなくてもいいんじゃね⁉️ って」
再来月にもまた希望調査用紙が配られ聞かれるので、その時までに決めればいいと語るハルカの言葉に、やりたいことはあるのか尋ねると「ないよ。だってあたしも適当に書いたもん!」「あたしもアオイの話聞いて、確かにって思ったよ。でもさ。今のあたしらに出来るのは、残り少ない子供でいられる時間を、超楽しくすることじゃね? ……だからさ……もうちょっとだけ、笑ってよ? あたし……アオイの笑顔が見たいな!」ハルカの明るさに触れ、アオイは少しずつ前向きな気持ちを取り戻す。
肉まんを食べ終えた二人はブランコで遊び、子供のように笑い合い、また明日と手を降って別れていった。
進路に悩む謎と、主人公に訪れる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末を迎えるのか、興味が湧く。
セリフからはじまる書き出し。
遠景で放課後の美術室、進路について語るハルカ。近景で二人しかいない室内の、窓の桟にもたれかかるアオイとハルカがため息を付く様子を描き、心情で、親友のハルカとこの場所でくだらない話をするのがすきだったと語る。
場面の情景が浮かんできて、読み手は主人公に共感していく。
主人公は進路に悩む高校二年生。親友のハルカがいて、調査用紙を紙飛行機にして飛ばそうとするのをみて、ドラマ飲み過ぎだよと笑いながら肩を寄せ合うところは、人間味があって楽しそう。それでいて、新任教師から早く帰りなさいと言われ、ハルカは塾を思い出し、アオイは一人で帰宅して、誰もいない家へと帰宅する。進路も、やりたいこともなく、もやもやしたまま時間だけが過ぎる様子から、寂しさや可愛そうな感じがしてきて、共感を覚えてしまう。
文章が長めで五行以上になるところがある。三人称は、どうしても地の文が表現や言い回しが硬くなり、面白みに欠ける性質がある。それでも、一文を長くしないよう句読点を用いていたり、ところどころ口語的にしたり、会話を間をはさんだりして、シンプルで読みやすくしている。
会話文も多く、女子高生の感じがよく出ていてるし、進路に悩む様子も感じられ、会話が自然で、キャラクターの個性がよく表れているところが実に良い。
主人公の内面描写が丁寧で、読者層である十代若者も共感しやすく書かれている。
帰宅後の、主人公の様子が実によく描けている
夕食の肉じゃがをちまちまと口に運びながら、アオイは何気なしにテレビをつけた。超名門大学の学生が何やら難しそうなクイズを解く番組だった。「大学かぁ。……この人達、この大学出て何の仕事すんだろ」
実に最もな意見。多くの人が思うことであり、作者の言いたいことが込められているかもしれない。
五感を使った描写が豊富で、情景が目に浮かぶ。視覚の描写では、美術室の風景や夕暮れの空、公園の様子などが詳細に描かれている。
聴覚は、笑い声やブランコの金属音、子供たちの声など。触覚は、肩を寄せ合う感覚やブランコを漕ぐ感覚など。嗅覚では、肉まんの良い匂い。味覚は、肉まんの味が描写されている。
比喩を使って表現をされているのも特徴。ハルカを動物の動きに例えているのが、わかりやすくて可愛らしい。想像しやすかった。
主人公のアオイの弱みは、将来についての不安や、進路を決めることへのプレッシャーを感じていること。
自分の気持ちを上手く言葉にできないことや、他人に対して素直になれないことも弱みとして描かれている。
そんな弱みがあるから、ハルカがやや偏差値の高いS大学を書いたと聞いて、口の端だけを無理に吊り上げた、不器用な笑みを見せたり、本音を漏らしたりする。
ハルカもハルカはハムスターのように頬を膨らませては「うっさいなぁ。大丈夫だよ、明日になったら勉強の神が降りてくる予定だから!」言ったり、笑われたらアオイの肩をペンギンの羽みたいにペシペシと叩いたり。二人のやり取りが、難しい現実を前にしながらも明るく足しく笑い合っている姿が素敵なのだ。
互いに弱みを見せ合うから、一緒にコンビニで肉まんを食べながら、お互いの気持を話す流れへとなっていく。
読者にも、将来の不安を悩んだことがある人は、二人の揺れたりぶら下がったり、暗い顔をしては笑ったりする姿に共感し、感情移入していくだろう。
「子供でいたーいっ‼️」もそうだし、どっちが遠くまで飛べるか競争したり、「ブランコが振れる度に鳴る無機質な金属音ですら、何故か今の二人には面白い、始めて聴くような音に聞こえた」などの表現も良い。
かつては「箸が転がるだけでも笑う」なんて表現もあったくらいに女子高生は、なにがおかしいのかわからないことでも笑えてしまうときがある。
大人にはなりきれていない、かといって子供とも呼べない。それでも、子供でいられる時間をなくしたくない気持ちが行動や言動に現れていて、かつてそんなときもあったことを、読み手にも思い出させてくれる。
秋の夕暮れの空の描写が、主人公たち自身の若さの時代を象徴し、喩えている感じがして実にいい。
「秋の夕暮れの空は、この世にある全ての色が一緒くたにされている。それは混ざり合って黒くはならず、柔らかなグラデーションを作り、子供達を帰路へと導いていた」
高校生という時代を生きる人たちを、一つにまとめたとしても、それぞれは違う夢や将来、生き方を模索していて、決して同じにはならない。それでいて、まだ子供なのだ。
似たような日常、高校二年生の秋、この時間にしかない空気感を上手く表現できていて、いい作品だと思う。
アオイの内面描写が多い一方、ハルカの内面をもう少し掘り下げられたら、二人の対比がより鮮明になったかもしれない。三人称で書いているので、ハルカ視点で描くこともできたかもしれない。
あるいは、アオイの知っているハルカの家のことを、モノローグで語らせたり、ハルカ自身に話させたり。
とはいえ、登場人物の感情や五感の描写が豊かで、共感しやすい作品だった。
タイトルは、キラキラ高校時代に感じる歳月の速さと、二人が競い合ったブランコ、夕暮れの日の落ちる速さ、それらを含んでいるかもしれない。作品によくあっていて、読後はじんわり染みて良かった。
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