色褪せた青を迎えに

色褪せた青を迎えに

作者 ナナシリア

https://kakuyomu.jp/works/16817330668271317975


 十年前、再会の約束を交わしたことを思い出した二十六歳の男は海辺を訪れ、女性と出会い思い出し、覚えていなかった後ろめたさと再会の嬉しさで胸が熱くなる話。


 現代ドラマ。

 複雑な心境を描いたラストが良かった。

 

 主人公は、二十六歳の立派な社畜。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 十六の夏、日付やどこなのかもわからないが、誰かと約束を交わした。

 十年後、二十六歳立派な社畜になった主人公は約束を思い出し、約束を果たすために海辺に来た。振り返ると、同年代の白いワンピースを着た女性と出会い、彼女の姿を見て、十年前が蘇る。

 居間と同じように海に来て、彼女が引っ越すことになった話をし、ハイタッチで別れようとしたとき、二人揃って車に惹かれたことを思い出す。覚えている記憶では、高校一年生の夏、一人で車に轢かれたこと、後遺症はないと言われたが、彼女については思い出せなかった。 

 その後、彼女は彼に対して約束を覚えていてくれたことを感謝し、主人公は覚えていなかった後ろめたさと、再会を喜ぶ気持ちとが混ざった複雑な感情で胸が熱くなっていた。


 蝉の声が酷くうるさいからはじまる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末を迎えるのかにこy味がひかれる。

 書き出しの遠景では、蝉の声がひどくうるさいことを、近景ではもはや色褪せてしまったあの夏の記憶、あの夏の約束とさらに絞っていきながら、心情では、夏が来る度にそれを思い出してイライラしていると語り、読み手に深く共感させている。

 それでも冒頭の書き出しは物語の導入なので、抽象的で洗表現にしている。

 とくに「あの夏の記憶」「あの夏の約束」が主人公をイライラさせていて、どうイライラしているかといえば、比喩として「蝉の声が酷くうるさい」と情景描写と心情を重ねて描いている。書き出しとしては実に上手いと感じる。


 主人公はあの夏の約束を忘れたいと思っているのに忘れられない、しかもそれが十年も続いていて、場所も日付もわからず、その内容をはっきり覚えていない。それだけでも可愛そうなのに、おまけに就職して社会人になっているものの「立派な社畜」になっているという。

 わからないにも関わらず、「海を眺めていると無断欠勤なんてどうでもよくなってきていらいらも消えて」とあるので、約束を優先させて海にまできたことがわかる。そんなところに人間味を感じ、共感を覚えてしまう。

 

 主人公視点で語られたモノローグ的であり、彼の感情と思考を直接描写されている。詩的な言葉遣いと抽象的な表現を用いながら、話が進むと密に描かれていき、情景を鮮やかに想像することができるき方がされている。

 長文にならないようにし、ときに口語的で読みやすく、三行程度にとどめては行変えを行い、長文と短文をリズムよくつかって、感情を揺さぶってくる。

 主人公の感情や環境を描くために、五感の描写を用いており、視覚的な刺激では「波が穏やかに打ち寄せる海を眺める」や海辺にやってきた彼女の姿など、聴覚的な刺激では「蝉の声が酷くうるさい」や波の音など、再会を果たし後の複雑な気持ちの感覚を描いて、読者に場面をイメージさせている。


 主人公の弱みは、過去の記憶を完全に思い出せないこと。

 十年年前の約束の忘れた記憶の欠如が物語を盛り上げ、主人公が自身の過去と向き合う様子に惹きつけられる。

 事故に遭遇して、記憶をなくす経験をしている人は多くないけれども、約束を忘れたという経験は大なり小なりあると思う。それが読者との共通点となり、主人公の行動に共感しやすくなっているだろう。


 記憶をなくしている主人公がどうして海に行けたのか、日付も場所も思い出せないのに。また、どうして彼女のことだけを忘れていたのか。主人公は事故に遭っているが、彼女はどうなのか。

 主人公が彼女のことを忘れていたことから想像すると、彼女もまた事故に巻き込まれ、その結果として何らかの影響を受けた可能性が考えられる。つまり、入院先が違ったり彼女は怪我をしたけど軽度だったり。もともと引っ越すことが決まっていたので、彼女が主人公の生活からいなくなった結果、彼女の存在を忘れてしまったのかもしれない。

 車との事故ならば、警察が取り調べをするので、記録としては彼女も怪我をしたことになっているかもしれない。でも主人公が入院した病院には彼女は入院しなかった。だから、事故で怪我したのは自分だけという事実だけを聞いて、現在に至ったのかもしれない。

 わからないけれども、本作後に会わなかった十年間どう過ごしていたか彼女が話すだろうから、その中であきらかになるにちがいない。


 読後、タイトルを見ながら、彼女と約束した海のことを意味しているのだろうと思った。

 約束を忘れたから、思い出す努力をする過程が描かれており、どんな約束だったのか思い出してほしいと読み手は願い、感情移入していく。しかも、主人公の目標が明らかとなり、性格や価値観、過去にどのような行動を取り、直面している問題や葛藤が描写されていることで読者は、主人公が思い出すと予測できる。

 とくにラストの「約束、覚えててくれたんだね」の言葉を聞いてからの主人公の複雑な心境は予想外であり、強い印象を与え、結末を引き立てているところが良かった。

 

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