歪んでいるのは世界か、僕か。

歪んでいるのは世界か、僕か。

作者 @siu-55

https://kakuyomu.jp/works/16818093081266211179


 周囲の雑音に悩まされている僕は冬の夜、公園に出かけ、缶コーヒーが心を満たすことに気づき、世界が歪んで見えるのは自分の終りが近いからかと考え薬を飲んで、眠りにつく話。


 文章の書き方は気にしない。

 現代ドラマ。

 眠れない夜を幾つも重ねて、若者は大人になっていく。

 そんなことを思い出させてくれる。


 主人公は、周囲の雑音に悩まされている男性。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心起動に沿って書かれている。

 主人公には好きな人がいた。夏休みの終わりに夏祭りに生き、夜遅くまで遊び、意味のない電話をして胸を高鳴らせた。

 冬。主人公は周囲の雑音に悩まされ、新しいヘッドホンを購入しようと考える。嫌いではないが家族の音が不快に感じてしまうから一つづつ遮断していくことにした。

 夜になると、昔好きだった人のことを思い出し、夏祭りや電話の思い出に浸る。しかし、その人の声だけは思い出せない。

 深夜に外出。静かな街を歩くことが好きで、犯罪を犯しても捕まらないなら街を焼き尽くしたいと考える。

 公園で自動販売機から缶コーヒーを買い、歩きながら飲む。暖かい飲み物が心を温めることに気づく。ベッドに戻り、世界が歪んで見えるのは自分の終わりが近いからかと考え、薬を飲む。

 やがて主人公の視界が暗くなっていった。


 周りの雑音が頭痛を施す謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。

 冒頭の導入では、遠景で、新しく性能のいいヘッドホンを購入しようと思っていることを描き、近景ではリビングの音が自室にまで響くことを説明し、心情では、両親が嫌いなわけではないけど、人が奏でる音は不快に感じるから一つずつ遮断することにしたと感想を述べている。

 多くの読者に共通することが書かれているため、共感を抱きやすいと考える。

 カクヨム甲子園に参加しているのは、お話を書く高校生であり、カクヨムユーザーの大半もまた、創作活動をしている。創作には、自分の時間を確保する必要があるし、文字を紡ぐ作業には、人の発する言葉は耳障り。もちろん、夢中になれば気にならない人もいるだろう。

 でも、音に関しては、雑音と心地よい音には明確に分けることができる。心地よい音は、風や雨音、鳥や虫の声など。対して雑音は、人の話し声や、バイクや自動車、飛行機が撒き散らす騒音である。

 人の声が邪魔になるのは、なにを話しているか理解できるから。聞いてもわからない他国の言語なら、音としか認識しないので、気になりにくい。

 いいヘッドフォンは、外の音を遮断してくれる。

 ノイズキャンセリングヘッドフォンなら、話し声や騒音も軽減してくれるすぐれもの。必需品と言ってもいい。

 少しでも不快に感じるものを遮断しようとする主人公には共感を抱くだろう。


 昔好きだった人がいる。夏休みに共に過ごしたことが回想として書かれている。いまは別れてしまったのか。その人の声が思い出せないという。可愛そうだなと思うと、共感が高まっていく。

 ゴーストタウンで一人きりで住むのが、叶わない夢だという。それでいて、死ぬときはみんなと一緒がいいという。

 わがままな願いだけれども、案外誰もが一度は思うことかもしれない。一人になりたいと願い、一人は寂しいと乞い願う。そういうところは人間味を感じる。

 現代を生きる若者の代表のような主人公だから、共感をいだくのだろう。


「人間が忘れていく順番は聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚」とある。

 五感の中で、聴覚は最も忘れられやすいと考えられている。声などの聴覚記憶は、感情や記憶に関わる脳の部位である大脳辺縁系に直接つながっているため、最も長く記憶されることが多い嗅覚などの他の感覚記憶にくらべて、より早く消える傾向があるかららしい。


 長い文である。おまけに、読点がない長い一文もある。文章もなんだか読みにくいところがある。内省的で感情豊かな描写。強調されている主人公の感情や内面の葛藤が丁寧に書かれ、孤独感や不安感がリアルに伝わってくる。五感を使った描写が豊かで、夜の静けさや寒さ、孤独感が詳細に描かれているところが良い。

 五感描写の聴覚では、雑音が頭痛を引き起こす、昔の恋人の声が思い出せないことが描かれ、視覚では夜の街の景色、花火、明るくなっていく外の景色。触覚は冬の寒さで耳がジンジンすることや、缶コーヒーの暖かさ。味覚は缶コーヒーの味が書かれている。

 物語が冬なのは、主人公の心情を表しているのだろう。恋人と別れ、一人きりの主人公の心の寂しさを。


 主人公の弱みは、周囲の音に敏感で不快に感じること。昔の恋人の声を思い出せないことに苛立ちを感じること。孤独を感じ、静かな場所を求めていること。

 音に敏感になっていることが、全ての元凶にあるのかもしれない。

 おそらく、別れた昔の恋人のことがいまでも好きなのに、彼女の声が思い出せないくらいに忘れてしまった寂しさが、周囲の音を不快に感じさせてしまうのだろう。

 聞きたい声は、こんな声じゃない。彼女の声が聞きたいのに。その声が思い出せなくて、更に苛立ち、孤独に堕ちていく。どうせ孤独ならば、いっそのこと、一人きりになりたいと願い、叶わないからせめて夜の公園に出かけるのだ。

 そこで缶コーヒーを買う。

 冬場、温かいものを飲むことで、体だけでなく、心を暖かくしてくれることを発見する。


「少しつづ明るくなっていく外の景色をぼんやりと見つめていた空間が歪んでいるのは、上手く呼吸が出来ないのは、文字が動いて見えるのはこの世界の終わりが近づいているからなのか、それとも終わるのは僕の方なのか」

 主人公の目には、世界が歪んで見えている。

 睡眠導入剤(?)を飲んだせいかもしれない。

 あるいは、泣いているのかもしれない。それで歪んだり、呼吸が上手く出来なかったり。

「文字が動いて見えるのはこの世界の終わりが近づいているからなのか」がわからない。

 実際に、彼の目には文字が動いているように見えているかもしれないし、寝る前にスマホ画面を見ているのかもしれない。

 あるいは、世界は歪んでいるんだと思っているのかもしれない。

 なにかしら動画を見ていて、エンドロールのような文字の流れが終われば動画の世界が終わるのか。

 あるいは、主人公に眠気が襲ってきて寝落ちしそうなのを、「それとも終わるのは僕の方なのか」と表現しているのか。

 判断がつかないまま、主人公は眠ってしまう。

 

 主人公の行動や思考の背景や、場面の具体的な描写、主人公以外のキャラクターの描写が増えると、もう少しわかりやすくなり、物語に深みが増すのではと考える。

 読後、歪んでいると気にしているのはつまり、歪んでいなかったときがあることを知っているから言えるのだろう。主人公にとって、昔好きだった人と一緒に過ごした夏が、そうなのかもしれない。

 缶コーヒーのぬくもりに心が温められたなら、希望がある気がする。明るい方へ、たしかに歩いていけば、きっと歪んでいない世界へたどり着けるだろう。

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