風に隠した
風に隠した
作者 たちばな
https://kakuyomu.jp/works/16818093083482020804
好きな人に振られて落ち込む先輩を慰めるために海へ連れてきt紺野は自分の気持ちを隠し、友達として振る舞う話。
現代ドラマ。
切ない。
臨場感のある表現がよく、読後感がいい。
主人公は女子高生の紺野。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
七月。主人公の紺野は先輩を連れて海に行く。
先輩は好きな人に告白して振られ、落ち込んでいる。紺野はそんな先輩を元気づけようと、海で遊びながら先輩の気持ちを聞き出す。
先輩は最初は暗い表情をしているが、紺野と一緒に海で遊ぶうちに少しずつ元気を取り戻す。紺野は先輩の涙を「海水だ」と言って慰め、先輩もその言葉に救われる。
「俺がへこんでんの見て、海に連れてきてくれたんだろ。紺野がいてくれて良かった、って思った」
先輩は紺野に感謝の気持ちを伝え、紺野も先輩の笑顔を見て安心する。しかし、紺野は自分の本当の気持ちを隠し、「あたしは先輩の友達、っすから」先輩の友達として振る舞うことを決意する。
四つの構造で書かれている。
導入は紺野が先輩を海に連れて行く場面。
展開は海での遊びを通じて、先輩の気持ちを聞き出す。
クライマックスは先輩が振られたことを告白し、涙を流す。
結末は先輩が少し元気を取り戻し、紺野に感謝する。
涙の音の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎がどう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
書き出しがいい。
遠景で「ざざーん、と涙の音がする」と描き、奇形で海に匂いを描き、心情で、「青く濁った海の色と、隣に立つ先輩の沈んだ目の色がよく似て見えた」と語る。
まず、ざざーんとしたのは、涙の音。
海ではない。
誤字とも考えられるが、書いてあるとおりに解釈する。
つまり、波のように先輩は泣いていたと、少なくとも主人公は感じているかもしれない。
海に来る前から、先輩は号泣(実際に目から涙を流しているかどうかは別)していることを主人公は知っていた証としての表現だろう。深読みすれば、主人公の涙の音とも考えられるが、書き出しとしては先輩が泣いていたと捉えるのが自然だろう。
初見では「どういう意味だろう」と不思議に思わせて、興味を抱かせている。
なにかしら悲しいことがあったのだ。
先輩になにかがあった。心配して海につれてきている主人公。美徳であり人間味を感じる。二人のやり取りは微笑ましいところにもまた、共感を抱く。
深層心理に入っていく感じを動きで描いていて、海に足を入れていくところが良い。だから、
「いや、こうしないと濡れるだろ? 紺野も……って、あースカート短いから良いのか」
「ガン見しないでくださいってば」
「見てねーから」
というやり取りや、
「……あーぬるいっすねえ」
「だな。まー曇りだし、そんなもんだろ」
互いの気持ちの感じがでていたり、子供のように水をかけたりできるのだろう。童心に帰っていく感じがよく出ていてよかった。
長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いてく一文は長くないし、短文と長文の組み合わせでテンポ良くして感情を揺さぶっている。ときに口語的。カジュアルで親しみやすい。登場人物の性格がわかる会話が自然で多く、キャラクターの感情が伝わりやすい。紺野と先輩の感情がリアルに描かれており、共感しやすいところもいい。
五感の描写が豊かで、動きを示しながら感覚や感情表現を用いているので、その場にいるかのような臨場感がある。
視覚では青く濁った海の色と、隣に立つ先輩の沈んだ目の色、スカート、先輩のワイシャツ、ネクタイ、水平線、曇り空、先輩の表情などが描かれている。
触覚はぬるい海、浜辺の細かい砂粒がくすぐったい感覚、救った海水、腕にかかる水など。聴覚は、ざざーんと涙の音、先輩の上ずった声や唸り声など。嗅覚は潮の匂い。味覚はない。
主人公の紺野の弱みは、自己犠牲。
先輩のために自分の気持ちを抑えている。
これは彼女の強さでもあるが、同時に弱みでもある。
今日は部活もサボって、先輩を海に連れてきたのだ。
「……好きな、人に、……告白して、フラれた」
「他に、好きなやつが、……いる、んだってさ……」
「フラれたら、っこんなに悲しいんだな。俺、っ、初めて知ったわ……」
「紺野さあ、何で分かったの」
「……。簡単っすよ。先輩がいつもの間抜けな笑顔してないから、何かあったのかなあ、って」
二人は同じ部活の先輩と後輩なのかもしれない。しかも、普段から仲が良いのだろう。ただ、紺野と先輩の関係性についてもう少し詳しく描写されていると、 先輩のために海につれてきては話を聞き、自分の気持ちをかくすといった紺野の内面の葛藤や感情がもう少し描けたかもしれない。
主人公の台詞の語尾が「~っす」「そっすね」と口ぐせのようにでているけれども、本作では本心を隠しているように感じて、ラストの「……そう。あたしは先輩の、ただの友達。先輩がまた笑顔になってくれればそれで良い。先輩の笑顔のためなら、あたしは自分の本当の気持ちも無視できるんだ」が余計に切なく感じる。
ラストの、「先輩はいつもみたいに間の抜けた、あたしの見たかった顔で笑ってくれた。風がまたざあっと吹いて、あたしの熱い頬を冷やしていった」の部分が実に感じが出ている。
主人公の好きな先輩の顔が見れて、嬉しくて、すきな気持が顔を出す。それを海風が冷やしていく。
本作では涙の音が、波の音。つまり海の中は感情。海の上は理性を表しているのだ。
だから、主人公の先輩への思いの感情を、理性の風に吹かれて抑えられていく。
主人公の気持ちがわかるだけに、実に切ない気持ちになる。
読後。タイトルをみながら、なるほどと感じ入る。
読み終わった後、二人と一緒に風に吹かれながら海を見つめている気持ちになる。いい作品だ。
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