涙が止まらぬ訳
涙が止まらぬ訳
作者 如月ちょこ
https://kakuyomu.jp/works/16818093083092490888
料理をしていると涙が出る南さんは、幼い頃いなくなった母を思い出すからだと精神病院を訪ね、看護師長から「生の玉ねぎ」が原因と指摘される話。
現代ドラマ。
どんでん返しが面白い。
笑ってしまった。
主人公は一人暮らしをしている南さん。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
主人公の南さんは、一人暮らしを始めてから特定の料理を作ると涙が止まらなくなることに気づく。普段の生活や他の料理を作る時には涙は出ないのに、牛丼や生サラダ、肉じゃがを作る時だけ涙が溢れてしまう。昔いなくなった母親を思い出すからかもしれないと考え、精神病院を訪れることに。診察を受けると、医師は原因がわからず困惑するも、看護師長から「生の玉ねぎ」が原因だと指摘される。
四つの構造で書かれている。
一人暮らしを始めた南さんが涙が止まらないことに気づく。
料理を作る時だけ涙が出ることに疑問を抱く。
精神病院を訪れ、医師に相談する。
看護師長が「生の玉ねぎ」が原因だと指摘する。
涙が止まらない謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
主人公の独白からはじまっていく。
遠景で涙が止まらないと語り、近景で、一人暮らしを初めて間もなくの頃だと説明し、心情で、普段は流れてこないのにと語る。
読み手は、なんだろうと思い気になり、なんだか可愛そうにも思える。
主人公の部屋は物が少なく、生気のない顔、友人もいないという孤独な状況。ますますもって、かわいそうに思える。
「料理なんて、一人暮らしをするまでほとんどしたことがなくて、食材の特徴なんてほとんど知らない」レシピは「有名な食材を、レシピに沿って加工して作ってるだけ」。お店で同じ料理を食べても涙が出ないという。
ますますもって謎が深まっていき、共感が強くなる。
「もう私と縁もゆかりも無くなってしまったお母さん。気づいたら、いなくなってしまっていた、私の大好きなお母さん。私はお母さんの作る料理が大好きだったから。それを思い出して、気づかないうちに感傷に浸ってたのかな」
母をなくしている。
でも死別ではなく、離婚や失踪かもしれない。
ますますもって可愛そうに思えて、共感しやすい。
作品は長い文ではなく、こまめに改行し、句読点を用いた一文は長くない。短文と長文の組み合わせてテンポよくし、ときに口語的。登場人物の性格がわかる自然な会話文が多く、シンプルで読みやすい。
主人公の内面描写、感情が丁寧に描かれている。
なにより意外なオチが面白い。
五感の描写は、視覚的刺激について、殺風景な部屋、生気のない自分の顔、やつれた顔の待合室の人々。触覚は涙が流れる感覚。聴覚は医師や看護師の声。
具体的な描写はすくないのだが、嗅覚は料理の匂い、味覚は料理の味がある。料理の具体的な描写を増やすと、五感の描写がより豊かになる気もするが、料理を食べているのではなく自分の体験を振り返っての語りなので、描きにくいだろう。
主人公の弱みは、一人暮らしの孤独感。母親との別れによる感傷。自分の涙の原因がわからない不安があげられる。
頼れるものがなく、自分ひとりだから、些細な不安が気になり、思い悩んでいくのだろう。
一人暮らしをするまでは、誰かにご飯を作ってもらっていたらしい。それまではこどくではなかったのかもしれない。誰が作っていたのか。父か、兄や姉か、祖父母かもしれない。
そうした主人公の過去や、母親との関係をもう少し詳しく描かれていると、感情移入しやすくなるのではと考える。
とはいえ、全体的に主人公の感情や内面描写が丁寧に描かれていて、共感しやすい作品。
意外なオチも魅力的で、読後感が良い。
料理をしたことがある人なら、「レタスや玉ねぎ、にんじんなどをカットして生サラダを作っていると、涙が止まらない」で察するだろう。
「料理なんて、一人暮らしをするまでほとんどしたことがなくて、食材の特徴なんてほとんど知らない」
ここで、モヤッとする人がいるだろう。
小学生のとき、家庭科で習わないのかしらん。玉ねぎを使わない料理をしていたら、気付けない可能性もあるだろう。
医師が年長者の看護師を読んできたのは、原因がわからなかったからだろう。医師も料理をしない人だったに違いない。
読後、笑ってしまった。玉ねぎだろうなと結論がわかってはいたのだけれども、面白かった。医師が一旦、退席するのが良かった。
なんだろうと思わせ、看護師長を読んでくるという予想外な展開からの最後のオチ。この流れが良かった。
こういう楽しい作品も大事だと思った。
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