儚く散る桜が与えた名

儚く散る桜が与えた名

作者 Assuly

https://kakuyomu.jp/works/16818093082383131305


 重病を患う母と共に過ごした櫻田ひとはは、名前の由来を知り、母の子に産まれてきてよかったと感謝し、桜を撮る写真家となった話。


 文章の書き出しはひとマス下げるは気にしない。

 現代ドラマ。

 桜を通じて母親との絆を描く点が感動的。

 深い感動を与えてくれる作品。

 

 主人公は、櫻田ひとは。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の母親は、櫻田ひとはが産まれたときから重病を患い、病院から出ることは少ない。そんな母親の唯一の楽しみは桜を見ること。ひとはは母親の影響で桜が好きになる。

 母親が亡くなる前、一緒に桜を見に行く。「ひとは、なんで私たちがここに家を建てたか知ってる?」「この街が花見の名所って言われてるから?」「うーん、少し違うかな。答えはお母さんが一番好きな桜の種類の名地だからだよ」「そうなんだ。この桜ってなんて言う名前なの?」

 答えることなく、母は大好きな桜の木の下で生涯を閉じる。

 翌日、調べてみると、その桜の名前は「一葉(イチヨウ)」であり、ひとはの名前の由来であると知り、涙が止まらなくなる。

 唯一の遺族として葬儀を終えて帰宅すると、母からの手紙が届いていた。「話したいことはたくさんあるけどどうしても話したいことがあります。それはひとはの名前の由来についてです。もしかしたらもう気付いてるかもしれないですが、あなたの名前の由来はイチヨウという桜の名前からきています。そしてもう一つあります。それは強く生きてほしいということです。両親を亡くしたことで心に大きな傷を負うかと思います。でも植物の葉のように強く何度も立ち直ってほしいです。最後に、ひとは、生まれてきてくれてありがとう。今まで大したことをできずにごめんね。これからのひとはの人生に花がありますように」

 母親の手紙を通じて、ひとはは母親の愛情と強く生きることの大切さを感じる。母親の死から数年後、会社員を辞めて桜の写真家として新たな人生を歩んでいる。母の残した手紙と名前に支えられながら。


 朝ベッドから体を起こす母の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな関わりを持ち、どのような結末に至っていくのかに興味を持つ。

 動きからはじまる書き出しが良い。

 遠景でベッドから体を起こす母を見る主人公を示し、近景では挨拶の声掛け、心情で主人公と母にとっての、いつもと変わらない一日が始まる、と語る。

 特別かわったところもない、何気ない朝の様子を描きながら、次の段落では実は、と主人公の母が樹病を患っていることが書かれていく。それだけで、可愛そうだと思わせられるのだけれども、それよりも多く描かれているのは大好きな桜のことである。母との、桜のニュースのやり取りは、絆を感じる。

 桜を嫌いな人は、あまりいない。毛虫が嫌いだとか、毛虫に刺されたことがあるとか、花見客にいい思い出がないという人は、いい印象を持っていないかも入れないけれど、それらは桜が嫌いなわけではなく、付随する周りのものが嫌いなのであって、やはり桜を嫌いな人は、ほとんどいない。きれいなものを愛でるところにも共感を抱く。


 母が重病を患っているよりも先に「私は櫻田ひとは。私は母の影響で”桜”という存在が好きだ」と書かれている。

 普通は、最初の三行のあと、「母は私が生まれた時から重病を患っており、病院という名の檻から出たことはほとんどないそうだ。起きてベットの上で暇を潰すの繰り返し、”生きる”とは何か見失う毎日を過ごしている。そんな中、母の唯一の楽しみが桜を見ることだ」として、桜の話題に入っていっても良さそうなのに、そうしていない。

 主人公の名前が、桜から名付けられていて、名付けてくれた母のことが大好きだからという、作品に込められた思いがあるから、ネガティブな病気のことよりも先に、母の影響で桜という存在が好きがきているのだろう。


 書き出しを三行に分けてあることからもわかるように、読みやすくしようと心がけている。長い文にならないよう五行くらいで改行されている。人物脳簿記で示すように書かれ、感情豊かに書かれ、

共感を呼び起こされる。桜の描写が美しく、視覚的に鮮明。母親との会話が温かく、家族の絆が感じられる。

  五感の描写は良くて、視覚では母の様子や、満開の桜、風に揺れる桜の枝、散りゆく花びらなど、桜の美しさが詳細に描かれている。

 聴覚は、風の音や母親との会話などが描かれ、触覚では冷たい風、グレーの毛布の感触など。嗅覚は桜の香りについての描写はないが、桜の存在感が強調されている。


 主人公の弱みは、母親の死に対する悲しみと寂しさ。

 母親の影響で桜に対する強い感情を持つが、それが彼女の心の支えでもある。

 母と一緒にいるときは、桜のことがメインで、弱音もみられない。

 母親の背景や過去について、もう少し詳しく描かれていたら、より深みが増したかもしれない。とはいえ、余計なことを描くと、桜の印象が薄れるかもしれないと考えてしまう。

 五感を使った描写は豊かで、情景を想像させてくれているし、主人公の成長と新たな人生の始まりも描かれていて、感動的で心温まる物語で良かった。

 母がなくなり、好きな桜から名付けられたとわかってからの、母親からの手紙は泣けてしまう。

 手紙が郵送されてくる展開は、予想外だった。

 

 母をなくしたときの手紙で「両親を亡くしたことで心に大きな傷を負うかと思います」とある。父親も、亡くなっているのだろう。

 ひょっとすると、主人公は高校を出てから就職、働いていたのかもしれない。年齢がわかるようなことがかかれていないので、いくつなのかがわからなかった。


 開花はソメイヨシノが終わる四月中旬から下旬。フゲンゾウやカンザンなどのサトザクラよりはほんの少し早い。蕾は淡いピンク色で花も咲き始めは淡いピンク色だが、次第に真っ白になる。直径四~五センチほどの大輪で、花弁は二十~三十五枚もある八重咲き。枝から垂れ下がるように咲くが、全体に縮れて見えるのが特徴。

 花の中心から長さ一センチメートルほどの細い緑色の変わり葉が出ることからつけられた「一葉」の桜。

 オオシマザクラ系統に属するサトザクラの代表的な品種。

 西日本にはあまり普及しておらず、一般的な知名度は高くない。

 だが関東地方では数多く植栽され、毎年、総理大臣が主催する「桜を見る会」の主役はこのサクラ。

 江戸時代以前に作出され、荒川堤で保護されていたものが、江戸時代後期になって全国へ広がった。新宿御苑や台東区の小松橋通り、光月通りなどが名所とされ、後者においては例年「一葉桜祭り」が開催される。

 花言葉は、「精神美」。

 主人公にふさわしい。

 あまり桜にはくわしくないけれど、本作のお陰で知れたことは良かったと思う。


「これからのひとはの人生に花がありますように」

 この一文がいい。

 一人になってしまったから、いい人と巡り合うことを願っていたのだと思う。

 でも主人公は、

「会社員を辞めて、桜を撮る写真家として生きている」

 と、花を撮りに行く道を選ぶ。

 写真だけでは、生活は大変だと思う。

 その道を歩く過程で、いい人に巡り会えますように。

 

 

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