月光の下

月光の下

作者 @Rei_Kaduki

https://kakuyomu.jp/works/16818093082483797223


 起立性調節障害を患う高校生の「私」は新月に願い、心のなかで「僕」の自我が目覚め、「私」は夜間は起きて日中眠り続ける話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマス開けるは気にしない。

 現代ドラマ。

 ファンタジー要素あり。

 主人公の苦悩がリアルに伝わってくるところがよかった。


 主人公は高校生。一人称、私で書かれた文体。後半以降、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 父は幼い頃で事故でなくした。母から「普通」であることを強要されてきた主人公は起立性調節障害を患う高校生。いまは母が望むとおり、普通の高校生として学校にいっている。が、心身ともに限界を迎えている。

 ある夜、砂浜で謎の青年と出会い、彼から「僕は君なんだから」と告げられる。視界が暗転し、二人だけのセーフゾーンに移動。青年は主人公に「ここにいれば誰にも邪魔されず、望む生活が送れる」と甘美な言葉を囁く。主人公は現実から逃げるかどうか悩むが、最終的に青年に体を預け眠りにつく。

 自我が目覚める僕は、月が輝く夜の間だけ動くことが出来る。これからは「夜間に起きれる時は起きて、日中は眠り続ける」が当たり前になる。主人公は月に普通の生活を遅れますようにと願い、誰か助けてほしいと叫んでいたのだった。


 基本構造で書かれている。

 導入は夜の海での描写から始まり、主人公の現状が説明される。

 展開は青年との出会いとセーフゾーンへの移動。

 クライマックスは青年の甘美な言葉に揺れる主人公の心情。

 結末は青年に体を預け、夜間だけ活動する生活を選ぶ。


 夜の砂浜を歩く謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。


 情景からはじまる書き出しが興味をそそる。

 遠景で夜風が撫でる思考、近景ではどのような風かを感情で描き、心情で誰もいない夜の海で波音を聞きながら月を見上げる行動をする。何かしらの決意を感じさせている。

 だから次から、本編である主人公の話が語られていくのだ。

 

「サク、サクと砂を踏みしめて」

 モヤッとした。

 砂を踏みしめて歩くなら、サクサク、あるいはサクッサクッと表現してもよかったはず。途中に読点を入れるのは、違和感がある。

 こういうところに作者のこだわりが潜んでいる。

 のちに、新月の話が出てくる。

 新月とはみかづき、朔のこと。

 月の朔と、砂浜の足音のサクをかけているのだ。

 つまり、ここで見上げている月は新月ということになる。


 主人公は、母親と二人で暮らし、母親から普通でいることを共用されている。起立性調節障害、午前中は体が動かない思春期によくみられる症状にある。それでも普通に学校に行き、心身ともに限界を迎えている。

 なんだかかわいそうに思えてくるところに、共感を抱く。


 長い文。七行くらいで改行。一文はやや長いところもある。それらは基本的に、主人公が自分の話をしている場面でみられる。

 短文と長文を用いることで文章にリズムを作ることができる。長や長い句は遅く、弱い言葉、落ち着きや重々しさを表現できる。つまり、主人公の感情や気持ちを長さで表しているのだろう。

 自分語りが終わった以降は、数行で改行し、句読点を用いて一文を長くならないようにしているように思われる。ときに口語的。しっかりしている様子も見られるのは、主人公の性格が現れている。登場人物の性格がでている会話文も間に挟まれ、読みやすい 

 一人称視点で、主人公の内面描写が豊富。感情の起伏が激しく、リアルな心情描写が特徴的で、ミステリアスな青年の登場が物語に緊張を生んでいるところがいい。

 五感を使った詳細な描写で引き込んでいる。

 視覚は夜の海、月明かり、砂浜の描写が詳細で、情景が浮かびやすい。聴覚は波の音、青年の声、母親の怒鳴り声などがリアルに描かれている。触覚は砂の温かさ、夜風の感触が具体的に描写されている。

 味覚や嗅覚がないのは、おそらくこの世界が主人公の見ている夢だからと推測する。そう考えると、リアルを感じやすい二つの感覚描写がなくてもいい気がした。


 主人公の弱みは、起立性調節障害により、午前中に体が動かないこと。原因は心身ともに限界を迎えていることであり、根底にあるのは、母親から「普通」であることの強要。

 ただ、母親のキャラクターがステレオタイプに感じなくもない。 わかりやすいのだけれども、もう少し深みを持たせてもいいのではと邪推する。

 母親が主人公に普通を共用するのは、余裕がないからだろう。

 父親をなくし、一人で育てなくてはならない。一人で働き、家事をする。子供が問題を起こせば、費用もかかる。早く独り立ちしてほしいと願っているだろう。親類縁者の協力は得られないのかしらん。主人公は、家事を手伝わないのだろうか。そうした日常も感じられる描写があると、より伝わってくるのではと考える。


 青年の登場はもとより、「僕と君のセーフゾーン」に取り込まれる展開は、主人公だけでなく読者も驚かされる。これまではリアルな現代ドラマだったのに、急にファンタジーになって、どういうことなんだろうとワクワクした。 

 青年の正体や目的が曖昧なため、もう少し具体的な説明があると読者が理解しやすいのではと考える。

 いわゆる二重人格とでもいえばいいのか。あるいは心のなかにいるもう一人の自分、インナーチャイルドかしらん。

 彼のことがわかると、「そういえば、僕はずっとこの子の中にいたのに、どうして砂浜にいるなんて勘違いをしたんだろうか」もしっくりくる。

 つまり、いままでの出来事は夢の中でのことだったのだ。

 ただそうすると、ラストの「新月は願いを叶える伝承があるらしいけれど、月の光が好きなこの子が光をほどんを発さない新月に願いを言うなんて、ねえ」というのは、モヤッとする。主人公はいつ、新月にお願いしたのだろう。

 この物語がはじまる前だろうか。

 それとも冒頭で、月を見上げているときか。

 冒頭は、夢か現実か。

 リアルなら、砂浜で青年が歩いてきたのを見たのは、幻覚だったことになる。そもそも新月の光は暗いので、相手を判別するのは難しいのではと考える。

 夢なら、心の中に青年が生まれるのもすんなり、納得が行きそう。

 

 読後、感情が豊かで主人公の苦悩がリアルに伝わり、五感描写もいいなと思った。

 新月は月の第一日目。新たな始まりにはぴったりかもしれない。

 なぜ主人公のなかに青年が現れたのだろう。海棲生物の多くが、月の満ち欠けに影響されて生殖活動をする。ナマコは新月と満月に性転換して生殖活動をするという。オスから始まり、メスとなり、オスに戻る。ナマコが性転換するのは産卵にエネルギーを必要とするからで、通常メスは一度しか産卵しない。オスとメスが性転換しないと、受精の機会は一度だけ。でも性転換すると二回に増えるという。

 青年が生まれたのも、いまの主人公は弱り果てているからだろう。また元気になるためには、彼の登場は必要だったのだ。


 起立性調節障害は、自律神経の機能失調により、立ちくらみや動悸、失神などの症状が現れる病気。特に思春期の子供に多く見られ、午前中に体が動かないことが特徴といわれる。

 周囲の理解が重要で誤解されやすいことが多い病気なので、お話に取り上げられることで、啓発効果も期待できるだろう。

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