ヒトデナシ

ヒトデナシ

作者 あしゃる

https://kakuyomu.jp/works/16818093081101222083


 ヒトデナシと呼ばれるユクヒトが人間になりたいという強い願望を持ちながら取り込み、あとひとつで綺麗な人になれるところ逮捕され、人として処刑されることを願い惨殺されるも、ヒトデナシとしての運命を受け入れる話。


 会話文の書き出しはひとマス下げないは気にしない。

 ホラーファンタジー。

 早く人間になりたい、そんな叫びが聞こえてきそう。


 三人称、ヒトデナシ視点と、神視点で書かれた文体。ですます調。主人公であるヒトデナシの内面が多く語られている。現在、過去、未来の順に語られていく。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 ヒトデナシと呼ばれる存在が、自分の過去を語るところから始まる。彼は冬に生まれ、泥のような醜い塊として存在していた。思考もなく、ただ動くだけの存在。イヌの死体を取り込んだことで、初めて思考を持ち、食事を必要としない自分にとっての食事は生き物を取り込むことたと気づき、様々な生き物を取り込んだ。数年後、全身を真っ赤に染めた人間の死体を取り込んだことで、ユクヒトは人間の形を得る。この時、感情が複雑になる。

 人間の生活に憧れ、言葉や動作、まちに紛れ込み、人間として生活することに喜びを感じていた。

 住み着いている古寺の向かい側に住んでいる、はじめという女性が死に取り込むと、美しい人間の声を手に入れ、綺麗なものになるにはきれいなものを取り込むしかないと気づき、美しいものを取り込むために各地を訪れては取り込んでいく。あとひとつ取り込めば綺麗になれる。そしてアイされるはずだったが捕まり、連続殺人犯のユクヒトとして死刑を宣告される。処刑の直前、ユクヒトは自分を人間として殺してほしいと願い、刀が振り下ろされて処刑された。

 しかし、彼の首は消えて、「ああ、やはり、ヒトデナシなのですね」と小さな塊が呟くのだった。


 物語の構造は、

 導入では、客観的視点で現在の状況が描かれている。

 本編で主人公の過去回想と現在の処刑直前のシーン。

 結末は、首を切られたヒトデナシだが、やはりヒトデナシかと自分を受け入れる。


 ヒトデナシの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どうか代わり、どんな結末に至るのか気になる。

 主人公の独白ではじまる書き出し。

 遠景でわかっていると語り、近景では客観的視点で主人公の様子を描き、心情で「分かっております。ワタクシがヒトデナシ、ということは」と語る。

 冒頭の導入部分は、首を切る人物視点と思われる。だが、本編では裁判で自分の話を語っているので、裁判官や傍聴人もいるかもしれない。なので神視点と考える。

 主人公は「アナタがワタクシの最期の話し相手、です。ヒトデナシを斬る仕事は、さぞや心が晴れるでしょう。ですがもう少しだけ、今一度待っていただきたい」と語っていて、最期の言葉を述べようとしている。しかも語っている言葉には人間味を感じ、他者に影響を及ぼす存在でもある。これらから、どうしても気になって共感をしてしまう。


 長い文だが、五行で改行。句読点を用いて一文を長くしないよにしているし、カタカナの割合が多く、口語的で読みやすい。独特な言葉遣いや語り口が特徴的。物語は一人称で語られ、主人公の内面の葛藤や感情が丁寧にくわしく描かれている。

 五感の描写として、視覚では彼が最初にイヌを取り込んだときの視界の変化や、はじめがモノに成り果てていた姿などが描かれている。

 聴覚はイヌの遠吠えや、はじめのスズメのような声、とりこんだ音などの描写が豊富。触覚は、じゅわわという音と共に生き物を取り込む感覚が描かれている。


 主人公の弱みは、彼が人間になりたいという強い願望。この願望が彼を連続殺人犯に駆り立て、最終的には彼の破滅を招いていく。

 犬を取り込み、感覚機能と思考を取り込み、生き物となったと思えたことがきっかけだった。

 食事を摂る必要がない段階で、生物ではない気がするけれども、そんなことは主人公には関係なく、生き物の形をして、同じような行動をとることが、生き物だと認識していったのだろう。

 はじめを取り込む前に、すでに全身を真っ赤に染めた人間を取り込んでいる。なのに、そのときにはアイを欲していない。

 アイにもいろいろあるだろうけれども、どうしてこのときは思わなかったのか。「感情が芽生えたのです。いえ、感情が複雑になった、が正しいのかもしれません」とあるので、このときには、まだアイとはなにかさえもわかっていなかったのだろう。

 はじめ以外のキャラクターについても、もう少し描写があると物語に深みが増すだろうけれども、あれこれ描くと、凡庸になってしまうので、はじめを取り込んで目的を持った部分だけで十分だろう。

 はじめは女性だった、しかもきれいな声をもっている。

 見た目も、それなりに綺麗だったに違いない。

 常に異性の愛を求めていた。

 ひょっとすると、振られて自殺でもしたのかもしれない。

 そんな彼女を取り込んだから、アイを求め、次々と求めていったのだろう。

「ユクヒトと言われている男。その男が出現する町では必ず、住人の一人が姿を消している。ある町では人気の町娘が、ある町では一番の色男が。彼は連続殺人犯と断定され、各町警戒と見回りを怠るな、と通達が来た矢先、彼がこの町に来た。彼はすぐに捕まり、死刑の判決がくだされた」

 この展開は、主人公にとっては驚いたかもしれない。驚くどころか、意味がわからなかったやもしれない。

 人とは違う理り、ルールで生きてきたので、人として裁判を受け、人として殺されることのほうに喜びを感じた。だから、これまでの自分のことを語って聞かせたのだろう。


 ラストのオチがよかった。

 人間として惨殺されたけれども、主人公は元は泥のような醜い塊。

 首を切られても、痛くも痒くもない。

 人間でもなければ、まして生物でもないのだ。

「ああ、やはり、ヒトデナシなのですね」とつぶやいたとき、ちぇっ、とこぼすような声まで聞こえてきそうである。 

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