月下の歌
月下の歌
作者 瑠奈
https://kakuyomu.jp/works/16818093081203622527
父の形見の望遠鏡で星を見ている内田悠は、美しい歌声を持つ少女セナと出会い仲良くなる。母に望遠鏡を捨てられセナに助けを求めるも、十年前に溺死した霊である彼女の歌声に導かれた彼は溺死してしまう話。
現代ファンタジー。
現代版の新たな人魚姫のような話。
三人称、内田悠視点と神視点で書かれた文体。シンプルで読みやすい文体。情景描写が豊富で視覚的なイメージを与える。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じ共感するタイプとメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
主人公の内田悠は家庭環境に問題を抱えており、母親との関係が悪化している。父親を事故で失い、母親は悠に無関心で、彼は孤独を感じている。寂れた町の浜辺で父の形見である望遠鏡で天体観測をしているとある日、彼は美しい歌声を持つ少女セナと出会う。セナは毎晩浜辺で歌っており、二人は次第に親しくなる。
ある日、母親が悠の大切な望遠鏡を売ってしまい、悠は家を飛び出す。セナに助けを求めるために浜辺に向かうが、セナは彼を海に引きずり込み、二人は溺れてしまう。後に、浜辺で悠の遺体が発見される。セナは実は十年前に溺死した少女の霊であり、彼女の歌声に魅了された悠は彼女と共に命を落としてしまうのだった。
大きな黒いバッグを傍らにおいて電車から夕日を眺めている謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末を迎えるのが気になる。
書き出しがいい。
遠景で「線路を走る電車に、赤い陽が射す」といつ、どこにいるのか示し、近景で、大きな黒いバッグを傍に置いてぼんやり眺めている主人公を描き、心情で他に誰も乗っていないのは、sビれた街だからだろうと感想を述べて、なるほどと納得するのに読み手も共感していく。
とくに、「線路を走る電車に、赤い陽が射す」がいい。
赤は異界の象徴。その夕日をぼんやりを見ている主人公は、物語の冒頭から日常から非日常へと入り込んでいることを、さり気なく読み手に示している。
だから、車内には他に誰も乗っていない。
しかも、主人公の心情、寂しさを情景で描いている。
無駄に説明しなくても、主人公は可哀想なのが伝わってくる。
実際、父親をなくし、男遊びしている母親にはかまってもらえず、お金もないから高校にもいっていない。バイトをしてお金が溜まったら家を出ようとしている。友達もいないという有り様なのだ。
夕日を見て綺麗だなとつぶやき、「世界には、こんなにも美しい景色がたくさんある。それを眺めている時は、現実を忘れられる。現実から逃れることができる」ところや、人間味を感じる。
子供っぽいところもあり、不思議な少女と出会う。これらから興味が湧くし、共感していける。一話の出来は素晴らしい。
文書は長くない。数行で改行し、一文を長くしないよう句読点を使い、短分と長文でリズムとテンポを良くしていて、読み手の感情を揺さぶってくるのもいい。ところどころで口語的、読みやすい。会話文からは登場人物の性格が感じられる。
情景描写が美しくて、実にいい。キャラクターの感情描写も丁寧で、ミステリアスな雰囲気があり、読者の興味を引かれてしまう。
五感の描写は多く、視覚的な刺激では、夕日が水平線に沈む様子、星空、セナの美しい姿などが詳細に描かれている。聴覚は、セナの澄んだ歌声、ひぐらしの鳴き声、波の音などが印象的に描かれ、触覚については、風が吹き付ける感覚、海水の冷たさなど。嗅覚にいれるか迷うところだけど、浜辺の生暖かい空気の描写がある。
主人公の弱みは、父親を失い母親との関係が悪く、家庭内で居場所もなく、友達もいないため、自分を認めてくれる存在が少なくて自己肯定感が低く、孤独を感じていること。
だから、父に買ってもらった望遠鏡を持って、家から遠い場所で、きれいな景色をみることで現実を忘れようとしていた。
そこでセナと出会い、物語が動き出していったのだ。
主人公とセナは、対になっていると思われる。
満月より三日月が好きなのは、満たされていないから。彼女自身が変化や成長を求めているのか、あるいは過去の出来事から解放されたい願望の現れかしらん。
主人公も、父親を亡くし、母と上手くいってなくて家にいづらい。
十年前、十七歳の少女が溺死した少女がセナなので、彼女もまた家庭内で居場所がなく、幽霊となり、自分を認めてくれる存在がなくて孤独だったのだろう。
主人公の目標、性格や価値観、中学の時に父を失い、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤の描写から、母を殴る展開は予測しやすく、むしろよく我慢したなと思う。
それでも、セナの歌声に踏みとどまり、彼女の元へ行く。
セナは「わたし、好きなの。辛くても、頑張って前向こうとしてる人が」「下を見ずに上を見てる。少なくとも、俯いてなんかない。そういう人が、好きなの」といっておいて、のちに「行こう、ユウ」と豹変して海へと誘っていく。
それは前向きで、上を向いている行動なのかしらんと思ってしまう。セナにとっては、その辺はどうでも良くて、一緒に行こうといってくれさえすれば自分は孤独にならずに済む、自分と同じ運命に引き込もうと思っていたのかもしれない。
セナは、十年前に死んだ少女の霊なのだけれども、どうして人魚姫のように歌って海へ誘ってくるのだろう。
主人公にとって、セナの歌は心の拠り所になっていたので、現実の苦しみから解放してあげたかったのかもしれない。
でも、彼は死ぬことを望んではいなかっただろう。
読後、美しい描写と感情が豊かに書かれていて魅力的な作品だなとおもった。主人公の悠が可愛そうだった。
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