待て、お手、バイバイ。

待て、お手、バイバイ。

作者 谷口みのり

https://kakuyomu.jp/works/16818093081435976681


 あなたの犬を自称する女性は、彼にとって都合の良い存在。ある夜、彼に誘われ、彼の匂いを頼りに夜の東京を歩く。早く捨てられることを願いながら。そんな女の話。


 誤字脱字などは気にしない。

 現代ドラマ。

 感情の描写が豊かで、引き込む力のある作品。


 主人公は、自分を「貴方の犬」と称する女性。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は、自分を「貴方の犬」と称する女性。彼女は、彼氏にとって都合の良い存在であり、彼の気まぐれな愛情を追いかけ続ける。

 彼女は彼の秘密や黒い部分を全て受け入れ、彼のために尽くすが、彼にとってはただの便利な存在でしかない。

 ある夜、「今から、うちに来れない?」彼からの電話で彼の家に呼ばれ、彼のために夜の東京を歩く。かつては物騒に思えたが、いまでは彼の匂いを頼りに彼の家に向かうが、心の中では彼に捨てられることを恐れ、願いながら。


 貴方の犬の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わって、どんな結末に至るのだろう。

 主人公の独白で書かれている。

 遠景で、貴方の犬と示し、近景で、世間では都合のいい女と説明し、心情では、いつか自分の思いに気づいてくれることを勝手に期待して今日も六畳一間のこの部屋でいい子にしていることを語っている。

 主人公は彼のことが好きだけれど、一番ではないし、それでも一途なところに魅力と人間味と、かわいそうに見えて共感する。

 

 冒頭は長い文章からはじまっているが、それ以降は、五行くらいで改行している。一文も長すぎず、句読点を用いて、口語的で読みやすくしてる。 短い文とリズミカルな表現が多く、主人公のリアルな感情と内面の葛藤が強調され、感情の揺れ動きが伝わりやすい。

 五感を使った描写が豊富で、臨場感を与えている。視覚では、六畳一間の部屋、インスタグラムのリール、夜の東京の風景など。嗅覚では、焼鳥屋の香ばしい炭の匂いや淀んだ川の生臭さ、甘ったるい香水の匂いなど。聴覚は着信音や電話の声、触覚では香水を手首と首筋に振りかける感覚が描かれている。

 

 主人公の弱みは、自分を「貴方の犬」として捉え、彼に依存していること。彼の愛情が偽物だと気づいているが、それを認めたくないこと。彼に捨てられることを恐れていること。

 主人公の気持ちは、「貴方がきまぐれに投げる愛と言う名のボールを私は必死に追いかける。それが偽物だと気づかずに私はいつも追いかける。いや、本当は気づいてるのだけど気づいていない振りをして追いかける。だって私は貴方の忠犬だから。離れることの方がつらいから」に集約されている。

 この弱みがあるから、彼に夜中の二時に呼ばれても、危険な東京の町を歩くのにもなれて、本命になれないとわかっていながら、捨ててほしいと願いながら会いに行ってしまう。

 たしかに、主人公が思うように、彼の犬と表現するのは正しいかもしれない。


「私の灯りはあなただけになってしまったから、私の部屋にはもう何もなかった」とある。

 文字どおり、部屋にはなにもないのだろうか。主人公の背景や彼との関係について、もう少し具体的な情報があると、物語にもっと深く入れる気がする。

 私小説や純文学の、現実を切り取ったような書き方がされているのは上手いし、表現もいいのだけれども、物語の展開が単調ぎみに感じる。予想外なことが起きなくて、驚くことが少ないので、もう少し起伏があれば引き込まれると想像する。


 正直、最初は犬の擬人化、あるいは人間なのに犬として育てられた人の話かと、いろいろ疑って読みはじめた。

 でも自称、彼の犬である女性の話だった。

 しかも感情の描写が良かった。

 タイトルも、物語として面白そうなのだけれども、もう一つ足らない気がして、もどかしかった。結末が曖昧なので、もう少し明確な終わり方があれば、読後の余韻がかわるのではと考える。

 でも、全体的の雰囲気は上手いなと思った。

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