FLASH

FLASH

作者 杏

https://kakuyomu.jp/works/16818093081362603343


 人気バンドのボーカルに中学時代、いじめられていた男は夜中にフラッシュを焚いてひき逃げ事件を引い起こし、復讐した話。


 現代ドラマ。

 ミステリー要素がある。

 復讐はよくない。


 主人公は、轢き逃げ事件を起こし謝罪会見を行っている人気バンドのボーカルの、中学時代の同級生で、記者会見場にいた記者の一人。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 轢き逃げ事件を起こした人気バンドのボーカルが、相手側との和解成立後、謝罪会見を開く。彼は事件当時の記憶がなく、質疑応答でそのことを説明するが、世間の冷ややかな視線を浴びる。

 語り手である主人公は、彼の中学時代の同級生であり、彼にいじめられていた過去を持っている。語り手は彼が成功していることに嫉妬し、復讐を決意。彼の弱点である雷に怯えることを利用し、真夜中にフラッシュを焚いて彼の意識を失わせ、轢き逃げ事件を引き起こした。

 謝罪会見での彼の姿を見て、絶頂から急降下する人生を眺めていることに語り手は満足するのだった。


 三つの構造で書かれている。

 序盤は事件の発覚と謝罪会見の描写。

 中盤は主人公の過去の回想と復讐の計画。

 終盤は事件の真相と主人公の内面の変化。


 フラッシュの謎と、登場人物に起こる様々な出来事の謎がどう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 注意書きからはじまる書き出しが凝っている。

 遠景で「※フラッシュの点滅にご注意ください」と示し、近景で無数のシャッター音を描き、心情で、深く頭を下げる男の味方は誰一人としていないと語る。

 初見ではわからないが、バンドマンは主人公のフラッシュによってひき逃げ事件をおこしているので、そのフラッシュと記者会見のマスコミのフラッシュ、両方の意味が含んでいる。

 

「バンドマンの轢き逃げ事件。幸い被害者の若い男性の怪我の状態は軽傷程度らしい」「今を輝く人気バンドのボーカルが起こした事件だったから、朝も昼も夜も、ワイドショーは必ずと言っていいほどその事件を取り上げていた」「今ここでその謝罪会見が行われる。どうやら被害者との和解が成立したらしく、彼が刑務所に入れられることは無い」

 バンドマンは大変な状況にあるのがわかり、同情し、共感を抱く。

 でも本作の主人公はバンドマンではない。


 記者会見場にいた記者の一人が主人公。

「キョドりながら会見を続けていた彼の姿を思い出す。想像しただけで笑いが込み上げてきた。これだけの事件で彼のあんなにも戸惑い焦る様子が見られるなんて。少し可哀想な気もしたけど、そんな感情は直ぐにぼやけてきえていった。とにかく早く原稿を書かないと。また週刊誌はよく売れるだろう」

 しかも、事件を起こしたのは主人公だった。


 長い文。五行ほどで改行。句読点を用いていて一文は長過ぎることはない。一人称視点で進行し、主人公の内面描写が豊富。

 フラッシュバックや回想を効果的に使い、過去と現在を行き来する構造が特徴で、謝罪会見のシーンや事件の詳細がリアルに描かれており、緊張感が伝わるのがいいところ。

 復讐の動機である、主人公の復讐心が丁寧に描かれており、共感を呼ぶだろう。

 五感の描写では、フラッシュの閃光やカメラのシャッター音が視覚的に描かれている。カメラのシャッター音や謝罪会見の質疑応答の音がリアルに描写されている。


 主人公の弱みは過去のトラウマ。中学時代のいじめが主人公の心に深い傷を残している。また、復讐に囚われているため、冷静な判断ができない。

「当時、俺は彼に虐められていた。無視されたり本を破かれたり、死にたくなるほど酷いものではなかったけど、彼の取り巻きと共に集団で虐められていたから、それなりに辛いものではあった」とあるけれども、どういうイジメだったのだろう。主人公の復讐心を理解するうえでも、背景をもう少し詳しく描かれると物語に深みがますと考える。


 中学時代、彼にいじめられ、人気バンドマンになったと知ると、妬んだ。「俺も性格が良い訳ではなかったし、むしろクズだと分類される側の人間だった。だから彼を心から憎んで、復讐を決意することは容易だった」

 主人公もまた問題児だったらしい。

 真っ当に生きているバンドマンに対して「それが余計にムカついた。自分だけが中学時代に固執してるみたいなのが嫌だった」ますます歪んでいき、「だからあの事件を起こして、スクープを自ら作り出した」と語っている。



「とんでもない雷雨に意識を飛ばしていたことを。俺が知る、彼の数少ないわかりやすい弱点だった」

 雷に怯える彼でなくとも、運転中に強い光を浴びせられたら視界が遮られて事故を起こしかねない。

 修学旅行の、真夜中での雷だから、布団をかぶり、疲れもあって寝てしまった可能性もあるのではと邪推する。

 フラッシュで意識を失って事故を起こしたかもしれないけれども、突然のことで動転し事故の前後を覚えていない事も考えられる。


「きっと彼は、謝罪会見で目の前に立っていた記者の顔も名前も覚えていない」といっているのは、主人公であり、実際のところ、バンドマンが覚えていないかどうかはわからない。ひょっとすると、会見場に誰がいたのか覚えているかもしれない。


 今度はバンドマン側からの展開があると面白いサスペンスになっていきそうな感じがする。

 たとえば、バンドマンが轢いて怪我をした人が当時のことを憶えていて、街灯の少ないその道でフラッシュを焚いた人がいたことを証言し、主人公にまでたどり着くみたいな。


 読後。実に良いタイトル。主人公が記事を書いているのは雑誌『FLASH』かしらん。緊張感のある描写と主人公の内面描写が秀逸。事件の描写がリアルで緊張感が伝わってきて実に良かった。


 

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