ラピスラズリを纏って

ラピスラズリを纏って

作者 千桐加蓮

https://kakuyomu.jp/works/16818093081048195178


 オノン大陸で起こった大きな南北戦争が終結し、ジェスは恩人のヒューゴ大尉の側にいたいと申し出、二人は海が見える陸軍基地の近くの小さな家で新たな生活を迎える話。


 ファンタジー。

 争いを減らし、笑顔を増やすための戦いが大切なことを、気づかせてくれる。


 主人公は、十三歳のジェス。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公のジェスが八歳のとき、オノン大陸の北部地区に大雪が降る極寒の山で、兵士のお遊びで薄着のまま家の外に連れ出され、凍死しかけているところを、ヒューゴ大尉が助け、保護される。

 大尉の軍とは対立している国の子供だったジェスだったが、毛布包み込んでは「生きろ、生きるんだ」と何度も何度も繰り返し声をかけられた。ジェスにとって大尉は救世主。その後、陸軍に入った。

 五年後。オノン大陸で起こった大きな南北戦争が終結。ジェスの上司である大尉が再び陸軍内で働くことを耳にしたジェスは、療養中の様子を訪ねる日々を過ごしていた。

 ジェスが擦れた防寒軍用パーカーを羽織り、軍病院の外に出ると、分厚めの生地で作られているチェスターコートを着た大尉がいた。今後のことを話すために感謝祭に行く二人。

 感謝祭というのは、土地の豊作を祈る風習だった。だが、いつの間にか、土地を耕し、土地を愛するそれぞれの人間へ感謝する祭りへと変化していった。

 感謝祭にいるたくさんの子供を目にし、感謝を伝えたいというジェス。「一緒に戦ったようなものでしょ? 戦争中は、自由じゃなかったと思いますから」

 助けてくれたあの日のお礼を大尉に伝えると、表情を明るくし、「好きなものを贈ろう。私も、君に感謝しているからな」という。贈り物はホットドッグがいいと伝える。

 出身地に戻るか聞かれ、それはないと答える。大尉は、士官学校ではなく大学へ行ってほしいという。「君には才能があるからだ。戦場で観察眼が鋭くて、周りを良く見ていて、他の兵士を何度も救った。今はまだまだだが、それも年齢が解決してくれるだろう」

 ジェスは、どうして大尉が軍に戻るのか尋ねる。

 軍には身内がいるからだと答え、身の上話をはじめる。

 大尉はエリートと称される軍の家系に生まれ、父の期待を受けて、家の伝統を受け継ぐために育てられてきた。弟は優秀だったため、父は弟ばかり褒めるようになる。そんな父が嫌いとなり家を飛び出した。空軍に力がある家だったため、反抗するように陸軍の士官学生となった。父は探そうと思わなかったのか、おかげで自由に生きることができたと語る。

 そんな大尉へ、自由な道を選ぶのなら軍でなくともよかったのでは、軍人には似合っていないとジェスがいえば、大尉は穏やかに笑う。「その通りだな。私は軍人に向いていない」敵を殺す時には一瞬躊躇ってしまうし、優しさが薬になることは無かったが、軍人になったからこそ、ジェスを助けられたという。

 どうしたいのか聞かれたジェスは、一緒に逃げましょうと声を上げる。もう十分逃げていると応えた大尉に、「では、一緒に戦争孤児の子たちを救う施設を作るのはいかがでしょう?」と提案するも、大尉は軍に残る選択をする。

 戦争が終わっても、亡くなった兵士たちの家族や孤児は彷徨っており、人々の傷は癒えていない。それらを解決するために軍に残るという。

 ジェスは大尉に、ラピスラズリのメンズジュエリーをプレゼントする。「幸運に導いてくれるお守りです。少し外れの島国では瑠璃と呼ばれているみたいですね」

 ジェスは大尉の側にいたいと申し出る。二人は海が見える陸軍基地の近くの小さな家に住むことにした。軍からの援助金と二人の貯金で生活していけるくらいのお金はあった。ジェスは軍を辞め、孤児院で文字の読み書きを教えている。ヒューゴは軍の仕事をしつつ、戦争孤児たちの支援に積極的に取り組んでいる。ヒューゴの三十歳の誕生日を祝い、新たな生活をはじめるのだった。


 オノン大陸で起こった大きな南北戦争が終結して大陸中がさまざまな変化を遂げていく謎と、主人公に起こる出来事の謎が、どう関わって、どんな結末を迎えていくのかに興味が湧く。


 主人公は孤児であり、五歳のとき、オノン大陸の北部地区に大雪が降る極寒の山で、兵士に薄着のまま家の外に連れ出され、凍死しかけるという可哀想な目に遭っている。そんな彼を助けてくれたのが敵軍だった大尉。彼を恩人だと思い、彼の元で軍に入り、戦後療養している大尉を毎日見舞うといった人間性や人間味があるところに、共感を抱ける。


 一文は短く、読みやすく読点をうち、ときに口語的で、可愛のセリフには登場人物の性格を感じられる。文体は詩的なところがり、感情的な描写が豊か。五感の描写は、視覚だけでなく聴覚の刺激が用いられている。また、物語はキャラクターの内面的な葛藤と成長を中心に描かれており、ジェスと大尉の会話のシーンでは、彼らの感情や思考を深く掘り下げることができる。

 

 主人公の弱みは、ジェスの不安や迷い。

 彼の行動は、自分を助けてくれたヒューゴ大尉の帰結しており、救世主だからこそ恩を返したいと思っているからに他ならない。

 大尉の部隊で最年少兵士として最前線に出、情報部隊と働き、負傷兵士の手当てや食事の準備をもしてきたのは、恩を返したいという思いがあってのことだろう。

 主人公の目標を明確にし、性格や価値観、過去にどのような行動があり、直面している問題や葛藤を描写されているおかげで、読者は主人公は大尉の側にいたいと思っていることが、予測できる。

 大尉が語る身の上話は、ジェスとともに読者にとっても以外な話で、そうなんだと軽く驚かされる。

 身内がいるから軍をやめられない。戦争は終わったが、復興や再建、孤児たちが立派に育っていくための戦いはこれからであり、そのためにも軍にとどまる決意が語られる。

 士官学校ではなく、大学へ行ってほしいといわれたが、ジェスは軍を辞めて孤児院で文字の読み書きを教えている。おそらく、大学へ行くとなると、大尉と離れ離れになってしまうからだろう。

 戦争孤児たちの支援に積極的に取り組む大尉の側にいて力になりたい、そう思っての選択なのだ。

 争いが減り、笑顔が増えていくきっかけとなる本作には、二人の努力する過程がみられる。

 戦争とは別の平和への戦いの構図を見せることで読者を感情移入させ、いま思っている幸せな感情や、自分の中で作られた好きなことを共有する方が、幾分も素敵な生き方だという思いが込められていると考える。

 

 時間の流れが若干わかりにくい気もする。

 戦争が終わって、大尉が入院している。このときジェスも左足を負傷しているらしい。再び陸軍内で働くことを耳にしたので、様子を伺うために大尉の病室を訪ねたとあるけれども、訪ねるのが日課とあるので、耳にするまえから毎日訪ねていたのだろうか。

 大尉の過去について、もう少しわかりやすく書かれていると、より深く理解できるのではと考える。


 ラピスラズリには、「真実」「崇高」「幸運」といった石言葉があり、薬や錬金術に長い間使われてきたことから、「健康」もある。

 ほかには、「成功の保証」という石言葉が含まれるという説もあるが、ラピスラズリが与える試練に持ち主が挑み、成長を促すからといわれている。

 これから大尉は、笑顔を増やす戦いをしていく。ある意味試練であり、無事乗り越えることを願うジェスの思いも込められているのだろう。


 全体として、人間の絆や尊敬、自己犠牲、また戦争と平和、自由と責任といった普遍的なテーマをも扱っている。

 海の向こうでは戦争が続き、国内に目を向ければ、一月一日に北陸で地震があったことが思い浮かぶ。争いではなく、笑顔を増やすための戦いは、いまもこれからも大切だと、本作は読者に訴えかけているのかもしれない。


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