拝啓、なずなの君へ。

拝啓、なずなの君へ。

作者 熒惑星

https://kakuyomu.jp/works/16818093076474463041


 恋人と別れた主人公は海で花を摘んで食べ、さよならを告げ、ボイスメッセージに伝えたい言葉を吹き込んで送り、好きだったとつぶやく話。


 現代ドラマ。

 失恋の痛みとそれに伴う内面の葛藤を詩的に描いた美しい作品。


 主人公は、しゃべれない女子高生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 四つの構造で書かれている。

 導入

 主人公は早朝の海辺で、過去の恋愛を振り返りながら、全ての生物が海から生まれたとしたらどこへ向かうのかと考える。始発電車に乗り、海岸にたどり着き、夢のような美しい景色を見て、恋愛の終わりを感じる。

 展開

 友人たちと喫茶店で過ごしながら、最近終わった恋愛について考え、友人たちの会話に混ざりながら、自分の心情を語り、別れたことが幸せなのかもしれないと感じる。

 クライマックス

 海辺で持ってきた花を取り出し、食べてさようならを告げる。花を海に浮かべ循環を願うも、大事な花が盗まれたことに気づく。

 結末

 主人公は恋人との別れを回想。恋人が別れを告げた瞬間、主人公は声を出せるようになり、母親と共に涙を流す。恋人が嘘をつくときに口を隠すことを思い出し、後悔の念を抱く。

 恋人との出会いを振り返り、恋心が花として体から出てきたことを思い出す。恋人に伝えたかった言葉をボイスメッセージに送り、最後に「好きだった」と告げるのだった。


 全ての生物が海で生まれたとしたらどこへ向かうのかの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。

 問いかけのセリフからの書き出し。

 遠景で問いかけ、近景で、いつどこでを描き、心情でより具体的な時間と場所、どんな思いを抱いていたかが語られる。

 主人公は人があまり乗っていない始発電車に乗り、誰もいない海へ一人きりでいる、しかも「全ての生物が海から生まれたとしたら、全ての生物は一体何処へ向かうのかな」寂しそうな雰囲気があり、かわいそうに思えてくる。

 しかも、数日前に恋が終わったという。

 寿命四か月の恋。心配した友人に洒落た喫茶店につれてこられて、女子高生の会話が繰り広げられる。主人公には、心配してくれる友人がいるのだ。


 会話に混ざるとき、「私の前を往来していた会話に異物を混ぜ込んだ」「私は自己完結をやめてコミュニケーションを始めた」とあり、違和感を覚える。主人公が話せないキャラクターなのが後で分かるので、スマホやタブレットなどを使った筆談等していたのだと推測されるので、こういう表現になったのかと腑に落ちる。


 長い文ではない、五行で改行。句読点を用いて一文も長過ぎることはない。詩的な表現が作品に深みを与えている。主人公の内面の葛藤がリアルに描かれているのがいい。感傷的。内省的で感情の揺れが細かく描写されいて、比喩や象徴が多用されている。

 五感を使った描写が豊かで、読者に情景を鮮明に伝える。

 視覚は海の景色、花々、友人たちの表情などが詳細に描かれている。聴覚は波の音、友人たちの会話、喧騒など。触覚はサンダルの感触、波が頬を伝う感覚など。味覚は花を食べるシーンがある。嗅覚は恋人の香りがふとした瞬間に鼻を掠める描写がある。


 主人公の弱みは失恋の痛みから立ち直れないこと。自分の感情をうまく表現できないこと。恋愛に対する未練や後悔が強い。


 後半は、冒頭にやってきた海の場面からはじまる。

 持ってきた花たちは、「なんとなく集めていたもの。貴方のいないところでも溢れて仕様がなかったもの。わざわざ貴方に渡す必要もないかと思って渡していなかったもの」

 彼との恋の象徴に感じる。

 食べてさよならをつげて循環を願うも、主人公にとって大事な花、なずなは彼に盗られてしまっていた。

 大事な花は、主人公の恋心や感情の象徴。恋人が別れを告げた際に、主人公の手から「なずな」を盗んでいったことが、恋心を奪われたことを意味しているのだ。


「きっとその方が君のためにも僕のためにもなると思うんだ」

 貴方は口元を隠しながらそう言った。のちに、ウソを付くときの曲だと思い出すので、恋人が別れを告げる際に「君のためにも僕のためにもなると思うんだ」と言ったことが嘘。

 別れることは、お互いのためになることではなかったのかもしれない。少なくとも、彼女のためになる別れではなかっただろう。

 なぜ彼は別れを告げたのかしらん。


 失恋で悲しんで声を上げるとき、「声が出せるということに気付いてからだ。生まれたときから声を出せなかった私が声を出したから母は驚き涙ぐみながら部屋に入ってきて、泣きながら私の背をさすっていた。まるで私の人を好きになるためのところが私の喉をせき止めていたみたいだった」と、主人公が話せない子だったことが明かされる展開は、思わず驚く。

 なにかが壊れたとき、隠されていたものが明るみになるのは少女漫画でもよくみられる展開であり、おそらく彼が別れたのも、主人公が話せない子だったからかもしれないと邪推したくなる。


 主人公は、自分が喋っていたことを録音して彼に送りつけている。

「全ての生物が海から生まれたとしたら、全ての生物は一体何処へ向かうのかな」「きっと空に向かうと思うの。水と一緒。循環するの。だって限りがあるから」「それは恋心も一緒だと思うの」「だからね、その花は燃やして灰にして、どうか快晴に還してね」

 そう告げてから、伝えたかった言葉は携帯の外に落として「あのね、好き、だったよ」とつぶやくのだ。


 心情描写が多いことや過去と現在の混在するところが、読み手にはわかりにくく感じるかもしれない。

 心情描写をやや落としたり、各場面の順序がわかるようにしたりして流れを追いやすくし、登場人物の具体的な行動や出来事を描写して状況をわかりやすくすると、感情移入しやすくなるかもしれない。

 友人たちとの会話する場面で、主人公の内面描写と外部の会話が混在しているので、読者が混乱するかもしれない。しれないけれども、のちに主人公が話せないキャラだとわかる展開なので、わかりやすくするのは難しそう。

 主人公が花を食べる行動は読者にとって理解しづらそう。もう少し背景や理由をはっきりしてもいいかもしれない。「君の恋心なんだとしたら僕の物でもあるだろう?」と恋心を持っていってしまうのは、なんて横暴なと思う。奪われたものを取り合えすために、食べていたのかもしれない。


 読後。主人公から持っていった恋心が、なずな。だから彼はなずなの君なのだろう。ナズナの主な花言葉は「あなたに全てをお任せします」「あなたに私のすべてを捧げます」。だから、彼は主人公の恋心まで持っていってしまったのだろう。





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