ヤドカリ人間

ヤドカリ人間

作者 明松 夏

https://kakuyomu.jp/works/16818093083194574195


 転校を繰り返し友達を作るのが難しい倉本かりんは林に告白され、自分をヤドカリのような人間だと話すと、彼もヤドカリだと共感。一人では生きていけない人間はみんなヤドカリなのだと思い、心をひらいていく話。


 現代ドラマ。

 着眼点がいい。

 読後感が素晴らしい。いい話。


 主人公は、倉本かりん。一人称、私である。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の倉本かりんは、転校を繰り返す中で友達を作るのが難しく、自分を「ヤドカリのような人間」と感じている。彼女は親友の梓と一緒に過ごす時間を大切にし、梓に依存している。

 ある日、クラスメートの林が川田にノートを返そうとしたとき、かりんの頭に当たる。かりんに謝罪し、気にしていないと返す。放課後も謝りに来るも、梓と一緒に帰るかりん。

 翌朝、林はかりんに好意を告白する。かりんは自分の性格を、生きていくには貝殻が必要不可欠で依存しなくて生きていけない「ヤドカリ」的だと林に話し、林もまた自分も「ヤドカリ」だと共感する。「さっきヤドカリが依存とかなんとか言ってたけど、人間も常に何かに依存してないと生きていけないわけで……。たとえば、ゲームとか友達とか。ほら、水や食料だって他人頼りだし。だから、きっとみんなヤドカリだよ。みんな平気なフリしてるだけで、本当は何かに、誰かに依存してるんだよ」

 かりんは自分が一人ではないことを感じ、少しずつ林に心を開いていく。

 人間は決して一人では生きていけない。何かに依存していなければ生きていけないのである。私も、林も梓も。人間であるがゆえにヤドカリなのである。


 三つの構造で書かれている。

 序盤は主人公の孤独感や梓との関係。

 中盤は林とのやり取りを通じて、主人公の内面の葛藤が浮き彫りになる。

 終盤は林との対話を通じて、主人公が少しずつ心を開いていく。


 私はヤドカリである謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 導入の書き出し。

 遠景で「私はヤドカリである」、近景で「重そうな貝殻を背に乗せて海底を歩く、あのヤドカリである」、心情で「──いや、正確に言えばヤドカリのような人間なのである」と語る。

 主人公がどういう考えを持ち、どんな子なのかが大雑把に説明されることで、はて、どういう意味かしらんと首をかしげさせては興味を持たせて物語がはじまる。

 

 朝、梓と仲の良い様子の主人公。一人ではなく、愛されている感じがする。ヤドカリのような人間とはなんだろうという疑問を抱かせつつ、朝の教室の様子が描かれていく。

 隣の席の男子の会話に挟まれて、可哀想な一面。そのあと、ノートが頭に当たるハプニング。ますますもってかわいそうに感じ、共感していく。

 梓が口パクで大丈夫? と聞いてくる。

 愛されている感じがある。

 

 長い文ではなく、こまめに改行されている。一文も長くなく、短文と長文を組み合わせてテンポよく書かれ、リズムがいい。

 ときに口語的。登場人物の性格のわかる会話文も多く、関係性や感情の変化が自然に描かれている。読みやすい。主人公の内面の葛藤や感情が詳細に描かれています。

 比喩表現として、ヤドカリに例えることで、主人公の心情や状況がわかりやすく表現されているのが良かった。

  主人公と梓、林との関係性が自然に描かれていて引き込まれるところもいい。

 五感の描写では、視覚的刺激で茜色の空、舞い上がるほこり、夕焼けに染まる梓の姿など、色彩豊かな描写が多い。

 聴覚は教室のざわめき、チャイムの音、林の声など、音の描写が効果的に使われている。触覚は梓がかりんの腕に巻き付く感触、頭に何かが当たる感触など。嗅覚は、梓の甘い香りが印象的に描かれている。味覚の描写は特にない。他の五感の描写が豊富なので、味覚の描写も加えるとさらに臨場感が増すのでは、と考える。考えるのだけれども、難しいかもしれない。


 主人公の弱みは、転校を繰り返す中で友達を作るのが難しく、孤独を感じていること。 主人公の過去や転校の理由など、もう少し詳しく描かれると物語に深みが出るかもしれない。

 とにかく、孤独だから、仲良くなれた梓に強く依存しており、彼女がいないと不安を感じてしまう。腕に抱きつくのもその現れだろう。

 孤独から、自分を「ヤドカリのような人間」と感じ、自己評価が上がらず、他人に対して心を開くのが難しいのだろう。

  翌日も謝る林に「別に、私に嫌われても君には関係ないでしょ」というのも、彼女の性格やこれまでの行動、葛藤や考えから、好かれようとも思っていないのがわかる。

 だから、告白されたときは、さぞかし驚いただろう。

 誰だって驚くかもしれないけれど、主人公にとっては予想外だったはず。「――なんで。いつから。私のどこに惹かれたの。聞きたいことは山ほどあるのに、口をついて出たのは、『ヤドカリ』その一言だった」と、冷静さを欠いているところを感じる。


 ヤドカリのような人間だという意味が、ここでようやく明らかになる。それに対して、自分もヤドカリだと肯定し、「きっとみんなヤドカリだよ。みんな平気なフリしてるだけで、本当は何かに、誰かに依存してるんだよ」この言葉が実によかった。

 みんな同じ、ひとりじゃない。

 林の言葉に、孤独だった主人公は、少し救われたかもしれない。


 読後、最後の「人間であるがゆえにヤドカリなのである」が実に良かった。ヤドカリに例えることで、主人公の孤独感や依存心がわかりやすく表現しながら、否定することなく肯定されることで、みんな同じで一人じゃないことがわかり、胸の中があったかくなる。

 キャラクター同士の関係性も自然で、主人公の内面の葛藤や成長が丁寧に書かれていて、読後が本当によかった。

 みんな、ヤドカリ人間なのだ。

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