パピコ(仮称)

パピコ(仮称)

作者 スミ

https://kakuyomu.jp/works/16818093081376088561


 冬、橙田と彼女の関係は冷えていた。彼女の部屋でパピコを食べながら別れを切り出される。誰もいない自分のアパートに帰りパピコを食べようとするもすでに溶けていた話。


 現代ドラマ。

 純文学。

 情景描写と内面描写が優れた実にいい作品。


 三人称、橙田視点で書かれた文体。シンプルで読みやすい文体。情景描写が豊富。

 

 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 橙田と彼女は冷えた関係の中、夜道を歩いている。

 橙田はスマホで野球のニュースを見ながら、彼女の歩調を伺う。彼女は野良猫を追いかけるが、逃げられてしまう。

 二人はアパートに戻り、橙田はラジオをつけるが、彼女との会話はぎこちない。

 彼女がアイスを提案し、二人でパピコを食べるが、「冬にアイスかよ」と愚痴を吐こうとするも、下らないと思い、チョコの味と一緒に飲み込む橙田は、彼女に対する苛立ちを感じる。

「パピコ好きなんだよね」「昔からさ、なんかもらうことが多くてさ」彼女は昔話を始め、橙田は彼女が過去の人を重ねていることに気づく。

「終わりにしようか」彼女の言葉を受け、橙田は一人レジ袋を下げて歩きながら、スマホでネッドんツースからスワローズが勝った

ことを知る。

 自分のアパートに戻り、レジ袋を放り投げてベッドに座り、からっぽの部屋と向き合う。レジ袋から水を取り出して一気に飲み干し、部屋のラジオが壊れていたことを思い出す。アイスを食べようとするも、もう溶けていた。


 等間隔にならぶ街灯が冷たくなった二人を照らしていた謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末を迎えるのか気になりながら、文章を読んでいく。


 実に良い書き出し。

 最初の一文の、「等間隔にならぶ街灯が冷たくなった二人を照らしていた」動きのある情景描写で二人の関係を描きながら、物語の概要をほのめかしている。

 等間隔にならぶ街灯ということは、互いに距離ができてしまっていて、これ以上近づくことはないことを暗喩している。

 そんな街灯が「冷たくなった二人を照らしてい」る。

 二人の関係が冷たくなっているのと、季節が冬だから体が冷えていることの二つを描いている。しかも明かりを照らしても、暖かくならないことを意味しているので、二人の関係は修復不可能な状況にあることも伝えている。

 おまけに、スポットライトのように二人は照らされている。他にはなにもない。つまり、二人でいるのに一人きり、孤独さ、さびしさ、悲しさ、可哀想な感じがする。

 これだけ、共感してしまう。

 この遠景の後、近景では互いの思考を行動で描いている。

 橙田はコンビニのレジ袋を下げながら、スマホのネットニュースでスワローズの試合を見ている。また、彼女は野良猫に向かって走っていくも逃げられる。

 心情では、「あー、行っちゃった」彼女のセリフの後、橙田は思わずため息を吐く。

 その流れで、いまの季節が冬なこと、彼女の容姿は脚を大きく出した格好を伝えながら、二人の関係や感情、考えが語られていく。


 長い文で五行以上で改行しているが、純文学なので、長くなってもいい。

 エンタメや作品の内容次第で、改行の間隔を考えればいい。本作品にあった感じだと思う。

 句読点を用い、一文は長くない。むしろシンプルで読みやすい。情景描写が豊富で、場面を想像させてくる。主人公の内面描写が丁寧で、感情の変化がよく伝わるところがいい。

 五感を使った描写が多く、臨場感を与えている。

 視覚では街灯、野良猫、アパートの階段、蜘蛛の巣、部屋の散らかり具合、満ちた月など。聴覚では、彼女の足音、ラジオの音、橙田のため息。触覚では冷たい手、硬直した指、冷たい水など。味覚はパピコのチョコの味が描かれている。

 

 冷えた外から彼女の部屋に入るときの様子、並んで手洗いし、部屋の散らかりようと、互いに距離を取る様子、橙田はが手にしたラジオから流れる「芸人のくだらない深夜ラジオ、つまらない昭和歌謡、時代遅れの朗読、次々とチャンネルを変えていき、野球のニュースにチャンネルが回ったところでラジオの電源を切った」様子が、場面の現実味を生み出しながら、二人の心情をも表し、一緒に感じさせてくれる状況説明のあと、

「ねぇ、なんかさ。怒ってる?」

「え、なんで?」

「なんとなく、さ」

 感想の会話が交わされ、徐々に深まっていくところが実に良い。


「それが怒りなのかはわからないが、短いズボンに、脱ぎ捨てたられたセーターに、時々そっけないところに、いや、それだけじゃなく野球のニュースに、つまらないラジオに、そんな一つ一つが彼女に対する蟠りとなって積み重なっていくのを彼は感じていた」

 主人公の気持ち、頭の中の様子を、具現化してみせてくれているような描写がいい。おそらく、彼女の中も、室内の様子のようにいろいろな感情や考えでゴチャゴチャしているのだろう。


 真相が明るみになるとき、なにかが壊れてから起こる。

 ゴチャゴチャした室内を描いて見せているのは、別れを切り出すための伏線でもあって、見せ方や描い方が上手い。


 主人公である橙田の弱みは、彼女に対する苛立ちや不満をうまく表現できず、内に溜め込んでしまうこと。

 また、彼女の過去に対する嫉妬や不安も感じている。

 この弱みが、二人の関係や空気感を生み出し、カップル末期の別れる寸前を上手く描き出している。ある意味、修羅場。

 人間は修羅場が好きなので、内に溜め込んでしまう主人公がどのような行動をするのかに興味が注がれる。もちろん、昔話をしながら彼を見ない彼女にも。

 はじめから、二人は目を合わせていない。

 けれども、常に気にしていたのは主人公である。

 彼は、ネットニュースを見つつ、猫を追いかける彼女を見、部屋に入って横になりながら窓際にいく彼女を見ている。

 彼女は猫を見て、手を洗い、窓際に行きパピコを食べ、昔話をする。主人公をみたのは手を洗うときの鏡越しのときと、パピコを渡して、美味しいねと話す流れで別れ話を切り出す。

 破局することは予測がついていたが、彼女からいわれて別れる展開は、やはり衝撃的な感じがする。


 二人の関係の結末が唐突で、二人がその後、どんなやり取りをしたのかを描いてないところも、想像を掻き立てられていいなと思う。

 言い合いして喧嘩する展開は、主人公の性格を考えるとあり得ない。ぽつぽつ自分の気持ちをいうかもしれないけど、彼女に追い出されて終わりな感じがする。そうなる前に、彼から出ていくだろう。


 これまでの彼の性格や行動、葛藤から、彼女に未練はあるものの彼自身も覚めていて、しかも言い出せないでいるから、彼女から切り出すしかない。いわれたあとも、わかったと受け止めて、彼女の部屋をあとにするしか道は残されていないのが想像できるので、描かずスパッと場面を切り替えて一人で帰る姿を描くのは良かった。


 冒頭と書き出しが対になっている。

「等間隔に並んだ街灯が、冷えた一人を照らしていた」今度は一人であり、孤独感が強まった。

 彼は、来たときとなんらかわらない様子で、レジ袋を下げて、スマホニュースを眺めて野球結果を見ている。

 スワローズが勝って、最終回でサヨナラを決めたとある。

 スワローズは、彼女の隠喩だろう。

 彼が好きなもの→彼女→スワローズ→サヨナラを決めた→彼女から「さよなら」をいわれて破局が決まった。

 ということは、冒頭でスワローズが十三連敗で負けそうになっているところをみると、今日は彼女と十三回目のデートだったのだろう。付き合えている状況を勝ちにカウントしているのかもしれない。


 自分の部屋に戻って、手を洗っていない。彼女の部屋では洗っていた。彼なりに、彼女を思っての行動だったのだろう。

 彼女の部屋でしていた行動を、自分の部屋でもしている。変化がよく現れているし、彼の性格も感じられて、生々しくて良い。

「ラジオはちょっと前に壊れた」とある。これも隠喩かもしれない。

 ちょっと前から、彼女との関係が悪くなったのだろう。

「もう暇つぶしもできない」

 彼にとって彼女は暇つぶしのような関係だったのだろうか。

 アイスが溶けている。彼にとってアイスは彼女の象徴。関係は溶けて流れて、もう形すら残っていない。溶けたアイスクリームは元の形には戻らない。

 もう終わったことを、無駄に説明せず、描写で伝えているのが良い。


 嗅覚の描写があってもいいのでは、と考えてみた。

 汚れているような彼女の部屋の匂いを描けば、臨場感は出る。でも、生活感も出てしまい、これから別れ話を切り出す展開には邪魔に感じるかもしれない。

 五感全部を描くより、どれか一つを欠けていたほうが、ほころんでいく感じを上手く表せるとしたのではと想像する。

 彼女のキャラクターについては、もう少し深掘りすると感情移入しやすくなるかもしれない。彼女は水商売をしている子なのか、そうではないのか。


 読後、タイトルを見直す。

 なぜ「パピコ(仮称)」なのか、不思議だった。本編ではアイスのパピコがでてくる。ならば、なぜ(仮称)なのか。

 彼は彼女の本名を知らないのだろう。源氏名で名乗っていたのが、パピ子なのでは。ということは、やはり水商売関係の仕事をしていたのかもしれない。

 全体的に、描写が上手く、作品の出来が素晴らしかった。

 

 

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