湧水

湧水

作者 @banana_877877

https://kakuyomu.jp/works/16818093083110731285


 地元の浜辺の湧き水にはまり、なにかに足首を捕まれ、無我夢中で逃げ出した恐怖体験。


 文章の書き出しはひとマス下げるは気にしない。

 ホラー。

 恐怖感を煽る描写や構成が非常に効果的。

 不用意に水に近付いてはいけない教えかもしれない。


 主人公は学生。一人称、私で書かれた文体。ですます調で、自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は大学のオープンキャンパスの帰り、地元の浜辺から湧き出る水を見に行く。冷たい湧水に触れ、足を入れてみるとその深さに驚く。さらに探索を続けると、砂に足を取られ、深い湧水に両足をはめてしまう。

 身長以上の深さ。一旦水面に顔を出し、岩を掴んで出ようとするも上がれない。気付くと湧水の中で何かに足首を掴まれ、黒い影が浮かび上がってくる恐怖体験をする。浮き出てくる黒い物体、黒い髪、不健康そうな肌、真っ黒な目。寂しそうな表情。

 なんとか脱出し、全力で逃げ出すが、その体験が何だったのかはわからないままである。


 基本構造で書かれている。

 導入は、主人公が浜辺に到着し、湧水を探し始める。

 展開は、湧水の冷たさや深さに驚き、さらに探索を続ける。

 クライマックスは、湧水の中で足首を掴まれ、黒い影が浮かび上がってくる恐怖体験。

 結末はなんとか脱出し、全力で逃げ出すが、その体験が何だったのかはわからないまま。。


 怖い話の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どうか関わり、どんな結末に至ったのか気になる。


 誰かに語りかけるような書き出し。

 遠景で、全国的に珍しい、地元の浜辺に水が湧き出る場所があると示し、近景で、そこで体験した怖い話だと説明し、心情で、あの日はどんな日だったのか主観で語られている。

 怖いもの知りたさで、どんな怖い目にあったのか、共感しなたら読み進めていく。

 海日和で周りは子供連れ。羨ましいと思いながら、主人公はオープンキャンパスの帰り。しかも一人とさびしい。これらから、さらに共感していく。

 

 長い文ではなく、改行をこまめにし、長い一文が目につく。句(……や――のこと)とつかった長文は遅く、弱い言葉で、落ち着きがあり、重々しさといった印象が生まれる。ホラーにとって適した書き方だと考える。一人称視点で、主人公の内面の感情や思考が詳細に描かれていて、感情や思考がリアルに描かれており、共感しやすい。

 恐怖感を煽るための詳細な描写やオノマトペ、緊張感を高めるための短い文や繰り返しが効果的に使われているところがいい。

 五感を使った詳細な描写で、臨場感を与えている。

 視覚は陽射し、泡、黒い影、黒い髪、変色した肌、真っ黒な目など。水の深さを、漂流物の竹で調べるところは現実的でわかりやすくてよかった。

 触覚は冷たい水、砂の感触、足首を掴まれる感覚。聴覚は、ポコポコと湧き出る水の音。

 水に入っているので、味覚や嗅覚の描写を追加して臨場感が増す事もできたと考える。水を飲んで味を表現するのではなく、湧き水に入ったときの感覚を味覚、湧き水のある場所の雰囲気を嗅覚で描写するといった具合に。

 

 主人公の弱みは、周りが子供連れで楽しんでいる中、一人で行動していることに寂しさを感じていること。

 また、不注意なところがある。

 湧水の深さや砂の危険性に気づかず、何度も危険な目に遭う。

 最初に慎重以上の深さがあることを知りながら、まず片足を入れる。つぎに、深くない湧き水に足をいれると抜けない。でもなんとか抜く。

 バスまで時間があるから暇つぶしに、岩場近くの湧き水へ行くのだ。

 主人公は、三度も足を入れにいっている。

 どうしてこのような不注意な行動を取ったのか。

 孤独だったからだ。

 オープンキャンパスに一人でいっているということは、同じ大学を受験する友達もないということ。一人での帰り、周りは海で遊ぶ家族連れ。自分も、子供のように海で遊びたい気持ちが、湧き水のごとく湧き上がっていたのだろう。

 だから、無邪気に足をいれるのだ。

 そのへんのことがわかるような、主人公の背景や性格がもう少し描かれていてもいいのかもしれない。

 足をいれると身長以上。そこで、脱出を試みると、なにかに掴まれていて、水面下あポコポコと泡が出てくる。

 最初の湧き水のときに聞こえた音がして、黒い髪、青白い肌、真っ黒な目、寂しい表情、といった具合に人らしいものに足を捕まれる。

 主人公だけでなく読み手も驚く。

 無我夢中で脱出し、あれはなんだったのかと考えるも、考えたくないと締めくくられる。

 かつて、子供が湧き水にはまって死んでしまい、そんな子供の霊が主人公の足を掴んだと想像したのかもしれない。


 日本には浜辺から水が湧き出るスポットがいくつかあるらしい。

 例えば、鹿児島県の与論島にある「大金久海岸」や、山形県の「釜磯海岸」など。

 そう考えると、真実味がでてきて、ポコポコの表現が怖くなる。


 読後、恐怖体験の原因はなんだったのだろうと考える。

 危ない場所には近づかないよう、注意喚起をしようと啓蒙しているのか。遊ぶときは一人で行動しないようにと教えてくれているのかしらん。一人は寂しいから、みんなと一緒の大学へ受験したほうがいいといっているのかしらん。

 あるいは、身長以上の深いところは危ないのだから、身の丈にあった大学を選ばないと苦労することを暗示しているとも邪推できるけれども、ここは素直に、暑いからといって不用意に川や海で水遊びをするのは危険だという教訓が込められていると思いたい。




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