僕と花子の『交信』日記

僕と花子の『交信』日記

作者 玄瀬れい

https://kakuyomu.jp/works/16818093075585360677


 学校に馴染めず旧図書室前のトイレで一人お弁当を食べている明はトイレの花子さんとやり取りしていた。ある時SOSをもらい、朝と帰りも通えば口論しているカップルを目撃、「ダーリン。助けて!」といわれて彼女を助ける。花子さんは彼女と、旧図書館の回収が終わると交流も終わる。最後に『どうかまた、花子さんに出会えますように』と壁に祈りを刻む話。


 現代ドラマだと思う。

 内向的な主人公の心情描写と、ミステリアス要素が、興味を引き付けるところが魅力的な作品。


 主人公は、高校生の明。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものでもあるので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 高校生の明(あきら)は、学校生活に馴染めず、旧図書室前のトイレで一人お弁当を食べる日々を送っている。

 ある日、壁に書いた『友達ができますように』という願いに対して、『かわいいお願いね。常連さんだから答えてあげる。ここに来るのをやめるのが一番よ』謎の返信が現れる。

『そうだよね。でも、僕はここが落ち着くんだ。君は一体?』

 返信を書いた日の放課後、個室の壁を見に行くと、『友達がほしいならそれなりに勇気が必要ね。それと名前は秘密よ』と書かれていた。

 返信の主「花子さん」とのやり取りを通じて、明は少しずつ心を開いていく。

 夏前の大掃除、トイレの壁を綺麗にすることにした。誰かが来た気がして部屋を出たとき、一瞬見えた人影は幻影ではなかった。

 次の日、トイレットペーパーが二ロール転がっていた。巻き直すと『なんで消したの?』と文字が出てくる。壁を使いたくないのを気づかってくれたのか。明日あたり使いやすい筒と紙を持ってくることにした。

 体育祭。突然『SOS』の三文字を最後に花子さんからの連絡が途絶えたため、朝と終業後、欠かさず通ってきた。プール場の方へ向かう人影をみつけていってみると、カップルを見つける。

「やだ。もう無理。あなたの相手はできない。私はあなたが好きじゃないの。何度言ったら分かるの!」

「勝手なこと、言ってんじゃねえぞ。告白したのはそっちだろうがよ」

「あなたがこんなに束縛の強い人だなんて思わなかった。付き合って次の日、私の友達に『俺の女に手を出すな』なんて……終わってる。あなたのせいで、今、私ひとりぼっちよ!」

 彼女と目が会い、「ダーリン。助けて!」といわれる。

 気づけば、どこか心地のいい薄暗さの中で「助かったわ。明くん、あんなに足上がったのね。それに演技も上手」馴染まない声を聞いた。「彼、前からひどかったから相談してて、ここ旧図書室で休ませてもらってたの。わかるでしょ?」という彼女。

 今までやり取りをしてきた花子さんは、彼女だった。

「そうよ。今度からはあなたもお出でなさい。開けておくわ」

 体育祭の後、やりとりを続けたが、改修が終われば、二人の交流も終わりを迎える。もはや見られなくなるであろうその壁に明は『どうかまた、花子さんに出会えますように』と祈りを刻む。


 四つの構造で書かれている。

 導入、主人公の孤独な日常が描かれる。

 展開、花子さんとの交流が始まり、少しずつ心を開いていく。

 クライマックス、花子さんからのSOSと救出。

 結末、トイレの改修が迫り、二人の交流が終わりを迎える。


 旧図書室の前のトイレの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 主人公が切羽詰まった状況からはじまる書き出し。

 遠景、息切れが描かれ、近景で「だめだ」とし、心情で暑くて息苦しいと語る。しかも、かなり焦っている。

 学校のトイレらしい場所に駆け込み、個室に入る。

 用を足すのかなと思えば、「よし。食べるか。もうかれこれ一年。抵抗はない……ことはないけど、そんなこと気にしていたら場所を探しているだけで時間がなくなってしまう」と、トイレでのボッチ飯を食べ始める主人公。

 孤独で、一人、なんとも可愛そうな感じで、読み手は共感を抱く。

 

「今日は卵焼き、唐揚げ、おひたし、味噌汁。この形の食事になって初めて味噌汁を厄介に感じるようになった。でも今日はやけに味噌汁の温かさがありがたい。唐揚げの脂っこさゆえかな。にしても、やっぱり量がある」

 味噌汁までついているとは、凄い。

 水筒にお湯を入れてもってきて、インスタント味噌汁を作っているわけではなさそう。

「どこも暑くて息苦しい」取ったので、季節は初夏か夏だとすると、唐揚げは痛みやすいのでは、と心配になる。

 

「高校に入りサッカー部に入部したけど、馴染めずにすぐ辞めた。今思えばあんな陽キャの集まりのような部活によく魅力を感じたものだ。クラスでハブられ、部活は陽キャに取り上げられ、理想は壊れた。もはや、学校に来る意味も目的もない」

 主人公は不幸な状況にあり、ますます共感する。


 トイレの落書をみつけて、主人公も願いを書く。

『友達ができますように』

 心からの願いに、人間味を感じる。


「今日は比較的心が穏やかだ。そう。金曜日なのだ。政経、物理、古典、数Ⅱ。生徒に一切喋らせない教科だから、みんな集中力を使い、休み時間は寝てるか必死でノートをまとめてるか」とあり、人と接するのが苦手で避けているのがよくわかる。

 また、場所はともかく、お弁当を美味しそうに食べるところが良い。

 つらいときこそ、楽しもうとするポジティブさは、主人公の性格であり美徳でもある。こういうところに興味と共感がもてる。


『かわいいお願いね。常連さんだから答えてあげる。ここに来るのをやめるのが一番よ』トイレの壁に返事が書かれているのをみつけ、『でも、僕はここが落ち着くんだ。君は一体?』と書き、放課後に足を運ぶと『友達がほしいならそれなりに勇気が必要ね。それと名前は秘密よ』と書かれてあり、時間的に生徒ではないからと、といれのお化け、花子さんの仕業だと考えるようになる。

 主人公がトイレをでた後に、旧図書館にいた彼女が返事を書いたのだろう。


 前半は、長い文。句読点を用いながら一文は長いところもある。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶっている。

 口語的で、シンプルで読みやすい。感情の描写が豊か。

 内向的な主人公の心情が丁寧に描かれている。トイレという閉鎖的な空間でのやり取りが物語の中心。

 主人公の孤独感や不安がリアルに伝わるのが良く、花子さんの正体が明かされないまま進行するため、興味を引き続けているのもいい。

 孤独や友達が欲しいという気持ちは、多くの読者に共感を呼ぶだろう。

 五感の描写に関して、視覚は壁に書かれた文字やトイレの様子が具体的に描かれている。

 触覚はトイレットペーパーの巻き直しや壁の掃除など、触覚的な描写が多い。

 味覚はお弁当の内容や味噌汁の温かさなど、食事の描写が豊か。


 主人公の弱みは学校生活に馴染めず、友達がいないこと。自分の居場所がないという不安感がある。

 そのため、花子さんとのやり取りが続いたのだろう。

「毎日、昼に一言書いて、次の日確認する。長文は話せないからゆっくりだけど、いろんな話を聞いて貰った」

 大掃除にそれを消すのはなぜだろう。

「一つ一つのやりとりに思い入れがあって、消したくない気持ちが勝ってしまっているのだと自分でも分かる」

 たくさんのやり取りをして、文字でいっぱいになったから、とも考えられる。

 

 掃除をしているとき、音が聞こえ、人影を見ている。

 翌日、トイレットペーパーに書かれた暗号をみつけ、「ちょうど先日授業で習ったものだ」とある。ここで、花子さんはお化けではなく生徒という可能性が出てくる。

 

「突然『SOS』の三文字を最後に花子さんからの連絡が途絶えたからだ」とある。これはいつのことなのかしらん。

 体育祭の前日ではなく、数日前からなのかもしれない。

 男女のカップルの喧嘩を目撃し、主人公に助けを求めてくる彼女。それが花子さんだったのだろう。

 その後、「どこか心地のいい薄暗さの中」とは、旧図書室だと思われる。でも、そこは校舎の三階にあるはず。

 彼女一人で、主人公を運んできたのかしらん。

 容姿なりなんなり、花子さんのキャラクターがもう少し具体的に描かれると深みが増すのではと考えられる。


 その後、二人はどういう関係になったのだろう。

「ここもそこの図書室も僕らの聖域ではなくなる。そしたら……」

 ひょっとすると、彼女は三年生で、主人公は二年生なのかもしれない。改修が終わった頃には、彼女は卒業してしまう。

 だからラスト、『どうかまた、花子さんに出会えますように』と願うのかもしれない。

 今現在やり取りしているなら、連絡先を交換するなり、相手の名前を聞くなりできないのかしらん。「名前は秘密」で教えてくれないのだろうか。


 読後。孤独や友達が欲しいという気持ちは、読者層である十代の若者だけでなく、多くの読者に共感を呼ぶだろう。花子さんとのやり取りがミステリアスで、最後の祈願も、作品をうまくまとめていて感動的だった。

 主人公が、また花子さんに会えますように。

 

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