線香花火の延命

線香花火の延命

作者 熒惑星

https://kakuyomu.jp/works/16818093083113750836


 人と違うものばかりを選び取る菊花を無条件に肯定してくれた 幼馴染の彼と久しぶりに再会して花火をするも、彼が変わった事に気づき、関係が虚しく終わる話。


 現代ドラマ。

 初恋は、線香花火のように散ってしまった。

 切ないね。


 主人公は、女子高校生の菊花。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は子供の頃、花火が好きではなく、線香花火が好きだった。友達からはのりが悪いと言われ、家族以外にやらなくなった。

 家族ぐるみで付き合いのある近所に住んでいた年上の彼に誘われて花火をしたとき、最初に線香花火を手に取ると、「その年で線香花火の良さがわかるなんて大人なんだね」人と違うものばかりを選び取ってしまう主人公を無条件に肯定してくれた言葉で、今も忘れられなかった。

 数年後。主人公の菊花は、幼馴染の彼が帰省していることを母から聞き、アイスを求めて逃げるようにコンビニへいくと、偶然再会。彼と一緒に花火をすることになり、二人は昔の思い出を振り返りながら花火を楽しむことになる。

 しかし、線香花火を手に取った主人公を見て、「菊花はすすき花火とかやらないの?」と声をかけた。

 彼が変わってしまったことに気づき、菊花は心の中で彼との距離を感じる。線香花火が静かに消える様子が描かれ、二人の関係は虚しく終わった。


 三つの構造で書かれている。

 序盤は幼馴染の彼の帰省を知り、コンビニで再会。

 中盤は一緒に花火をすることとになり、近況が語られる。

 終盤は過去と現在の関係性が描かれ、線香花火が消えるシーンで、二人の関係の終わりが象徴される。


 線香花火の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 軽い誘いの言葉からの書き出しが、読み手を誘っている。

 遠景で主人公の台詞、近景で、どうして声をかけたのかを語り、心情で、彼が規制していると母から聞いたこと説明されていく。

「瓶に閉じ込められた何時かの線香花火があまりにも憐れだったからかもしれない」という比喩表現が素敵であり、寂しさを感じさせている。

 この段階では、何のことかわからないが、彼に対するひそかな恋心が、胸の奥でいまもくすぶっていることを表現していることを察することができる。

 線香花火、というのがいい。

 よく線香花火の変化は人生に喩えられるので、初恋の炎のまま、いまも小さく輝いているのが想像される。

 これだけで、共感を抱く。

 

 主人公が幼馴染と最後にあったのは小学六年生の時だという。

 数年ぶりの再会なので、主人公は高校一年生かもしれない。


 長い文ではなが、五、六行で改行。句読点を用いていて、一文はそれほど長くない。短文と長文の組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくる。ときどき口語的、登場人物の性格を感じさせる会話文が多く、読みやすい。

 繊細で感情豊かな描写が特徴。 主人公の内面の葛藤が丁寧に描かれている。過去と現在の対比が効果的に使われていて、物語に深みを与えているのがいい。

 五感を使った描写が豊かで、情景を想像しやすい。

 視覚は花火の光や色、彼の表情、コンビニの様子などが詳細に描かれている。

 聴覚は花火の音、彼の声、コンビニの冷房の音など。嗅覚は花火の煙の匂いやコンビニの冷房の匂いなど。触覚は冷房の涼しさや花火の感触、彼に小突かれた感覚などが描写されている。

 アイスを買いに行くシーンで、アイスの味が想像されるけれども、味覚は特にない。


 主人公の弱みは、過去の思い出に囚われていること。彼との距離感に悩んでいること。自分の感情をうまく表現できないこと。

 年上に憧れを抱くのは考えられる。

 また、久しぶりの再会をしたあと「コンビニからの帰り道。私と彼は終始無言だった。彼との話し方を、もう思い出せない」という感覚は、経験したことのある人は覚えがあるだろう。

 共通する話題がないので、いざ話そうとしても他人行儀になってしまうのは仕方ない。

 花火をする目的があるから、会話もできるのだ。子供のときは、そんなこと考えずに、いろいろな話ができたのに、大人になると、それができなくなる。


 線香花火が好きだっただけでなく、彼から言われた言葉が忘れられないことが、いまもくすぶり続けている原因だろう。

「その年で線香花火の良さがわかるなんて大人なんだね」と言った。

 みんなからノリが悪いとか大人ぶっているとか言われたけど、彼だけは肯定してくれた。

 大人っぽいけど子供っぽいところ「『手持ち花火でそこら辺の雑草燃やせたりしないかな』とビー玉みたいにキラキラした瞳で笑った」というギャップも、主人公の心をつかんだのだろう。

 でも、久しぶりにあった彼は「菊花はすすき花火とかやらないの?」と、他の人達みたいになってしまった。特別感はなくなり、以前の彼ではなくなってしまっていた。

 一体何があったのだろう。

「最近レポートで忙しくて、徹夜ばっかりだったから」とあるけれども、それだけではわからない。大学四年だから、就職活動が上手くいっていないのかもしれないし、卒業論文や卒業研究に手こずっているのかもしれない。

 彼について、もう少し具体的なエピソードがあると、共感しやすくなるのではと想像するも、あんまりゴチャゴチャ描きすぎるのも良くない気もする。


 なにより、主人公の感情や恋の儚さを象徴している花火の比喩がいい。最初はゆっくりと熱をためて、短い時間で鮮烈に弾ける様子が、主人公の心の動きや恋の一瞬の輝きを表している。

 でもラストでは、「急速に時が進んでいって、線香花火は中心の火の玉を黄色に変えていく。先のほうで枝分かれしていた光はだんだん真っ直ぐな一本の線になって、流れ星の軌跡のように風に流される。ちかちかと最後まで命の全てを燃やし尽くしたとき、真ん中の火の玉が輝きを失った」と、恋の終わりを描いて見せている。

 瓶は、主人公の心の中に閉じ込められた過去の思い出や感情をあらわしているから、割れることで、過去の感情が解放される様子が描かれている。この情景描写が主人公の心情を物語っていて、とても素敵。でも、儚くて実に切ない。

 

 読後。タイトルを見ながら、片思いの切なさと時の過ぎゆく残酷さを感じる。

 過去の思い出や感情を振り返りながら、再会した彼との微妙な関係を描いている点も、片思いの切なさを募らせていく。

 彼との再会が予想外でありながらも、過去の感情が蘇っていく様子は印象的だからこそ、線香花火の儚さと重なって、より深く胸にくるのが本作の魅力だ。

 実にうまい。

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