夕日泥棒の君
夕日泥棒の君
作者 功琉偉 つばさ
https://kakuyomu.jp/works/16818093083281736140
連日午後になると降る雨に悩む写真部の空色暁は、夏休みの写真大会のために海へ行き、夕日を瓶に閉じ込める灰空海と出会う。夕日を見ながら海で溺れた彼女は、幽霊となって夕日を盗んで温まっていた。彼女を温めて成仏させ、午後に雨が降らなくなった話。
三点リーダーはふたマス云々は気にしない。
現代ファンタジー。
不思議で温かいお話。
相変わらず上手い。
主人公は、写真部に所属している男子高校生の空色暁。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
主人公の空色暁は、連日午後に降る雨に悩まされている高校生。彼は写真部に所属し、夏休みの写真大会のために海へ向かう。そこで、夕日を瓶に閉じ込める不思議な少女、灰空海に出会う。
彼女は幽霊であり、一年前に海で溺れて亡くなったが、夕日を見ながら死んだため、夕日を盗んで温まろうとしていた。暁は彼女を温め、成仏させるために尽力。彼女は成仏する。
次の日から午後に雨が降らなくなる。その夜、寝るときに窓が勝手に開いて潮の匂いのする風が入ってきた。
四つの構造で書かれている。
序章は雨が降り続く異常気象の描写。
展開は海での出会いと不思議な現象の発見。
クライマックスは海との対話と彼女の過去の告白。
結末は海の成仏とその後の変化。
夕日を盗む謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。
印象深く、興味を持つところから始まる書き出しがいい。
遠景で「僕は見てしまった」と、大きな言葉で書いている。
近景で「こんな話をいきなりするものではないと思うけど、僕は見てしまったんだ」強調しながらくり返している。
心情で「君が夕日を盗んでいるところを」と倒置法を使って、印象深く語っている。
夕日を盗むってなんだろう。
読みては不思議に思い、興味を抱く。
この導入は上手い。
本編もおなじく、興味深いところから始まる。
遠景で『今日も、夕方から夜にかけて広範囲に大雨が降るでしょう』と説明され、近景で朝のテレビのニュースだとわかり、心情で主人公が朝食を食べながらぼやく。
ノロノロ台風による長雨で、天気が悪かった経験をしている人ならば、毎日雨ばかりが続いてうんざりする主人公の気持ちはわかるはず。可愛そうだと思い、共感していく。
「僕の好きな夏の夜空が見えないし、何より夜がジメジメしていて寝苦しい」
夜に雨が降ると、涼しくて眠れるのだけれども、この辺りは見解の相違。でも「そんな一か月も連続でおんなじ天気なんてありえなくない?」とあり、さすがにそれだけ毎晩降れば湿気るなと、主人公の寝苦しい気持ちに納得した。
「あと少しで夏休みなのに花火大会がなくなっちゃう……」
夏のイベントが中止なのはさびしい気持はよくわかる。
「とりあえず午前中も雨が降りっぱなしでないことに感謝をしておく」いい面にも目を向けている主人公の性格に人間味を感じ、ますます共感していく。
人の良さがあるから、のちに幽霊の力となって温めあげようとするところへ繋がっていくのだろう。
ちなみに、夕方になると日本全国雨が降るのかしらん。
突然雲が湧き出すなんて、天気予報士はどんな解説を毎日していたのだろう。ちょっと気になる。
長い文ではなく、五行で改行。句読点を用いるなど、一文も長過ぎることはない。短文と長文を組み合わせてテンポよく書いている。
ときに口語的で読みやすい。
女の子の会話は、読点をこまめに入れて、はじめはたどたどしい話し方だった。自分の話をし始めると、今度は語尾が「~たんだ」を用いた話し方に変わる。でも主人公と話していると、「~いるよね」「~だね」「~だろう」といった具合に、普通に会話をするように変化していく。
死んでから一人きりで、久しぶりに話すところから、徐々に生きていた頃の感覚を取り戻していく様子に思えて、柔らかくなっていく。
つまり、主人公との会話によって、冷たく固くなっていた彼女の心が温められていて、
「そうだ。私……寒かったんだ。死ぬとき海水が冷たくて、それでどうしようもなくて…暗くて、寒くて……そして夕日を見たんだ。私、誰かに温めてもらいたい……」
奥底にあった想いが、言葉として外へと出てきたのだ。
死んで忘れていた感情が現れたことを、涙でも表現している。
主人公の内面や感情がくわしく書かれ、主人公の成長と変化が描かれている。
日常の描写と非日常の出来事が交錯し、リアリティとファンタジーが融合しているところが特徴。幽霊の少女との交流を通じて、温かさや優しさが伝わってくるのがいい。
五感を使った詳細な描写が物語に引き込んでくれているところもいい。
五感の描写として、視覚的刺激は、夕日、雲、雨、海の風景、夜空の星などが詳細に描写されている。
聴覚は波の音、雨の音、風の音などが描かれている。
触覚は海の冷たさ、暁が海を抱きしめたときの温かさなど。
嗅覚は潮の匂いが描かれている。
味覚は朝ご飯のシーンでの食事の描写がある。
主人公の弱みは、彼女がいないことを気にしていること。
たしかに、午後から雨が降ることを気にしているが、夜は寝苦しいとおもっているくらい。クラスメイトが「あと少しで夏休みなのに花火大会がなくなっちゃう……」の言葉に「まあ彼女がいない俺には関係ないんだけどね」と反応している。
そんな主人公が、夏休み中にテーマが「海」の写真大会用の写真を撮っておく必要があり、海で女の子を見かけ、不思議な現象に対する驚きと戸惑いを覚える。
気になって、もう一度海へ足を運び、彼女と話をする。
どうしたらいいと聞かれて、「この世界にやり残したことがあると成仏できないって聞いたことがあるよ」と応えるも、海を成仏させる方法がわからないことへの悩みが湧く。
雨が降って、屋根のある場所へ行き、誰かに温めてもらいたいといわれて、温めてあげる。
主人公は考える間もなく、彼女が思い出していくのを聞いて、自分ができることをしていく。
夕日で温めている間は実体がある。ということは、夕日で温めなければ、そのまま消えていくかもしれない。それでは幽霊としてのこるのかしらん。
温める前に、主人公は彼女を抱きしめている。そのときは、暖かくならなかったのだろうか。そのとき、消えかけていた彼女の身体が実体化していくような描写があったらと想像する。
でも、温めると「あったかい」といいつつ、どんどん透明になっていく。夕日では実体化し、人のぬくもりでは消えていくのかしらん。
幽霊の設定や背景について、もう少しくわしい説明があると理解しやすくなるのではと考える。
ラスト、主人公が寝るときに、「窓が勝手に開いて潮の匂いがする風が入ってきた」とある。起きたことは夢ではなかったという余韻であって、成仏できずに主人公に取り憑いたというホラーな展開ではないだろう。
読後。非常に感動的で、幽霊の少女との交流が心温まる。
タイトルが良かった。夕日を盗むなんて、どういうことなんだろうと思わせ、興味を引いたところがいい。
読後にタイトルを見ると、そんな不思議な体験をしたんだという主人公の想いが伝わってくる。きっと、夕日を見る度に、思い出すに違いない。
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