夕陽が沈んだ後の世界で
夕陽が沈んだ後の世界で
作者 村崎沙貴
https://kakuyomu.jp/works/16818093077585639398
夕日が沈んだ時間、孤独と向き合いながら学校の書庫で過ごす主人公と彼女の話。
誤字脱字衍字は気にしない。
現代ドラマ。
悲しくも痛ましい。
心を痛めている人の気持がよく書けている。
主人公は女子生徒。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公は中学のとき、劇団に通っていたが、いじめや孤独を経験し、自己肯定感を失い、孤独を感じている。いまも一対一でないと会話に入れない。
もう一人の彼女は、度重なる悪口、仲間外れ、持ち物への被害といったいじめを受け、教育委員会まで話がいった。今ではいつもは集団の中心にいて、笑って喋っているが、人のいない場所では死んだ目をして、書庫の奥のソファーに割っている。
夕陽が沈んだ後の世界で二人は、学校の書庫で過ごしている。
夕陽のように辛い世界を共有しながらも、互いに理解し合い、孤独を分かち合う。辛い世界を乗り越えた先にある朝陽のような未来を信じながらも、今の孤独な時間を大切にしている。
五つの構造で書かれている。
序章、夕陽の痛みと暗闇の訪れ。
書庫での出会い、書庫での彼女との出会いと交流。
過去の告白、彼女のいじめの過去と主人公の共感。
心の風景、主人公の内面の描写と孤独。
希望の朝陽、辛い世界の終わりと明るい未来への希望。
夕闇の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
主人公の独白の書き出しがいい。
遠景で「夕陽は痛い」と主観を描き、近景で「私を刺してくる」と説明し、心情で「でも、沈めば暗闇が訪れるのだ」と語る。
夕陽は遠いものだけれども、痛みは主人公の中にある。
昼間の太陽と違い、夕陽は比較的柔らかく、刺激も少ない。
だけれども、主人公にとっては、弱々しい光であっても眩しく、心が痛むのだ。それほどまでに弱っていることを描いている。
遠くにある夕陽が、物理的精神的に刺してくるのだ。そんな夕陽が沈めば暗くなり、刺してこなくなる。主人公にとっては救いの時間となる。
心の痛みを知り、暗闇の冷たさの心地よさを知るものは、共感するだろう。
主人公は、そんな思いを共有する子がいた。
「校舎の隅、山の緑に抱かれた野球グラウンドに面する方角にある小さな書庫」の、「最奥のソファに座っている」彼女である。
「彼女も私と同じ、この学校の一生徒のはず。それでも当たり前に、さもこの部屋の主のように存在感を放っているのが常だった」
主人公と同じように、孤独な存在である。
彼女を見つけると、「黙って頭を下げるのだ」とあり、友達ではないが、似た境遇にある仲間みたいなもの。
長い文だが、五行ほどで改行。句読点を用いた一文は長くない。
モノローグ的、繊細で詩的な表現が多く、感情の描写が豊か。内面の葛藤や孤独感を丁寧に描写し、読者に深い共感を呼び起こしている。
主人公と彼女の感情の変化や内面の葛藤が丁寧に描かれているのが良く、夕陽や朝陽の比喩を使った美しい表現、状況描写が印象的で凄く良い。読者が主人公の孤独や希望に共感しやすい作品である。
五感の描写は、夕陽や朝陽の色、書庫の風景などの視感的描写が詩的であること。「きらきらと舞う埃」「橙にうすく染まって、やがて、闇色に侵食されてゆく」など、視覚的な描写が鮮明なイメージを与えている。
聴覚はセミの声、部活の掛け声が、場面の臨場感を高めている。
触覚は書庫の冷たさ、ソファの感触など。
嗅覚は書庫の古い紙の匂い。
五感をフルに活用した描写をして臨場感を高めることもできるかもしれないが、主人公たちの心は弱っているので、味覚や嗅覚はとくに描きにくいだろう。
そのかわり、書庫以外の背景や環境の描写を増やし、物語の世界観を広げることはできるのではと考えるも、これも難しい。
沈んでいる人は、どうしても顔を上げられない。ただでさえ夕陽が痛い、眩しく感じているので、視線は刺激のない下へと向く。結果、視野が狭まる。そのため周囲を広く見渡すことができない。
外界の情報が、そもそも刺激になってしまい、受け付けられないため細かく情景描写は書きづらいだろう。
彼女とは、回想でしか会話をしていない。
作中で、二人は言葉を交わしていないのだ。
彼女との対話を増やし、関係性をより深く描くこともできるかもしれない。でも、今の二人は傷ついた者同士、その場にいるだけで会話語りているので、これ以上の会話は必要ないだろう。
比喩をつかって、登場人物の心情や状況を深く表現しているところが、作品の雰囲気や良さを醸し出している。
夕陽は「痛い」「私を刺してくる」と表現し、主人公の苦しみや悲しみを象徴している。夕陽が沈むことで暗闇が訪れるという描写は、絶望や孤独感を表している。
一方、朝陽は「立ち直った世界の色」として描かれ、希望や新しい始まりを象徴している。朝露が反射する木漏れ日といった描写が、未来への期待感を表現している。
主人公と彼女の関係性や内面の状態を「糸の切れたマリオネット」として表現している。自分たちが感情を装うことや、指令に従うだけの存在を描いている。
辛い世界の色を「夕陽色」とし、怒りや苦しみ、憂いを混ぜ込んだ色として描写している。主人公の内面の混乱や絶望感を視覚的にした表現である。
また、立ち直った世界の色を「朝陽色」とし、悲しみや切なさの名残を含みつつも、未来への希望を表している。
書庫の静かで冷たい空間を、主人公の内面の孤独感や静寂と重ね合わせているのもいい。外界の音が感じられながらも閉め出されている描写が、孤立感を強調している。
これらの比喩が、作品全体に深い感情や、強い印象を与えくる。
主人公の弱みは、いじめの経験から自己肯定感が低く、孤独を感じている自己肯定感の低さ。その結果、他人との交流が苦手で、内向的な性格をしている。
「結局のところ、逃げ出した先に明るい未来など待っていない。これをよく知っている点で私と彼女が同類であるということだけは、疑いようがなかった」
よく「逃げたらいい」という人もいるが、逃げた先に必ず希望があるとは限らない。命あっての物種ともいうが、避難すれば避難先の苦労が待っている。そこに自分が求めている希望はないと、主人公と彼女は思っているのだ。
「辛い世界の色は、夕陽に似ていると思う。怒りと苦しみが撒き散らした鮮烈な色。それでいて、流れる血よりはもっと、憂いを混ぜ込んだ色。傾きゆく、いつかは終わりが来る。わかっていても、良い未来などひとつも想像できない。自然と、彼女を連想させた」
冒頭の「夕陽が痛い」につながる。
だから、「私、演劇が、駄目なんです」と彼女に話したことを思い出す。痛みから連想されることが、かつて受けた辛いことを思い出させるから。
そのとき彼女は「一回いじめられたら、一気に自己肯定感下がるよね。わかってても、簡単には戻せない」と語る。
いじめを受けると、自分が否定されたり拒絶された経験として残り、自分を責めることが多くなる。また、仲間に大切にされないと感じ、自己肯定感が低下しやすくもなる。たとえいじめの経験が過去の出来事であっても、現在進行形で影響を及ぼし続けることもあるため、いじめによって自己肯定感が一気に下がることは正しく、回復させるのは簡単ではない。
回復させるには、まず自分をいたわること。
自分をいたわる準備ができたら、自分の良いところを知って認めること。良いところや好きなとこ、できたことを紙に書き出していく。悪いことばかり思いつくなら、「自分の短所を理解している」と書いてみる。自覚できるのは素晴らしい能力だから。
日々できたことや新たにみつけた良いとこ、好きなとこを書き加えていくのもいい。
それでも過去のいじめがひっかかるなら、振り返ってみる。否定的な考えが出てきたら、まだ早いので、自分をいたわったり良いところをみつけたりする。
自尊心が低い場合、自分を見る目が厳しくなりやすいため、いじめに関して思考が極端になりがりになるため、いじめについて、何が起こったのか、自分はどう感じたか書き出してみる。
次に、もしそれが家族や友達に起きたらどう思うかを考え、想像した人の苦痛を取り除くための、やさしく励ます手紙を書いてみる。
もう一度、いじめの経験を振り返り、なにが起き、どう感じたのかを書き出すことで、認識が変わったり自分を責める気持ちが和らいだりする。
主人公と彼女は、自分をいたわっているのだ。
「この書庫での時間は、静かで、空虚で、孤独のように冷たい。それでもどこか、夜の底をひたひたと冷気が満たすように、世の基準で見れば決して良くはなく、でも確実に、私にとっては悪くない何かで満たされている」
彼女たちには必要な時間。
辛いときは無理せず休むことは、何より大切である。
読後。いじめられた主人公の気持ちや感情、孤独や希望が豊かに書かれていて、心に響く。夕陽や朝陽の比喩を使った美しい表現が印象的。
夕陽が痛い感覚は、よくわかる。
日中はとくに酷いだろう。つばの広い帽子やサングラスをかけたいと思うはず。日が沈んだ後の淡く闇に覆われて混ざっていく空は、さぞかし心地よく感じただろう。それこそ、月の光ならまだ見れるかもしれない。「立ち直った世界の色は、朝陽に似ているらしい。朝露が反射する木漏れ日ほど爽やかではなく、悲しみや切なさの名残で潤んだ色。でも、この先の未来は明るいのだと、胸を膨らませている」希望を夢見ている主人公。
光があるから闇があり、闇があるから光がある。闇から抜け出てきた人こそ、本当の光のありがたみを知るのだ。
いつか朝陽がみられる日がきますように。
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