屋根に魚が落ちていた

屋根に魚が落ちていた

作者 桐崎りん

https://kakuyomu.jp/works/16818093081187456268


 雨漏りのする屋根に黒い魚を見つけると夫が消え、osoカンパニー会社の提供する現実に近い夢を見続ける機械に十年間入っていた事を知るもいろいろ忘れてしまっている。住んでいた家も身元引受人もなくなり、交番で再び担当者に迎えられる話。


 SFホラー。

 現代版の浦島太郎、みたいな話。

 夢から覚めた主人公が可哀想だなと思った。


 主人公は、五十歳になった海野いりこ。一人称、私デカ荒れた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の海野いりこは、夫を亡くし、もう一度夫と日常を送りたいという希望で「osoカンパニー」という会社が提供する現実に近い夢を見続ける機械に入って利用していた。

 ダイニングテーブル越しに向かいあった夫は、鮭をほぐして白米にダイブ。夕ご飯前に風呂に入ってドライヤーをしなかった夫の髪は、まだビショビショ。夫の両親から譲り受けた築百年ほどの我が家が、数日前の大雨で雨漏りしたことを思い出す。

 業者に頼む前に屋根に登ってみたほうがいいかもしれない。夫に言われた翌日、夫と共に雨漏りの修理をするために屋根に登る主人公。そこで黒い魚を見つけるが、その瞬間に夫が消え、現実に戻される。実は、彼女は「osoカンパニー」という会社の提供する現実に近い夢を見続ける機械に入っていた。夫を亡くした彼女は、もう一度夫と日常を送りたいという希望で二十年前に機械を利用した。黒い魚を見たら戻って来るシステムで、十年間も機械の中に入っていた。機械の中では二十五だったが、現在は五十歳になっていた。

 住んでいた家に戻ってみると、建物がなく森が広がっていた。行き場をなくし街を歩いていると交番前を通りかかり、掲示板に自分の名前を見つける。交番に入る。身元引受人もない主人公を、カンパニーの担当者が迎えに来て「お疲れ様です、海野様」と声をかけられるのだった。 


 ダイニングテーブル越しに向かいあった夫は鮭をほぐして白米にダイブさせる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るのか気になる。


 書き出しの導入はとても意味深で興味が湧く。

 遠景で夫の様子が描かれ、近景で具体的な描写、心情で乾かしていない髪をみて思い出す。「そうだ、ねぇ、雨漏りの件どうする?」

 行動、思考、感情、会話の順で書かれながら、緊張と臨場感をもって物語がはじまっていくところに、共感していく。


 二人で夕食をする間柄で、主人公には愛する夫がいる。現在雨漏りの問題が発生していてかわいそうな状況にある。業者に頼む前に自分たちで見ようと、高いところがすきな主人公が屋根に上るところに、人間味を感じる。

 

 長い一文の書き出しが気になる。全体的に読点を入れて読みやすくしていない。それでも、長い文にならないよう短文と長文を使いリズムを付け、ところどころ口語的で、登場人物の性格を感じさせる会話文はシンプルで読みやすい。会話は多く、登場人物の感情や状況が伝わりやすい。

 osoカンパニーのシステム内の出来事、という意味合いを持たせるために、違和感を生み出すための表現かもしれない。


 五感の描写が豊富で臨場感を与えている。視覚的な刺激では、屋根の瓦が朝日でテカテカ光る様子、黒い魚の姿、施設内の箱が規則正しく並んでいる様子などが詳細に描かれている。触覚は、夫のビショビショの髪や魚の尾の付け根を掴む感触、身体がバキバキで全身が悲鳴を上げる感覚など。聴覚では、夫の大声やコツコツという音、シューという音など。味覚は、みそ汁を啜る感覚。嗅覚描写はないが、他の感覚描写が豊富なため、全体の臨場感が高まっている。

 現実と夢の境界が曖昧で、読者を引き込む展開が魅力。


「数日前の大雨で雨漏れした我が家」としながら、「まぁいいかな、と思って五年放置していたけどやっぱり気になるか」から矛盾を感じる。「前はカーペットなかったから良かったけど、今はカーペットが濡れるのがちょっと嫌だ」から考えると、雨漏りの問題は、五年前にはあったけれど、大したことがなくて放置してきたが、数日前の大雨で、悪化したのかしらん。

 黒い魚を見た後、「・」で区切ってから「その瞬間、夫が消えた」として、現実へ戻っていく。

 その後、『お疲れ様でした』の文字が目の前に表示され、コツコツ音が近づいてきて、シューという音とともに目の前が明るくなる流れは、担当者が機械に近付いてきた靴音が聞こえたのだろう。

 こういう細かな書き方が良い。


 主人公の弱みは、夫を亡くした悲しみと孤独感。現実と夢の区別がつかない混乱。十年間の時間の経過による身体的な老いと社会的な変化への適応の難しさがあげられる。

 短い間にこれだけのことがテンポよく描かれ、起きている。

 読み手も衝撃だが、主人公である彼女は、あまりの変化と展開の速さに混乱しても仕方がない。

「こちらが現実でございます」といわれるのは、かなりショックだっだろう。ひょっとしたら浦島太郎が竜宮城から戻ってきたら三百年経っていたときの衝撃は、このようなものだったに違いないと思わせてくれる。


 嗅覚の描写が少ないのは、機械の中に入っていたせいかもしれな

 物語の結末がやや唐突でわかりにくく感じられる。物語のオチとして考えるなら、ラストで主人公に「お疲れ様です、海野様」と言ったのは、現実世界での担当者である女性。

 主人公は現実に戻ってきた後、警察へ行き、身元引受人もなく困っていた。そこに担当者が、主人公が行方不明者として登録されていた情報をもとに迎えに来たのだろう。

 夫もなく、家もなく、記憶も曖昧になっている主人公がわかる人物は、担当者しかいないから。


 読後、osoカンパニーのシステムから目覚めるには、誰が利用しても黒い魚をみるようになっているのかしらん。どうして十年も黒い魚を見ずに過ごすことが出来たのだろう。海とは縁遠い地域に住んでいたのかもしれない。


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