洗濯とレンズ
洗濯とレンズ
作者 スミ
https://kakuyomu.jp/works/16818093081375616833
尚人と彼の恋人が過ごす何気ない土曜日の昼下がりの話。
現代ドラマ。
日常の何気ない風景を上手く描いている。
情緒的でありながらもシンプルな美しさを持った作品。
これも上手い。
三人称、尚人視点、神視点で書かれた文体。地の文では彼と表現。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
梅雨の合間の曇りの日、彼女は洗濯物の乾きを何度も確認し、尚人はタバコを吸いながら過ごしている。彼女はカメラを手に取り、尚人を撮影し、笑う。「尚人ってさ、カメラ向けるとカッコつけるよね」ムキになって反論すると「はいはい、カッコよく撮れてるよ」なんて、まるで子供を煽てるように笑った。
ジーンズのポケットで見つけたイヤホンをそれぞれの片方ずつ耳に入れた二人は、タブレットで恋愛映画を観る。
イヤホンが壊れていることに気づいた尚人は、ときおり聞こえる彼女の笑い声で音のない映画を観続ける。最後、彼女が映画に感動して涙を浮かべる姿を見て、尚人は一生なんて信じていないと感じながらも、彼女との時間が続くことを願ってマルボロを咥える。「この匂いがあなたの香り」彼女はまた笑った。
生温い風に髪を揺らした君がベランダから帰ってきた謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るのか、とても気になる。
冒頭の導入部分は、客観的に描かれている。
遠景で、ベランダから帰ってきた君を描き、近景で、今の季節を具体的に示し、心情で、乾きが遅いから彼女は何度も確認していると語っている。そんなに確認しても意味がないとしながら、洗濯物が乾く速度を主人公は知らない、とカッコをつけて説明されている。 意味のない土曜日の彼の過ごす様子も第三者の視点によって、客観的状況説明が描かれていく。
彼女が部屋に入ってくると同時に本編、登場人物の主観で描かれていく。映画を見終わった後、結末では客観的視点からのまとめが描かれている。
彼女を「君」と表現することで、客観と主観を分けているのだろう。だから君から彼女へと変わる辺りから、共感していく。
主人公には、毎週金曜日に泊まりに来る彼女がいて、土曜日は洗濯物をしてくれて、土曜日の昼下がりは部屋が広くなるという羨ましいような状況が描かれている。
スッキリしない天気のおかげで、なかなか洗濯が乾かず、何度も乾きを確認する彼女は、なんだか可愛そうにも思える。
主人公はアパートかマンションに住んでいるのだろう。干す場所に限りがある。また、南向きではないかもしれないし、日当たりの良くない部屋かもしれない。しかも洗濯物が多いため、場所を変えたり裏返したりして、まんべんなく乾くようにしなければならないのかもしれない。おまけに、スッキリ晴れていない曇の日。大変である。
「どうせこんな意味のない土曜日だ。彼のようにラジオを聴いたふりしながらタバコを吸って過ごそうが、生乾きの洗濯物がまだ生乾きのままでいるか確認しようが、持て余した時間をどんな風に過ごそうと大して変わらない」予定がないのだろう。のんびり過ごしながら相手を気に掛けたり、彼女に大事にされていたりする様子からも共感を抱く。
「彼は自宅の洗濯機をどうやって回すかも知らなかった」この主人公は、彼女がいなかったときは、どうやって洗濯をしていたのだろう。実家にいるときは親がやってくれただろうけれど、そのあとは?実家にいるころから彼女がいて、一人暮らしをすることになってからは、彼女にしてもらっているのかしらん。
本作は純文学なので、長い文で書かれている。七行くらいで改行している。一文は長くない。句読点を使って読みやすくしている。
シンプルでありながら情緒的な描写が多い。日常の何気ない瞬間を丁寧に描写し、登場人物の内面や関係性を浮き彫りにしているのが特徴。
尚人と彼女の関係性や、それぞれの性格が自然に描かれているところがいい。登場人物の微妙な感情の動きも丁寧。 五感を使った詳細な描写が、リアルな情景を伝えている。
視覚では、曇りの日の風景や洗濯物、カメラ、タブレット、映画のシーンなどが詳細に描写。聴覚では彼女の笑い声、シャッター音、映画の音(尚人には聞こえない)などが描かれている。
触覚は、生乾きの洗濯物、絡まったイヤホン、タバコの感触など。嗅覚はタバコの煙の匂いが描かれています。味覚はないが、ラストで吸ったタバコの味が暗示される。
主人公の尚人の弱みは、彼女に対して素直になれない部分や、自分の感情を隠すところ。
また、彼は一生を信じていないという冷めた視点を持っている。
おそらく、彼女は主人公のことが好きで愛していて、ずっと一緒にいたいと思っているのだろう。
それに対して、主人公としては嬉しいのだけれども、ずっとはないだろう、一生愛し続けるなんて無理だろうと、心の何処かで思っているのだと考える。
その気持ちの裏付けとして、洗濯物が散らかる部屋がある。洗濯機の使い方を知らない。家事ができない。カメラを向けられるとカッコつける。子供と変わらない。
いまは彼女が片付けてくれている。そうした駄目な自分をどこかでは自覚しているから、いつかは彼女と別れるときがくるかもしれないと思っているかもしれない。
かといって、主人公は子供ではない。
彼女の写真フォルダの中に、寝たふりをした主人公の顔がいくつも入ってることを知っている。
「シャッター音で目覚めた演技をすると、慌ててカメラを隠すこと。彼女が秘密にしているいくつものことを、彼は本当は知っていた。ただ、いつも勝ち誇ったかのような表情で『おはよう』なんて言う姿を見ると、秘密を知っていることは、秘密にしておこうだなんて、そう思うのだ」
それでも、ジーンズのポケットに入れ放しになっていたイヤホンが出てくるのをみると、子供っぽいなと思ってしまう。
主人公の性格やこれまでの行動や葛藤から、イヤホンが壊れていているのに気付いても黙ってそのまま映画を見る行動や、面白かったねという彼女に「そうだね」と返すのも予測がつく。
一生なんて信じちゃいないとしながら、タバコを咥えて「意味のないこんな日がずっと続けばいいと、切なく願って煙を吐いた」という展開は、ちょっと驚かされる。
ただ日常の一コマを描いているため、大きな展開や変化が少ないのは否めない。純文学であって、エンタメではないので、ドラマチックな展開は別にいいのかなと考えもする。もう少し彼女とのやり取りがあれば、関係性もさらに見えてくるのかもしれない。
タバコは、尚人の内面や感情を象徴するアイテムと考える。
タバコを口に運ぶのは、彼の孤独感や冷めた視点、無意味な日常を象徴している。つまり、理性的な考えをしているときに、タバコを口に咥える。なぜなら、カメラを向けられたとき主人公は、タバコを口に運んだだけであって、火をつけていないから。
対して、煙や匂いは、彼の感情や思考を表現する方法に使っている。ようするに、火をつけてタバコを吸うときは、理性的ではなく感情的な考えをしていることを描き分けているのだろう。
「一生なんて信じていない」
主人公が永遠の愛や関係の持続を信じていない。どんな関係もいつかは終わると考えているため、永遠を誓うことや一生続くことを信じていない。
でも、そのあと主人公はタバコに火をつけて吸った。
理性では、永遠はないとしながら、感情では彼女との時間が続くことを願っている。
読後、タイトルを見直す。
「洗濯とレンズ」は、日常の中にある小さな瞬間を丁寧に描いていた。洗濯は日常を表し、何気ない一日を丁寧に描くことをレンズに喩えてのタイトルなのかもしれない。
タイトルどおり、五感を使った描写や、登場人物の微妙な感情の動きがリアルに伝わる上手い作品だなと思った。
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