七月八日の出来事

七月八日の出来事

作者 スミ

https://kakuyomu.jp/works/16818093081498001159


 七月八日。月が欠けていた夜、橋から飛び降りようとしたとき同じような少女と出会うも、星が見えないから生きることにしたという言葉を聞いて、夜空には絶望だけがあるわけではないと知り、帰宅した話。


 現代ドラマ。

 絶望から希望へ変わる様子が素直に描かれているところが良い。

 これもまた、いい。


 主人公は、男子学生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で、読み手の君に語りかけるように綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 七月八日の月曜日、主人公は塾からの帰り道、普段とは違う道を選び、多摩川に架かる大きな橋に向かう。月の右側が欠けているのを見て、橋から飛び降りる決意をする。

 しかし、橋の上で主人公と同じくらいの年齢の女の子に出会う。彼女も同じ思いで橋に来たと察したが、彼女の「私は生きることにします」の言葉に驚く。なぜかと聞くと、七月七日に彼女の身に良くない何かがあったらしい。主人公に出会って空を見たとき、星がないことに気付いて思い留まり絶望を捨て、幸せを織姫と彦星に願って、生きることにした。主人公も、夜空に絶望だけがあるわけではないと思い直し、夜空に一つお願い事をして、帰宅した。現在、子音図書館で七夕の絵本を眺めている。天の川っていうのは星の集まりなんだ。


 七月八日の月曜日の夜、自転車を漕いでいた謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関係し、どのような結末に至るのか、すごく興味がある。


 西尾維新がふと浮かぶ。


 主人公の独白ではじまる書き出しは、モノローグとナレーションを同時にこなしながら、観客である読者に語りかけてくる。

 遠景でいつ、誰が、なにをしていたのかを描き、近景で、自転車を漕いでいたことについて説明し、心情で、この日はいつもとは違って月の右半分が欠けていたと語る。

 ルーティーンを破るのが好きじゃないのいいながら、いつもの帰り道ではない道を通り、月が欠けていたから橋から飛び降りようと思ったこと、一時期の感情からの行動を後で馬鹿にするほうが、よほど馬鹿だとする考えから、理性と感情の間で揺れ動くさまは人間らしいと感じ、共感を覚えていく。

 小利口で屁理屈、小難しく考える子だと感じ、賢くも子供のような純真さに魅力を感じるところも、共感する。

 読者層の十代の若者は、少なからず希死念慮を抱いている。主人公もその一人であり、共通点があるところもまた共感できるところだろう。


 私小説の体を成しているので、長い文で書かれている。十行以上で改行している。対して、句読点を用いて一文は短く書かれている。

 主人公の一人称視点で語られる内省的な語り口、会話は少ないが、 感情の揺れ動きが細かく描写されている。

 日常の中にある小さな変化や発見が物語の核となり、日常の中の非日常を描かれている。絶望から希望への転換が自然に描かれているところはよかった。

 五感の描写は、視覚的な刺激は月の右側が欠けている様子、橋の大きさ、川の流れ、夜空の星など。聴覚は自転車の音、川の流れる音。触覚は橋の手すりにかけた手、自転車を蹴飛ばした感触などが描かれている。


 主人公の弱みは、自殺を考えるほどの絶望感、ルーティンを破ることへの不安、他人に干渉することへのデリカシーの有無。

 彼の内省的な語り口から、両天秤にかける如く表と裏が語られ、普段は違うんだけどねとエクスキューズをいれながら、行動に移していく。

 彼の持つ弱さもさることながら、空に浮かぶ半分の月が関係していると考えらられる。

 普段の主人公は満月であり、いつもは絶望していないしルーティーンを守り、デリカシーもある。

 だけど、この夜は半月。

 狼男が満月を見て豹変するように、半月を見て、彼の持っている常識が半分失われて、いつもとは違う行動を取らせたのだろう。

 だから、主人公の性格や価値観、過去にどのような行動をとり、直面している問題や葛藤を語りながら描写されてきたことで、自分と同じような少女が、同じように橋から飛び降りようとしている隣に行き、川を見下ろす行動は予測がつく。

 彼女は夜空を見上げ、主人公は川を見下ろす。

 この対象的な状況は、半月を表しているようでいてターニングポイントだったのだろう。

 だから、「私は生きることにします」といって呼び降りるのを辞めるのは予測しようとすればできるけれども、主人公同様、予想外な展開に驚く。

 そもそも、彼女がなぜ飛び降りようとしているのか、主人公にしても具体的な理由がわからない。

 主人公や少女について、もう少し具体的に描かれていると理解が深まるのだけれども、そこを描きたいのではないのだろう。

 若者特有の稀死念慮から、死のうとしたのかしらん。


 詳しく語られていないが、「どうやらこの日の前日、七月七日に彼女の身に良くない何かがあったらしい」とある。「空を見上げた時に、やっと彼女は、星がないことに気づいたんだ。だから絶望を捨てた彼女は一つ、幸せを織姫と彦星に願って、生きることにしたってわけ」

 これらから想像すると、少女は七月七日の七夕の日に、好きな人に振られた、もしくは会えなかったのだろう。翌日の夜空を見ると、星がない。織姫と彦星は一年に一度しか会えない。自分と重ね、次があることに希望を見出して、生きることにしたのだと想像する。


 主人公は月の右側が欠けているのを見て、半分欠けていても、半分は希望が残っている。なくなったわけではないと気がついたから、生きることが選べたのかもしれない。

 彼女は幸せを願ったが、主人公はなにを願ったのだろう。


 読後、タイトルを見ながら、最後の一文を考える。

「君はもう知ってるかい、天の川っていうのは星の集まりなんだ」

 絶望から希望へと変わったことを表しているのだろう。

 夜空には絶望だけがあるわけではなく、たくさんの星の集まりである天の川が広がっている。

 その天の川には七夕伝説があり、天の川は織姫と彦星が一年に一度だけ会える場所。この伝説から主人公は少女と同じく、次の機会や希望、自分の願いが叶う可能性を見出したのかもしれない。

 だとすると、主人公の年齢から考えても、志望校合格を祈願したと考えてもいい気がする。

 それにしても、映画のような終わり方だ。

 映画は、当たり前のことを言って終わるから。

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