君と一緒にこの理不尽な世界で…

君と一緒にこの理不尽な世界で…

作者 功琉偉 つばさ

https://kakuyomu.jp/works/16818093082370798593


 幼馴染で恋人の日和が事故で植物状態となり、世界を作った神を呪うもなにも変わらない。そんなことしなくていいと日和の声を聞いた気がした悠は祈りに変える。事故から一年後、彼女の手に力が入る話。


 文章の書き出しはひとマス下げる等は気にしない。

 現代ドラマ。

 理不尽な運命に対する主人公の葛藤と成長を描いた感動的な物語。感情の描写が非常にリアルでよかった。


 主人公は、悠。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の悠には、産まれたときからずっと幼馴染で恋人の日和と一緒にいた。幼稚園のときに互いに結婚の約束をし、中学二年からつき合いはじめ、高校生の現在、幸せな日々を過ごしていた。しかし、ある日、先生に呼び出されて一緒に帰れなかった。帰宅すると、誰もおらず、日和が交通事故に遭った知らせを受ける。病院に駆けつけると、植物状態になってしまった。

 悠は日和の手を握りながら、理不尽な世界に対する怒りと悲しみを抱え、はじめの一か月は学校にも行けず、ずっと日和と一緒に病室にこもっていた。「もう、悠。ご飯はしっかりと食べなきゃいけないよ」声が聞こえた気がしてから、食べるようになる。

 なんで小学生が助かって日和がこんな状態にならないといけないんだ。トラックの運転手も許せないわけではない。許せないのはこんな運命を作ったこの世界、神様だ。理不尽にもほどがある。神に対して呪いの言葉を吐く。半年間、悠は様々な呪いの方法を試みるが、何も変わらない。

「もう呪わなくていいよ。そんな物騒なことしなくていいよ」

 日和の声が頭の中で響いたような気がした。悠は呪いをやめ、祈りに変えることを決意する。

 事故から一年後、日和の手に少し力が入るのを感じるのだった。


 基本的な構造で書かれている。

 序盤は、幸せな日々の描写。

 中盤は、日和の事故とその後の絶望。

 終盤は、呪いから祈りへの転換と希望の兆し。


 よりにもよってなぜ日和なのだと嘆く謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな関わりがあり、どのような結末に至るのか気になる。


 興味を引くセリフからの書き出し。

 遠景で叫び、近景で説明し、心情で本音が出る。その後、奥から滲み出てくる悲しみや怒り、感情が溢れていく。

 主人公は理不尽な状況に陥ったことが、ひしひしと伝わってくる。

 彼には幼馴染で恋人の日和がいて、事故に遭遇し、植物状態になったことが明かされていく。人間味があり、可哀想でもある。さりげなく、「学校を代表してイギリスの姉妹学校に留学」と優秀な感じも書かれていて、好感を抱く魅力がある。それらから共感していく。


 長い文にならないよう、五行ほどで改行している。一文は長くない。句読点を用い、感情的で内省的な一人称視点。口語的で、主人公の心の声が強く反映されている。感情の起伏が激しく、絶望から希望への変化が描かれているのが特徴。

 大切な人が大変な目に遭ってしまった主人公の、感情の描写が非常にリアルで、つよく共感を呼び起こすところがいい。幼馴染との関係が具体的なエピソードを挟み、丁寧に描かれており、二人の絆が強く感じられる。

 なにより絶望から希望への転換が感動的。

 五感の描写について、視覚は日和の茶色くてふわふわした髪、優しい寝顔、モールで作った指輪など。触覚は、日和の小さくて柔らかい手、温かさ。聴覚は日和の声が頭の中で響くシーン。


 主人公の弱みは、日和を失ったことによる深い悲しみと絶望。理不尽な世界に対する怒りと無力感。呪いに頼ることでしか感情を表現できないこと。

 絶望する状況に陥ったとき、人の行動は決まっている。

 まず疑う。否定と肯定をくり返し、どうして彼女なのだ、悪いことはしていないのにと悲しみの中に怒りが込み上がって激怒する。そして、懇願。神でも悪魔でも誰でもいい、なんとかしてくれと。

 頭のいいやつも金持ちも、心優しい人でさえ、どうにかできるはずもなく、この世には納得できない理不尽があり、無力さを思い知らされ涙する。

 主人公は、自分の無力さを感じたくなかったのだ。

 なにかしたい。

 彼女を救うためのなにかを。

 だから呪うのだ。

「ったく。理不尽すぎるだろ! この世界は。呪ってやる。俺は、俺が俺として認識できている間はこの世界を呪ってやる。なあ日和。この理不尽な世界を一緒に呪おうか」

 無力だと思うと、自分が無能で役立たずだと心が傷ついてしまう。自分を責めてしまう。それが嫌だから、だから誰かのせい、なにかのせいにしたがる。

 でも世界を呪ったところで、なにか起きるわけではない。


 日和の声が響いたのは、彼がご飯も食べず精神的に参ってしまっていたからだろう。寝ていない可能性もある。意識がはっきりしていない状況で夢を見たのかもしれない。ほんとうに聞こえたのかもしれない。

 それはわからないが、少なくとも主人公は、理不尽な世の中で彼女のことだけを信じているのがわかる。

 食べたことで頭が働くようになり、起こった現実と向き合うようになるのだろう。主人公は、事件のあらましをどのように知ったのか。 日和の事故の詳細やその後の裁判の描写がもう少し具体的であれば、物語に深みが増すかもしれない。

 

 「俺は半年間、色々と『呪い』の本を探してはこの世界を呪っていった。なんやら変な魔法陣を書いたり、藁人形を使ったり…… でもそんなことをしても世界は変わらなかった」

 イギリス留学の声がかかるほどだったので、呪うための勉強をきちんとしているところが凄い。


 呪うのではなく祈ることに気づくのも、日和の声だった。

 祈りが通じたかのように、彼女の手に力が入ったような気がして、希望を感じさせるラスト。読後感が良かった。

 誰の人生にも、悲劇に見舞われることがある。神や世界の、苦しむ意味はなにかの問いにどう答えていいかわからない者は、諦め、呪う。神や世界は公平ではない、理不尽だと感じ、古い考えを火にくべる勇気があるものだけが、前に進める。

 主人公は、日和から勇気をもらい前に進む決意をしたから、祈ることが出来たのだ。

 悲劇は罰ではなく挑戦なのだから。

 二人の未来に、幸多くあらんことを祈る。

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