息絶えた蜂

息絶えた蜂

作者 玄瀬れい

https://kakuyomu.jp/works/16818093082069247052


 国語のテストで赤点を取った主人公の増田結人は、補習を受ける中で教師と同級生の蜜柑と出会い、孤立感や自己評価の低さに悩みながらも蜜柑との友情を築き、彼女の養蜂場を手伝うことで新たな自信と目標を得ていく話。


 数字は漢数字等は気にしない。

 現代ドラマ。

 感情豊かで、読後感がいい。


 主人公は、国語のテストで赤点を取った増田結人。一人称、墨で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

「クラスのお父さん」とよばれるほど、同級生から信頼を勝ち取っている主人公の増田結人は、そのおかげでクラスの集団と一緒に、吹き抜けの渡り廊下で、ご飯を食べる関係を気付いている。だが、今では、彼らからいびられるために屋上へと通っている。楽しくはないし、行っても孤立状態なのは変わりなかった。

 誰かに頼られたい。その一心で、面倒くさいと思われることを寛容に思えるまでしてきた。それが実って、学校行事ではクラスメイトに頼ってもらえるまでになったとはいえ、それ以外は蚊帳の外扱いは変わりない。

 誰にも相手にされず、日をかけて雨樋を伝い、どこか暗いところへ流されていく『城の崎にて』に登場する息絶えた蜂の姿と自身が重なってろくに問題が読めず、普段は五十点を下回ったことがなかった国語のテストで赤点を取ってしまい、先生から補習を伝えられた。

 視聴覚室に呼ばれてた主人公は、藤崎蜜柑と出会い、二人で話すこととなる。彼女は「友達なんて多少の恐怖で離れていく。信頼関係なんて脆いもの。無駄なことしてないで付き合いなんかやめちゃいなよ」と、昼は視聴覚室に来るのを勧める。「蜂は人間よりよっぽど仲間思いなんだよ。死んだ仲間を供養する暇なんてないほど、みんながみんな家族のために忙しなく働いてる」

 彼女が用意した蜂蜜入りの紅茶を飲む。美味しいというと、養蜂していた祖父が入院したため最後の蜂蜜という彼女。

 そんな彼女に、「無理矢理クラスから信頼を得ようとするほど、泥臭いことをできる才能があると思ってるんだ。人一倍勉強もできるし、いろんな方法を考えて、二人で。簡単じゃないだろうけど」続けようと主人公は声をかけた。

 藤崎養蜂場に来たものの、彼女に頼めないと言われる。「あんまり一人で抱え込むなよ。気が変わったら呼びな。いつでも手伝いに来るよ」帰ろうとすると、彼女も覚悟を決めたのか、「いいよ。手伝わせてあげる」と声をかけた。

 暑い夏が明け、冬が迫るころ。毎日手伝いしてきた主人公のことを、「はじめての友達」という彼女。対して、「あの日、そっちから話しかけてきたんじゃないか。それに、今や大親友じゃないのか?」と返す。

 彼女の両親は事故と病で早死に、祖父と二人で育った。祖父は養蜂場を経営し、農地独特の匂いからいじめられた。原因は、いじめ主犯格の女の子の兄が、いちご食べたさにビニールハウスに侵入し、蜂を怒らせ刺された腹いせからだった。

「大丈夫だよ。今だからかもしれないけど、僕は一生蜜柑の味方だから。いつでも頼りなさい」「そうだ。もうすぐ蜜が取れるんだよね。そしたらおじいちゃんのところに持っていこう、二人で……」

 言い過ぎかと思ったが、そんなことはなかったと、はじめてできた友達の顔を見て思う主人公。

 蜂蜜が取れた後、病室で食べた彼女の祖父は、涙を流すのだった。


「看護師の見守る中、一年ぶりに蜂蜜を指で口に運んだおじいちゃんは美味しそうに嬉しそうに、心配になるほど涙を流してくれた」からはじまる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関係し、どんな結末へと至るのか、どこかへ流されていく如くに気になって読み進めていく。


 書き出した上手いと思った。

 冒頭の導入の遠景で、物語ラストで主人公が話していたように、二人で養蜂して作った蜂蜜を入院している祖父に食べてもらった現在の様子を描き、近景からは本編の過去回想のはじまりを教師のセリフで描き、心情では教室内の様子を主人公の感情で語っている。

 最初の一文と、先生のセリフの間に「◇」が設けられ、読み手には「別ですよ」と教えてくれている。それでも、おやっと思わせる書き出しは、興味を抱かせてくれる。

 少なくとも、所見では意味がわからない。一度読み終わった後、もう一度読んで気付く構成になっている。

 はじめと終わりが繋がっている作品は、良い場合が多い。


 主人公は自信有りげな様子で書かれていて、寛大さも感じさせている。赤点を取ることに絶対の自信を持ちながらも、取ったあとは「はあ。赤点なんて初めてだ。国語は五十点を下ったことがなかった。補習……他にもいるものなのかな」と落ち込んでいるところから、なんだかかわいそうに思えて、共感してしまう。


 長い文で書かれているところが幾つか目に付くものの、なるべく五行くらいで改行しようとしているように見受けられる。一文が長いところもあり、やや読みにくさを感じさせる。それでも、短文と長文を組み合わせてリズムよくしたり、会話を多くしてあったり。

 内省的で感情豊かな文体。会話文から登場人物の性格や立場を感じ、地の文でも心理描写が丁寧に描かれている。

 五感を使った描写が豊富で、臨場感を与えてくれているのがいい。

 視覚的表現では、教室のざわめきや教師の表情、蜜柑の涙袋など描写が豊富。聴覚では教室のざわめき、教師や蜜柑の声なども取り入れられている。触覚は手が震える感覚、拳を強く握る感覚など、触覚描写が感情を強調し、嗅覚ではコーヒーの苦い匂い、農地独特の匂いなど、嗅覚に訴える描写がある。味覚ではコーヒーの苦味、紅茶と蜂蜜の甘さなどが効果的に使われている。

 感情描写の組み合わせが、より強く伝えてくれている読み手によく伝わってくるのがいい。


 主人公の弱みは、孤立感や自己評価の低さに悩んでいること。他人との信頼関係を築くのが難しいと感じ、トラウマや嫌な思い出に囚われやすいことがあげられる。

 それらの弱みを自覚しながら、楽しくはないけれども孤立しないようやり過ごす術をみにつけているところは、彼の特技や長所と呼べるところだろう。

 少なくとも、周囲の人間のように相手を見下したり、自分の保身大事さのために嘘をついて傷つけようとしたりしないのだから。

 そんな姿から、「クラスのお父さん」とも呼ばれ、教師からは「やはり結局のところ、我々に見えている景色なんて、たかがしれてるというわけか」といわれる。

 自己評価の低さから、主人公自身の良さが見えていないところも、弱みかもしれない。

 過剰な表現、オーバーな言い回しは、他の人が普段使う言葉とはちがう。きっと同い年の子達よりも大人びて聞こえるだろう。奇異さとともに、胡散臭く聞こえるかもしれないけれども、相手にはある意味、新鮮に響く。

 言い過ぎた自覚はあったとしても、口から出た言葉は、一度でも心のなかで考えた本音なのだ。

「続けようよ。養蜂。僕、無理矢理クラスから信頼を得ようとするほど、泥臭いことをできる才能があると思ってるんだ。人一倍勉強もできるし、いろんな方法を考えて、二人で。簡単じゃないだろうけど」

「あの日、そっちから話しかけてきたんじゃないか。それに、今や大親友じゃないのか?」 

「大丈夫だよ。今だからかもしれないけど、僕は一生蜜柑の味方だから。いつでも頼りなさい」

「そうだ。もうすぐ蜜が取れるんだよね。そしたらおじいちゃんのところに持っていこう、二人で……」

 主人公は、決して口だけの男ではない。養蜂を手伝ってきた。

 ゆえに、彼女の心に届いたのだろう。


 とはいえ、一部の会話がまどろっこしく感じられたり、主人公の内省的部分が多いので行動的なシーンを増やせばバランスが取れるかもしれない。どこでなにをしているのか、わかりにくさはある。

 

 読みにくいところはあったけれども、先生が話している喩えは面白かったし、登場人物の成長や友情が丁寧に描かれていて、全体的に感情豊かで共感しやすい物語だった。なにより、読後感が良い。

 息絶えた蜂だったかもしれない主人公は、新たな蜂として旅立っていくのだ。 

 

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