雨を降らす傘

雨を降らす傘

作者 藤堂かなめ

https://kakuyomu.jp/works/16818093083710557671


 博士から「雨を降らす傘」を受け取った青年は好きな女の子エヌさんと相合傘をすることで恋人同士になるも、傘を貸したことで破綻。防犯防止で傘から雨が降る仕様になっていたことを博士から聞いて、彼女に謝りに行く話。


 現代ファンタジー。

 ドラえもんの秘密道具にもあった気がするが、そんなことは関係ない。

 青年の純粋な恋心に共感し、博士のユーモアに笑い、五感に訴える描写もよく、世界に入り込みやすい。

 雨降って地固まる、となるかしらん。


 三人称、青年視点と神視点で書かれた、ですます調の文体。恋愛ものでもあるので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れで書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の青年は、博士が発明する品の実験をするバイトをしている。ある日、博士から「雨を降らす傘」を受け取る。

「くれぐれもその傘を人に貸したり、ただの雨の日にさしたりするんじゃないぞ」

 好きな女の子エヌさんとの距離を縮めるために使う。

 エヌさんと相合傘をすることで、二人は恋人同士になる。

 しかし、青年が傘をエヌさんに貸したことで、エヌさんは雨に降られ、二人の関係は破綻。

 青年は博士の元を訪れた。

「この傘はな、登録した者以外が開くと傘の中に雨が降ってくるのだ」「この傘は雨雲を引き寄せる。もともと雨が降ってるところにさしたら天空の雨雲を傘の中にすっかり吸い取ってしまうのさ」「おそらく君の彼女は一つ目の理由で雨に降られてしまったんだろう。それでうんざりして、君もフラれたとな。ハハハ」

 傘の秘密を知り、エヌさんに謝る決意をし、研究所を後にする。


 四つの構造で書かれている。

 導入は青年が博士の家を訪れ、世界観と主要キャラクター紹介。

 展開は青年が傘を使ってエヌさんとの関係を築く過程が描かれる。

 クライマックスは青年がエヌさんに傘を貸してしまい、関係が破綻。

 結末は青年が博士の元を訪れ、傘の秘密を知り、エヌさんに謝る決意をする。


 雨の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 遠景で「煙る雨の中」、近景で青年の様子を描き、一件の家に入ると示し、心情で初めて入る人は驚くだろうと語る。

 なぜならば、「家の中は外の見かけとすっかり違って、近未来的な研究所なのですから」と盛り上がる展開。

 でも主人公の青年は、驚かない。

 雨を題材にしているので、「露ほども」の表現が良い。


「ぐっしょり濡れたスニーカーを脱ぐ」から、ずぶ濡れ感があり、ひどい雨に塗られたのだと思うとかわいそうに思って共感する。

 便利な道具で靴下が乾く。

 羨ましく感じ、興味が惹かれていく

 ただ、瞬時に乾くとなると、濡れた靴下に含まれている水分が気化するのだから、ものすごい熱が出てやけどしてしまうのではと邪推する。

 やけどしない程度に、暖かくなるのだろう。

 アイロンを足裏に当てて、蒸気がぶわーっとあがるみたいな、そんな描写があってもいいのにない。

 ということは、熱以外で水分を取って乾かしているのだろう。

 吸水性の高い素材でできたスリッパなのかもしれない。その水分は果たしてどこへいってしまったのだろう。靴下は乾いても、スリッパは水を含んでいるのかもしれない。


 長い文ではなく、数行で改行。一文は長くはない。シンプルで読みやすい文体。会話が多く、テンポよく進む。

 近未来的な要素と日常の風景が融合していて、ユーモアと感動がバランスよく混ざっているのが特徴。

 なにより博士の発明品や青年の行動にユーモアが感じられるところが良い。青年の純粋な恋心と成長が描かれているのも、興味深い。

 五感の描写では、黒い傘、研究室の様子やピコピコ光るもの、博士の容姿やエヌさんの表情などが視覚で描かれている。

 触覚はぐっしょり濡れた感触、乾燥機の風など。聴覚は雨の音や何やら機械音、博士の言葉、エヌさんとの会話、全身自動乾燥機のごおっと熱い風など。五感に訴える描写が豊富に書かれている。

 人物描写はあまりない。簡単に書かれている。

 エヌさんの見た目よりも性格、おとなしい子でたいてい本を一人で読んでいることが書かれている。

 

 青年の弱みは恋愛に不慣れで、博士の忠告を忘れてしまうこと。博士の発明品に頼りすぎてしまうところも、弱みとしてある。

 博士がつくったのは『雨を降らす傘』。

「この傘をさすとどんなに晴れていてもたちまち雲が発生して雨が降り出すのだ」

「博士はいつだって、何の役に立つのかわからないものを作りますねえ」

 そんなことはない。すばらしい発明だ。

 雨の降らない夏の暑いとき、この傘があれば、たちどころに雨が降り、水不足だけでなく、野菜不足も解消される。地球規模で使える発明に違いない。

 おそらく、先程のスリッパの応用だろう。

「この傘は雨雲を引き寄せる。もともと雨が降ってるところにさしたら天空の雨雲を傘の中にすっかり吸い取ってしまうのさ」

 のちにそう語っているので、水のあるところから持ってくる道具なのがわかる。

 物語の世界は、現実の私達の世界と同じなのかしらん。

 それとももっと未来、便利なものが世に溢れているのかしらん。

 近未来的要素の説明をもう少し詳しくすることで、読者が物語に入り込みやすくなるかもしれない。


 エヌさんと相合い傘をしたときの、「青年ははちきれるような喜びを感じましたが、それを隠すように口を引き結んでエヌさんと一緒に雨の中へ歩き出しました」紳士的に振る舞う様子が健気でいい。

 でも、仲良くなる下心なのだ。

「それは大変な忍耐を必要としましたが青年はなんとかやり遂げました。ついに青年とエヌさんとは、傘の中で堂々と肩を寄せあえる仲になったのです」

 仲良くなる努力は立派なのに、のび太くん的に忘れて、彼女に傘を貸してしまう。

 道具の説明は、先に説明しておかなかった博士が悪い。


 画期的な発明を、「前に好きな娘がいると言ってただろう。この傘は相合傘にうってつけなのだ」と、好きな子と親密になるきっかけを作る道具として博士は開発したという。

 青年のためだったのかしらん。

 のちに博士は、「おそらく君の彼女は一つ目の理由で雨に降られてしまったんだろう。それでうんざりして、君もフラれたとな。ハハハ」と語っている。

「君もフラレたとな」

 この君もは、彼女は傘から降ってきた雨に、青年は彼女にフラれたと、掛けているのだと思うけれども、ひょっとしたら博士は女の子と仲良くなろうとして発明し、同じような失敗をしたことがあるのかもしれないと邪推する。

「僕は彼女でなきゃ嫌なんです。博士みたいなスケベじゃないんだから」

 青年もそういっているので、可能性はあるかもしれない。

 もっともこのときの青年の台詞は、「なに、女の子なんてどこにでもいるさ。もう一度これを使ってみるかい?」に対しての返しだと思う。


 読後。青年が、彼女に謝りに行くところが良い。「雨に降られて頭が冷めました。とりあえず彼女に謝ってみます」雨を題材にしているので、上手く効いている。おまけに見送る博士の「若いってのはいいなあ」とつぶやいて、「町にはしとしとと雨が降っています」と客観的状況描写で終わっている。

 ちょっとした雨の様子。

 すぐに晴れるかもしれない。

 二人の仲は戻るかもしれないと期待を感じさせてくれるので、読後感もよかった。


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