言葉

言葉

作者 よしこう

https://kakuyomu.jp/works/16818093082826154091


 森の奥に住む言葉を持たない老人と、その言葉を追う主人公の話。


 文学的フィクションと詩的ファンタジー要素のある現代ドラマ。

 無文字文化の話であり、自然や言葉に対する深い洞察がある。


 主人公は、言葉を追うもの。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれに状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 言葉を追う主人公は、森の奥に一人で住む老人の言葉を追いかけている。老人は毎日森に出かけ、狩りをしてその日食べるだけの獲物を狩る。彼の言葉は失われつつあり、主人公には理解できないが、森には特有の言葉があった。彼の言葉はその森の鼓動を敏感に感じ取る力を持っているようだった。ここには森の神が息づいている。

 森の主というのがいるらしく、森の奥深くの洞窟に住む獣だという。主人公にも少しずつ彼の言葉が分かってきた。

 年に一度、森の木々が一斉に花を咲かせる祭日には、老人も狩りを休み、特別な酒を飲む。一口飲んで驚く。いくら飲んでも酔いが回ってこない。

 老人は静かに眠りにつき、彼の言葉は忘れ去られることになるが、主人公は優しげな言葉を覚えておこうと決意する。


 構造は、老人と主人公の関係性を中心に進行し、森の中での生活や特別な祭日を通じて、失われつつある言葉や文化への哀愁が描かれている。老人の死とともにその言葉が忘れ去られるが、主人公は覚えておこうと決意し終わる。


 言葉にはそれぞれ固有の世界がある謎と、主人公に訪れる様々ん出来事の謎が、どう関係し、どのような結末に至るのか、興味が惹かれる。

 語りかけるような書き出し。

 遠景で言葉にはそれぞれ固有の世界があるとし、近景では文字があろうとなかろうとと説明を加え、心情では言葉が忘れ去られるとその世界も死んでしまうのかと投げかける。

 読み手はどうなんだろうと考えることで、興味を持ち、共感を抱いていく。また、冒頭の部分を遠景とし、持ちの奥の家に住む老人の話を近景、心情ではどのような主人公で、主人公には、どう見えているのかが描かれていく。


「彼の家は実は家と呼ぶのも難しいような代物だった。深い森の中で木々に囲まれているその家の屋根はただ木々を板にして貼り付けただけというような粗末なものであって、雨を防ぐにも難儀しているようだった」から、原始的な生活様式を彷彿し、現代人である読者からすればみすぼらしく思えるかもしれない。


 森の中、とうの昔に消えた氏族、たった一人の継承者。

 そんな老人の言葉や文字を追い、集め、寄り添っている主人公。

 読者も同じように、彼らに同行していく。

 

長い文にならないよう五行で改行。句読点を用いた一文は長くない。会話はないが、口語的で読みやすく、詩的で美しい描写が多く、静かなトーンで物語が進行している。

 自然や言葉に対する深い洞察が感じられ、五感をつかった詳細な描写を通じて情景を伝えている。

 視覚的な刺激では、老人の焦げ茶色の顔やトパーズのような目、森の仄明るい光などが詳細に描写されている。聴覚は、森の鼓動や老人の言葉が感じ取れるような描写。触覚は、酒を飲んだときの体の暖かさや高揚感。嗅覚は森の中の匂いや、花が咲くときの香りが感じられる。味覚は、特別な酒の味やその効果が詳細に描かれている。


 主人公の弱みは、老人の言葉を完全には理解できないこと。

 また、失われつつある言葉や文化を追い求める中での孤独感も感じられる。

 だからこそ、老人と主人公の関係性や、失われつつある言葉への哀愁を感じてしまう。

 少しずつ言葉を理解することができたため、森の主という森の奥深くの洞窟に住む獣がいることも知ることができたのだ。

 また、特別な日として、酒を共に組み合わすこととなる。

 主人公にとっては、驚くべき展開だったに違いない。

「言葉とは人と人を繋ぐもの。けれどもそれは仲間あってこそ」と主人公は語っている。

 このとき、老人と主人公はつながり、仲間となったのだ。

 酒を酌み交わしたときの高揚感は、半透明な水色の酒の効能だけではなく、互いに通じ会えた喜びの高揚感でもあっただと思う。

 そんな経験をしたから、男が静かに眠りについた後、主人公だけは覚えておこうと思ったのだ。

 老人がなぜ一人で森に住んでいるのか、もう少し詳しく描写すると物語に深みが増すかもしれないし、主人公の内面の葛藤や成長について、もう少し掘り下げると。主人公の孤独感もより感じるようになるのではと想像もする。

 それでも無文字文化の話として、言葉が持つ力やその消失の哀しみが強く伝わってくる。文字がないことで、言葉がより一層貴重であり、その言葉を守り伝えることの重要性が感じられる。

 老人の言葉が失われることへの哀愁と、それを覚えておこうとする主人公の決意が、無文字文化の儚さと美しさを際立たせているのだ。

 これは決して、作り話の出来事ではなく、現実に私達の世界で起こっていること。いまも、言語が失われ、その世界が消えている。

 世界には約七千百六十八の言語が存在するが、そのうち約四十パーセントが消滅の危機に直面している。これは単に言葉が失われるだけでなく、その言語に結びついた文化や知識体系、人々のアイデンティティまでもが失われる危険性を意味する。

 何気なく使っている方言も同じ。日本にも消滅危機言語がある。アイヌ語、八重山語、与那国語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語

 決して遠くの話ではなく、身近で自分ごとの話。だからこそ、主人公に共感を持ち、物語に感情移入するものを感じるのだろう。

 言葉とは、いかに大切なものなのか、改めて気づかせてくれる。そんな作品だった。


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