空の屋上

空の屋上

作者 野々宮 可憐

https://kakuyomu.jp/works/16818093079229091805


 夏休み中、屋上に出入りできる空本開青は生徒会役員の屋上整備員。普段立ち入り禁止の屋上で出会った謎の先輩少女・空野春花との、青春と恋愛が開花する話。


 青春恋愛もの。

 屋上の幽霊という独特な設定は、興味を引きつけてくれる。

 単なる学園ものとはちがう恋愛ファンタジーとして、楽しませてくれるところが、本作の魅力。

 ハッピーエンド好きにはおすすめ。 


 主人公は、空本開青。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 五年前。高校一年生の空野春花は快活な少女だった。バレー部でいじめにあい、進路にも悩んでいた。文化祭の翌日、屋上から飛び降りる。一命をとりとめたが植物状態で眠り続けており、なぜか意識だけは屋上に飛ばされた。

 事故後、屋上には厳重な柵ができ、二年間は立ち入りできないよう閉鎖されてきた。ただ、多くの人の要望で、文化祭だけは屋上が解放されるようになる。

 夏休み最終日に行われる文化祭のみ、屋上が自由解放され、全校生徒は打ち上げられる花火を間近で見ることができることになった年。主人公の高校一年生の空本開青は、生徒会本部役員をしていた。

 屋上をよく点検して掃除し、不備があったら報告する屋上整備員を押し付けられる。

 夏休みの間、夏休み最終日にある文化祭の下調べのため、屋上の鍵が特別に生徒会本部に渡される。最初の一日だけ真面目にやって、後はサボろうと思っていたが、屋上でピンクの薔薇の髪飾りをつけた少女に出会う。彼女が見えていると答えると、自分は幽霊だと話しだした。その後、盆休みを除き、炎天下の下で先輩である彼女との夏休みを過ごす。

 文化祭最終日に告白しようとするも、緊張のせいで大きな声が出せず、打ち上げられた花火の音に掻き消され、伝えられなかった。

 告白は失敗に終わり、彼女との夏休みが終わった。

 高校に年生の夏休みがはじまり、再び屋上整備員となった主人公は屋上で先輩である彼女と再会し、二人の夏休みがはじまる。

 一緒に過ごしながら、ともに将来の話をしたり、先輩が何者なのか。名前を当てられたら全部教えてあげると言われるも、高校一年生で、学校の生徒。髪飾りのピンクのバラ、セントセシリアが好きなで、自分も好きな花だった。

 三者面談後、何になればいいか相談すると、立派な大人になれるからと彼女に言われる。

 宣伝用の看板を作り終え、進路を一緒に考えてもらっていると、勤続五年目の生徒会担当の晴川先生が屋上に現れる。屋上が好きで、文化祭の準備もしていると答えると、先生はすぐに帰っていった。そんな先生が消えた扉をみる彼女。先生なら先輩のことをなにか知っているかもしれない。

 翌日は、同じ生徒会の同級生でバレー部の、横田恋香さんが先生から聞いたから、といって差し入れをもって手伝いにやってくる。もう終わったから変えるところといいつつ、帰りたくなかったが、先輩に背中を押され、横田さんと一緒に帰ることになる。

 翌日、晴川先生と横田さんが様子を見にやってくる。横田さんをどうにか帰らせようとしても、先輩に口をふさがれたり、耳元で

「青春しろよ青春しろよ」と囁かれたり。結局、また横田さんと帰ることとなる。更に翌日、すでに横田さんがきており、先輩はくっつけようとしてきて悲しくなる。

 夏休みが半分過ぎ、横田さんから告白されるも、「ごめんなさい。好きな人がいます。付き合えません」とお断りする。

 本休み前の雨の日にも屋上にいく主人公。晴川先生に相談室まで来るよういわれて伺うと、屋上に幽霊がいることを気づかれ、ピンクの薔薇の髪飾りをつけた少女かと聞いてくる。

 五年前に屋上から飛び降りた空野春花と教えられる。

 盆休みが明けて、屋上で先輩と再会。「空野先輩」と声を掛ける。彼女は自分のことを語り、「誰かと恋をして、青春したかったっていう未練があったから、私はここから出してもらえないのかも」と話す。寂しいのが嫌で、心まで空だったけど、主人公が埋めてくれているといい、「あと一週間だよね。屋上が開放される期間って。せめて一緒にいてね。お願い」一緒に踊ったダンスを披露した。

 一緒に踊ったりしながら文化祭で行うお化け屋敷の準備をしていると、「開青ー! お前ずるいぞ! 屋上開いてんなら言えよ!」クラスメイトがやってくる。彼らとも一緒に準備にする。

 先輩に、生徒会長になって屋上を開放すれば寂しくなくなるといい、家で咲いたセントセシリアを彼女に見せ、一緒に踊った。

 春花先輩に告白する一日前。

 文化祭は二日制のため、学校は賑やかとなる。主人公は、可愛いお化けを被りながら学校中を練り歩く係。屋上整備員の仕事は終わり、先生たちが最終確認をしているため、今日は屋上が開いていない。明日の花火は一緒に見ようと春花先輩と約束していた。

 当日、最後の花火が始まる直前。

 屋上を走り回って先輩を探すも見つからず、枯れかけたセントセシリアの横で一人、花火を最後まで見た。

 一年後、宣言どおり生徒会となり、晴川先生の協力もあって、屋上開放を達成できた。だが、先輩はいなくなってしまった。

 高校最後の文化祭。実行委員が花火が打ち上がる五分前を告げる頃、屋上は人でごった返していた。

 そこに、主人公の名を呼ぶ、少し痩せた先輩が、セントセシリアの髪飾りをつけて自分の足で立っていた。主人公は彼女を抱きしめる。一年前のこの日に、病室で目覚めたという。心も体も主人公が満たしてくれたから、体に戻れたのではないか、と先輩は話す。

 医者になることにしたと告げ、いろいろ話したい、一緒に踊りたいと伝え、花火が打ち上がったとき、「ずっと好きでした! 付き合ってください!」大きな声で告白した。

 先輩は、主人公にキスをした。

 先輩と再会して八年後、二人は母校の文化祭に来ていた。実習生をしている主人公。キャリアウーマンの先輩。互いに近況報告をし、先輩の可愛い花嫁になりたい夢を叶えたいといって、花火が打ち上がる中、ささやかなピンクの薔薇と青い薔薇を一本ずつ差し出してプロポーズをするのだった。先輩は主人公の手を握り、「ありがとう……。よろしくね、開青くん」と囁くのだった。


 三幕八場の構成で作られている。 

 一幕一場、状況の説明 はじまりでは、屋上をよく点検して掃除し、不備があったら報告する屋上整備員となった主人公は、夏休みのはじめに屋上へ行くと、ピンクの薔薇の髪飾りをつけた幽霊先輩と再会する。

 二場の主人公が目的を持つでは、一年前に屋上整備員を押し付けられ先輩と出会い、見えるのは自分だけ。夏休みを共に過ごし、文化祭最終日に告白しようとするも、緊張のせいで大きな声が出せず、打ち上げられた花火の音に掻き消され、伝えられなかった。

 今年こそ、と思いつつ、二人の夏休みがはじまる。

 二幕三場の最初の課題では、先輩が何者なのかを探っていく。

 四場の重い課題では、互いに将来のことを語り合うも、主人公は何になればいいのか見つけられずにいた。勤続五年目の生徒会担当の晴川先生が様子を見に来る。その後、同じ生徒会の同級生でバレー部の、横田恋香さんがやってくるようになり、先輩からは「青春しろよ」と囁かれ、横田さんと一緒に帰ったりする彼女から告白されるも、、好きな人がいるから付き合えないと断る。 五場の状況の再整備、転換点では、雨の日にまで屋上に来る主人公に晴川先生は声をかける。先生から、屋上の幽霊は五年前に屋上から飛び降りた空野春花と教えられる。現在は病室で寝たきりの植物状態。当時、バレー部でいじめられ、進路にも悩んでいたと知る。

 先輩に話すと、誰かと恋をして青春したい未練があったから、屋上から出してもらえないかもしれないと話し、屋上が解放されるまで残り一週間、せめて一緒にいてとお願いされる。

 六場の最大の課題では、クラスメイトが屋上に来て一緒に文化祭の準備をする。先輩に生徒会長になって屋上を開放すれば寂しくなくなる、といいながら家で咲いたセントセシリアを彼女に見せ、一緒に踊った。

 最終日。花火が打ち上がる直前、屋上を走り回って先輩を探すも見つからず、一人で花火を最後まで見る。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、生徒会長になって最後の文化祭を迎えた主人公。屋上にたくさんの人が集まる中、少し痩せた先輩と再会。一年前のこの日に目覚め、以来リハビリをしてきたという。花火が打ち上がるとともに、主人公は先輩に思いつを伝え、お返しに彼女はキスをする。

 八場の結末、エピローグでは八年後、二人は母校の文化祭に来ていた。花火が打ち上がるとき、ささやかなピンクの薔薇と青い薔薇を一本ずつ差し出してプロポーズをし、先輩の夢を叶えるのだった。


「そこにはピンクの薔薇の髪飾りをつけた先輩がいる」という意味深で謎めいた書き出しと、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんなふうに絡まり、どんな結末を迎えるのか、どきどきワクワクする。


 読者が共感できるような主人公だったのも良かった。

 主人公は学校の屋上整備員という役割を押し付けられ、暑い夏の間、毎日屋上に通わなければならないという、かわいそうなじょきょうであったし、先輩に対して抱く感情や、孤独を感じたり、屋上整備員という役割を果たそうとしたり、のちに横田さんから告白されるという愛されたりすることから人間味を感じられるし、先輩に会いに行く機もあるけれども、屋上整備員をまっとうする責任感や自分の役割を果たそうとするところなどから、読者はあこがれを持てるだろう。


 読者との共通点を描いているのもいい。

 ほとんどの学校の屋上は、立入禁止になっていることが多い。

 屋上への立入禁止は、万が一、事故が起きないための予防からきていると思う。そこを本作では、飛び降りてしまったことがあったからという出来事をつかうことで、説得力を持たせている。

 また、学校によっては、授業時間を減らしてまで行事をするのも難しくなっている。そういった読者との共通点が描かれているので、幽霊という先輩が登場するファンタジーであっても、現実味を感じられるのではと考える。

 主人公の感情を丁寧に描写しているので、彼が先輩に対して抱く同情や好意、屋上整備員の役割を果たすことの誇りなど、彼の心情に深く共感できる。


 味覚や嗅覚の描写はないけれども、聴覚や触覚の刺激情報が描かれている。視覚以外は意識しないとなかなか書けないので。

 五巻の情報から、読み手自身の記憶を思い起こし、追体験することで、物語に引き込まれていく。

 ピンクの薔薇がでてくるので、匂いの描写があってもいいのではと考えるも、先輩は幽霊だったので、味覚や嗅覚は感じないだろうという判断もあって描かなかったのかもしれない。


 長い文はさけて、ときに口語的で、自然な会話、ときにくすりと笑えるところもあるし、セリフからは登場人物の性格が感じられるなど非常に読みやすい。

 それに「幽霊。そう、彼女は屋上にいる幽霊。彼女は本当に幽霊なのか」というところなどはリズムがいい。リズムのいい文章は、読みやすく、読者に感情を伝えるのに役立っている。


 主人公には、臆病という弱みがあると思われる。

 弱みがあったから、一年生のときに告白しようとしたとき、失敗してしまった。

 だから、今度こそという思いが強くなった。

 横田さんが登場したり、先輩から「青春しろよ」とけしかけられても、自分には好きな人がいるからと断れた。先輩のおかげで課題が終わることができたし、悩んでいた将来どうするのかも、医者になろうと思い至る。弱みがあったからこそ、ドラマが面白くなっていく。

 

 本作は、主人公が先輩である彼女に好きになってもらい、告白するまでの努力の過程が描かれている。

 読者層に近い主人公を選び、恋愛が成就してほしいと抱かせる構図で作らている。

 しかも、先輩の活気ある性格と主人公の真面目さが対照的で、鮮やかに描きつつ深みを与え、直面している問題や葛藤する描写が描かれているため、先の展開が容易に予想がつきやすい。

 それでも、いざ告白しようとしたときに先輩が消えてしまう展開は予測を裏切り、それでいてラストの展開を盛り上げている。

 番外編もダメ押し的な感じで、ハッピーエンドを演出しており、読後がよかった。


 十分魅力的な作品だけど、気になったのは、一日ごとに区切る形式が本作に適しているかどうか。

 一日ごとに区切る形式は、時間の経過とともにキャラクターがどのように変化していくかを示すのに適している。おかげで、物語の時間進行を明確に示し、読者は物語の流れを追いやすい。

 一方、特定の場面に焦点を当てる形式は、その場面がキャラクターや物語全体に与える影響を深く掘り下げるのに適している。

 どの部分を強調したいか、何を伝えたいか。

 二つの方法を組み合わせることもできるはず。

 例えば、一日ごとに物語を進めつつ、特定の重要な場面では深く掘り下げるといった具体的なシーンを描写する。先生が五年前の話をするところや、先輩が自分の話を語るところは、これに当てはまっていると思う。

 一週間くらいの話ならば、気にならないかもしれないけれど、夏休み一か月を一日ごとに区切る形式でよかったのかどうか、少し気になった。数日起きでもいい気がするけれども、毎日好きな先輩に会いに屋上に来ていることを強調するには、一日ごとに区切る形式でいいとも言える。

 どんな書き方が最適なのだろうか、とあれこれ思い悩みました。


 読後、タイトルを読み直しながら、シューニャター、という言葉を思い出す。

 仏教における「空」(くう、シューニャまたは、シューニャター、スンニャター)は、単に「無」を意味するのではなく、すべての存在が固有の本質を持たず、相互依存的であるという教えを含んでいる。物事が独立して存在するのではなく、因縁(原因と条件)によって存在することを示している。

 空は、なにもないのではなくすべてがある。屋上は、けっして空っぽな場所ではなく、すべてがあることを思い出させてくれた。

 心も体も空っぽだった先輩は、空本開青という空を象徴するような主人公と出会い、満たされたおかげで自身の身体に戻ることができ、思い描いていた夢すらも叶えることができたのだ。

 実に、素敵なお話である。


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