Salt World

Salt World

作者 粟野蒼天

https://kakuyomu.jp/works/16818093082417382991


 地球が塩に覆われた世界で、ルーシーは甘いものを求めて旅をし、水が溜まっている山でナオミと出会い、アイスクリームをもらって希望を見出す話。

 

 文書の書出しはひとます下げるなどは気にしない。

 SF。

 感情と五感の描写が非常にいい。

 塩とアイスクリームのギャップが素晴らしい。

 九死に一生を得た感じがよく出ている。


 主人公はルーシー。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 地球が塩に覆われた世界で、主人公ルーシーは父の話を信じて遠くの山を目指して歩き続ける。

 防護服を着ていないと生きられない過酷な環境の中、ルーシーは甘いものを求めて旅を続ける。

 途中でビルが崩壊。辛くも逃げ切り、独り歩きつづ得る。

 幾日か過ぎた。服につづいて靴も敗れ、足が動かなくなるが、雨が降り始めたことで命を取り留める。

 標高の高い場所では防護服が不要であることに気づき、再び歩き始める。山に、海を思わせるほどの水があった。服を脱ぎ前進で浴びていると、キッチンカーを見つける。そこでナオミという少女に出会い、数キロ離れたところに生き残っている人達が住んでいる集落があると教えてもらい、アイスクリームをもらうことで希望を見出す。


 三つの構造で書かれている。

 序盤は地球が塩に覆われた世界の説明と、ルーシーの旅の始まり。

 中盤は旅の過程での困難と希望の描写。

 終盤はナオミとの出会いとアイスクリームを通じての希望の発見。


 一面真っ白な世界の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 興味深い書き出したい。

 遠景で「歩く度にザクザクと音がなる」と聴覚で描き、近景で、「後ろを振り返ると自分の足跡がくっきりと残っていた」と視覚で表現し、心情で「そばではかつて車だったものが崩れ堕ちた」と主人公の近くで起こった出来事を視覚で描く。

 聴覚の方が遠い印象がある。

 聴覚、視覚と、少しずつ主人公に近づけて行く感じで書かれている客観的状況描写の導入がうまい。


 そして改めて、遠景で「辺り一面真っ白の世界」を視覚と思考で表現、近景で「私は遠くの山を目指して歩くばかりだ」と感情を描き、心情で「父から聞いた話。それをただ信じ、私はこの白い大地を歩き続ける」旅の目的を語りながら、行動していく。

 思考、感情、行動の書き方で、主人公が決意している感じが現れている。


 主人公のいる世界は、塩の星の世界になり、防護風がなければ干からびてミイラになってしまうという過酷な状況。

 甘いものが食べたいと叫べば、もろくなったビルが崩壊。舞い込まれないように必死に逃げ、目的地まで遠くなる。しかも空気がしょっぱい。

 女の子の一人旅。

 女の子でなくとも、つらく、寂しく、可哀想で共感していく。

「寝ると必ずと言っていいほど、夢を見る。それは、初めて食べたアイスクリームの夢だ。今でも鮮明に思いだす。もう一度だけでいいからアイスクリームを食べたい」 

 主人公の年齢はわからないが、幼いのかもしれない。

 あるいは、塩の世界になってから産まれた子の可能性もある。

 まだ一度しか、アイスクリームを食べたことがないのだ。

 実に可哀想である。


 長い文ではなく、こまめに改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよく、感情を揺さぶっているところがある。ところどころ口語的。シンプルで読みやすいが、感情の描写が豊かで、主人公の孤独感や希望が丁寧に描かれており、強い共感を呼び起こす。

 旅の過程での困難と希望の対比が効果的に描かれているところがよく、塩の世界の過酷さが五感を通じてリアルに伝わってくる。特に「しょっぱい」という感覚が繰り返し強調されている。

 視覚は自分の足跡、辺り一面真っ白の世界、遠くの山、初めて食べたアイスクリームの夢、雲ひとつ無い綺麗な空、生きている鳥、キッチンカーのシャッター、タンクトップにショートパンツの赤メッシュ、アイスクリームなどが描かれている。

 聴覚は歩く度にザクザクという音、ビル群に響き渡る悲痛な叫び、雨音、ナオミとの会話など。

 触覚は地響き、足は生まれたての小鹿のように震えている感覚、雨、足の痛みや疲れ、石が当たり意識が飛びそうな激痛など。

 味覚は空気がしょっぱい、胃袋の中身が全部逆流してきた感じ、しょっぱくない雨粒、顔を洗ったときの少ししょっぱい水、冷たい。甘い。微かにしょっぱい、レモン味のアイスクリームなどが描かれている。

 嗅覚はない。


 主人公のルーシーは家族を失い、一人で旅を続ける孤独感が大きな弱み。足が動かなくなるなど、身体的な限界が何度も描かれている。

 父親が残した言葉は、山の上に水がある、生き延びている人がいる、だったのかもしれない。

 そもそも、地球が塩に覆われた理由や状況について、もう少し具体的な説明があるといい気がする。

 主人公の家族以外には、人はいなかったのかしらん。

 ナオミのキャラクターについても、もう少し背景や動機が描かれると物語に深みが増す気がする。

 なぜ、そんな山の上で、しかも水のあるところでキッチンカーがあるのか。アイスクリームを売っているのか。店を開いているのか。彼女は、集落に住んでいる人たちとは別行動をしているのか。

 塩しかない世界でいったいどうやって檸檬のアイスクリームを作っているのだろう。

 疑問は尽きないのだが、一人きりだと思っていたのに他にも人がいて、食べたかったアイスクリームが食べられた。

 わずかにしょっぱいのは、主人公の涙の味だろう。


 読後。タイトルを見て、過酷な世界だなと思った。口のなかが塩辛くなるほどで、水が欲しくなる。五感の描写がリアルに書き込まれているのが良かった。最後に希望を見出す展開が凄くよくて、読後感が良い。

 アイスが食べたくなった。

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