心中巡り

心中巡り

作者 @Nanumo

https://kakuyomu.jp/works/16818093083363853210


 隼斗は鈴花の両親に結婚を反対され、二人は海に飛び込んで心中すると二人ともハゼになる。人間だった頃の記憶が薄れていくも、二人はハゼとして生活していく話。


 ファンタジー。

 ハゼに転生する意外性と、鈴花の生まれ変わっても愛を忘れないところが良かった。


 三人称、隼斗視点と鈴花視点で書かれた文体。現在、過去、未来の順に書かれている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の隼斗と恋人鈴花が心中を決意するところから始まる。

 隼斗は鈴花の両親に結婚の許可を求めるが、就職がうまくいっていないために反対されてしまう。失意の中、鈴花から心中を提案され、二人は海に飛び込む。

 目が覚めると、二人は魚のハゼになっていた。最初は戸惑うものの、次第にハゼとしての生活に慣れ、幸せに暮らし始める。しかし、隼斗は次第に人間だった頃の記憶が薄れていくことに気づく。鈴花との記憶も薄れ、鈴花のことすら忘れてしまう。

 それでも、鈴花は隼斗を愛し続け、二人はハゼとして生活していく。


 三つの構造で書かれている。

 序盤は隼斗と鈴花の関係性と、結婚の許可を得るための試み。

 中盤は心中を決意し、ハゼに転生するという転機。

 終盤はハゼとしての生活と、記憶の喪失という新たな課題。


 心中の謎と、主人公たちに起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 書き出しは現在からはじまっている。

 遠景で心中ブームの作品を紹介。近景で、主人公たちがこれから心中すると説明し、心情で彼女の会話からはじまる過去回想。

 読者を物語へと誘っていく書き方が自然で、読みやすい。

 それでいて心中する二人に共感をしていく。

 どうして死のうと思ったのかに、興味が湧く。

 

 二人は付き合っていて、プロポーズもしている。両親への挨拶をして結婚への準備を進めていくという。「紅葉が彩る山を眺めながら、僕たちはゆったりとした足取りで鈴花の家へと向かった」と情景描写から、二人の気持ちが伝わってくるのがいい。


「お茶と萩の月を人数分持ってきてくださった」

 舞台は宮城県かしらん。


「実はコロナ禍なこともあり、居酒屋を経営していたのだが度重なる営業制限により廃業してしまい、今はバイトを掛け持ちして食いつなぎながら就活をしていたのだが、なかなか上手くいっていなかったのだ」

 主人公の就活が上手くいっていない様子がリアルである。店を畳んでいるので、借金もあるかもしれない。

 店を経営していた経験があるため、また店を持ちたいと考えているのかしらん。

 

 結婚の許可が降りないところも現実味があり、そうだよねと頷けるし、「別れろと言われなかっただけでも幸運だったのかもしれない」んところは、親御さんとしての優しさでもあるだろう。


「夕日が沈みかけ冷たい風が吹き、枯れ葉が落ちた」情景描写がいい。


「僕は即答することができなかった。(就職ができたら、改めて挨拶に行くよ。それまで待っててくれる)そう答えられたら良かった。だけど、言えなかった」このあたりも、実感がこもっている感じで感情移入する。

「しゅu」

 と言いかけており、「就職ができたら、改めて挨拶に行くよ。それまで待っててくれる」と言葉を告げようとしたのだろう。


 彼女が凄いなと思うのは、一緒にいるために心中しかない、とゼロかイチかの考え方ができてしまうところ。

 女性は男性にくらべて現実的に考えられるのに、恋が絡むと変わるところが良く書けている。とりあえず言ってみて、やってしまう。

 展開が意表をついていて凄い。

 

 長い文。前半は、五行で改行。後半は文章の塊が現れる。句読点を用いて、一文を読みやすくしている。長文は落ち着きや重々しさ、説明的。ハゼの生態や、ハゼになってから記憶が薄れていて、鈴花の記憶もなくなってきていることを知られたくないと語られている。

 ところどころ口語的。シンプルで読みやすい。登場人物の性格がわかる会話が多く、キャラクターの感情が伝わりやすい。

 隼斗と鈴花の感情が丁寧に描かれており、読者が共感しやすい。

 心中という重いテーマを扱いながらも、ハゼに転生するという意外性があり、ファンタジー要素を取り入れている点が特徴的。物語に新鮮さを与えている。 愛と再生を一貫して描かれていて、読後感が良い。 

  五感の描写について、視覚は紅葉や夕日、海の描写が美しい。

 聴覚は鈴花の優しい声や、海の音が印象的。

 触覚は冷たい風や、海の冷たさが感じられる。

 嗅覚は和紅茶の香りや、海の匂いが描かれている。

 味覚は具体的に描かれていないが、萩の月の甘さや、和紅茶の味が伝わる。


 主人公の弱みは、就職がうまくいっていないことが、隼斗の大きな弱み。その結果、自分に自信が持てず、鈴花の両親に対しても弱気な態度を見せてしまう。

 就職できたら、改めて挨拶するといえなかったところにも現れている。

 心中するほどの仲だけれども、二人はいつ、どうやって知り合ったのだろう。鈴花の内面や、隼斗の過去が気になる。

 彼女の一目惚れだったのかしらん。


 長文でハゼとしての生活や環境について説明されているけれども、もう少し具体的な描写があったほうがいいのではと考える。

 たとえば「僕たちは人間だったときとは違った時間に追われることのないゆったりとした世界の中静かだが幸せに生活している」部分なら、鈴花と楽しく過ごしている様子を描いたり、読みやすいように改行されたりするといいかもしれない。

 

 読後、感情移入ししゃすく読みやすかった。ハゼに転生するという意外性があり、最後まで飽きずに読めたのはよかった。

 鈴花は、ハゼになっても隼斗のことを忘れず愛しているのが凄いなと思った。



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