誘拐を知らせる館内放送

誘拐を知らせる館内放送

作者 夜桜紅葉

https://kakuyomu.jp/works/16818093082898656080


 息子はるがデパートで誘拐され身代金一億円を要求されるも、はるが仕掛けたドッキリ。父の誕生日プレゼントを野次馬の寄付で賄おうとするアイデアだった。集まったお金ではると万年筆を買いに行く話。


 文章の書き出しはひとマス下げるは気にしない。

 現代ドラマ。

 サスペンスとユーモア素晴らしい。

 ナイスバルク。 


 主人公は、はるの父親。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。 主人公は息子のはるとデパートに来ていたが、はるが迷子になってしまう。館内放送で「はる君が誘拐され、身代金一億円を要求されている」と聞き、主人公は急いでサービスカウンターへ向かう。

 係員とのやり取りで身代金を払えないことを伝えるが、係員は譲らない。突然、店内が暗くなり、スポットライトに照らされたはるが現れ、これはドッキリであり、父親への誕生日プレゼントのためのサプライズだったことが明かされる。野次馬たちからの寄付でお金を集め、はるは父親に高級万年筆をプレゼントする計画を成功させる。


 基本構造で書かれている。

 導入は館内放送で誘拐を知らせる。

 展開は主人公がサービスカウンターに向かう。

 クライマックスは、はるが現れ、ドッキリであることが明かされる。

 結末は、はるの計画が成功し、親子の絆が強まる。 


 身代金一億円の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 インパクトのある書き出しがいい。

 遠景でみごのおしらせかと思いきや、「はる君をお預かりしております。お連れ様は至急、身代金一億円を用意して本館1階サービスカウンターまでお越し下さいませ」とアナウンスされ、近景では耳を疑い、心情で身代金という言葉はデパートで聞く言葉ではないと語る。

 とにかく衝撃的な出来事に、どういうことかと興味が湧く。

 主人公は、誘拐された親らしく、可愛そうだと思うし、どうなるのだろうと共感を持って読み進めていく。


 長い文ではなく、こまめに改行され、一文もそれほど長くない。句読点を用いて短くし、短文と長文を使ってテンポよく、感情を揺れ動かしていく。ところどころ口語的。登場人物の性格がわかるような会話が多く、シンプルで読みやすい。サスペンスとユーモアが融合しているのが特徴で、ドッキリの展開が意外性を持たせている。

 本作の良さは、はるの賢さと行動力が魅力的に描かれているところと、親子の絆が感じられるところだろう。

 五感の描写としては、視覚はデパート内のざわめき、ごった返す様子、スポットライトに照らされたはるの姿など。聴覚は、館内放送、野次馬たちの歓声やヤジ、はるの歌声。触覚は主人公がはるの頭を撫でる感触。感情としては主人公の戸惑い、焦り、安心感が描かれている。


 主人公の弱みとしては、息子を失う恐怖と焦り。身代金を用意できない経済的な弱みがある。

 とはいえ、まずは子どもの安否を優先させるのが、子を持つ親の情というもの。誘拐のシーンに、もう少し緊迫感を持たせると良いのではと考える。

 アナウンスを信じていない、むしろ疑っている。周りが騒ぎ、自身は一億円なんてないが、行くしかない。一億円はともかく、このとき主人公は息子が迷子になっているのだから、どこにいるのかと心配しているはずなのに必死さを感じない。

 男親なんてこんなものだよ、といえばそれまでなのだけれども。

「はるのことだから泣いたりはしていないだろうが、きっと怖い思いをしているに違いない。早く助けてあげねば」とあとから湧き上がっている感じ。

 緊迫感を感じない。

 母親との買い物の出来事のせいかもしれない。

 母とデパートに買い物に行き、「ぬいぐるみを買いに行くと言って出掛けた二人が、ノートパソコンを抱えて帰ってきた時は驚いた」とある。

 はるは、しゃべるぬいぐるみを求め、プログラミングのことが話題となり、だったらパソコンを買えば勉強になるし、小学校では必須科目だからと言いくるめられたのかしらん。 

 はるは賢い子だから、本当の誘拐ではなく、息子の策略だと内心は思っているのかもしれない。

 そうした主人公の内面描写を増やし、感情の深みを出すと、さらに面白みが生まれるかしらん。

 

 デパートの人も、人が悪い。

 子供の作戦に協力しているのだ。

 デパートが子供の頼みで嘘に加担することによって問題になる可能性がないか、考えてみる。

一、公共の場での虚偽の放送

 公共の場で虚偽の情報を流すことは、混乱を招く可能性があり、場合によっては法律に抵触するかもしれない。

二、誘拐や身代金要求の模倣

 実際の犯罪行為を模倣するような行為は、社会的に不適切とされることが多い。

三、顧客の信頼を損なう

 デパートの信頼性が損なわれ、顧客からの信頼を失うリスクがあると考えられる。

 このような行為を行う前に、デパート側は法的なリスクや社会的な影響を十分に考慮する必要があるのでは、と邪推する。


 はるから、父親は一億円を持っていない、家も裕福でないことを伝えているはず。

 デパートとしては、最終的に万年筆が売れるので利益が出る。イベントの一つとして子供に協力した形を取ったのだろう。シルクハットやスポットライトも、デパートが用意したに違いない。

「おとーさーん。タスケテー。コワイヨー」

 カタカナ表記が、わざとらしくて、実にいい。

 

 野次馬の台詞が面白い。

「おい! まけてやってもいいじゃないか!」

「可哀想だろ!」

「そうだそうだ!」

「そんなことより最近野菜高すぎる!」

「肉も高いよ!」

「知らねぇよ!」

「知らねぇじゃねぇ!」

 世相がよく現れている。時代性を感じるのもいい。


「おと~さ~ん。ありが~と~。嬉し~言葉を~ありが~と~」

「ど〜いた〜しまして~」

 主人公の父親も、ノリが良い。


 はるの作戦は理にかなっている。

「まず館内放送でお客さんたちが興味を惹かれるような内容を放送してもらう。そうすることで野次馬を集めたんだ(論理)。サービスカウンターの係員さんに一芝居打ってもらったのは野次馬たちをより引き込むため(信用)。そうしてお金を集めてお父さんが前から欲しがってた高級万年筆をプレゼントしたかったんだ(感情)」

 論理、信用、感情の順で語ることで説得できる。

 最後に大事なポイント、「お父さんが前から欲しがってた高級万年筆をプレゼントしたかった」を強く強調しているからこそ、主人公の父親も、圧倒されて納得するのだ。

 ノートパソコンをかわされたときも、同じような論法を取ったに違いない。

  

 デパートで販売されている高級万年筆の価格帯は幅広い。

 手軽に使えるエントリーレベルの高級万年筆なら二万円〜五万円程度。

 中級クラスの高級万年筆なら、五万円〜十万円程度。

 ハイエンドの高級万年筆だと、十万円以上はする。

 はてさて、いくらの万年筆をプレゼントしたのかしらん。


 読後、意外なタイトルと展開は実に魅力的で面白かった。

 末恐ろしい大人になりそうだ。

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