あの日、機械人形は淡く笑う

あの日、機械人形は淡く笑う

作者 星影の変わり人

https://kakuyomu.jp/works/16818093081632807852


 記憶喪失の少年は、同じく記憶喪失でメイド姿の少女レサワスグナと二人、離島に閉じ込められている。過去の記憶を断片的に取り戻し、世界が終わりに近付いていることを知り、少年は彼女に告白する。実は作成した恋愛ゲームの中の出来事で、ゲーム消去が近付いていることが明らかになる話。


 文章の書き方云々は気にしない。

 SF。

 感情豊かでミステリアスな物語。

 ラストの展開は以外で、非常に面白かった。


 主人公は、記憶喪失の少年。一人称、自分で書かれた文体。ラストは、恋愛ゲームを制作した少女。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 恋愛ゲームの作成をしている少女は、テストプレイヤーのつもりで主人公にAIをいれ、様々な恋愛イベントを作ってきた。でも途中でネタ切れやバグが発生し、ゲームを消すことにした。

 主人公は目覚めると見知らぬ場所にいる。記憶喪失であり、自分が誰なのかもわからない。部屋を出ると、メイド姿の少女レサワスグナと出会う。彼女も同じく記憶喪失であり、二人は離島に閉じ込められていることを知る。彼女の話を聞くうちに、主人公は彼女との過去の記憶を断片的に思い出す。最終的に、二人はこの世界が終わりに近づいていることを悟り、主人公はスグナに告白する。

 作成した恋愛ゲームのAIは、くり返すスグナとの出会いの日々の中で、機械人形ではなくなった。プログラムとして動くのをやめて彼女に告白したのだ。

 ゲーム作成の少女はお詫びのつもりで青い花、勿忘草を届け、少年は少女に手渡す。『もしも来世で会えるならさ、また私と一緒に海を見よ? やりたいことまだまだたくさんあるし』『あぁ、そうだな。もしも来世で会えるなら…………会えるなら…………その時に君に青い花束を贈るよ』『約束だよ?』『あぁ』終わりゆく世界での告白を、少女はみるのだった。


 ビリビリと頭に電流が走るような音が流れるとともに目が覚める謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末を迎えるのか、非常に興味をもって読み進める。


 意味深な書き出し。遠景で目が覚めた状況(行動)を描き、近景で痛み(思考)を覚え、心情で目を開いて天井が見えてボロボロだ(感情)と歳月が過ぎているのを知る。

 突然の出来事からはじまる主人公の様子に、共感して読んでいく。


 フカフカなベッドに寝ていた。見晴らしの良い海の見える部屋にいる。どこか特別感がある。

 主人公は、記憶喪失にある。誘拐されてきたのかもわからない。それだけで、かわいそうに思える。鏡で自分の姿をいたときに一人でボケツッコミみたいなことをしているところに、人間味を感じる。

 主人公が自分を確かめてから、メイド少女が部屋にやってくるところからも、特別な感じがする。しかも彼女も記憶喪失。二人は対になっている存在で、どちらも可哀想に感じ、共感していく。


 全体的に文章の書き方が、ゲームの文章を彷彿させる書き方なので、読みやすいけれどもなぜなのだろうと思っていた。だから、ラストの展開は驚きとともに、納得がいった。

 実に考えて書かれた作品である。


 記憶喪失や閉じ込められた状況など、ミステリアス要素が多く、読み手の興味を惹くところが良い。

 AIと人間の関係性をテーマにしているのも特徴。


 長い文にせず、改行をこまめにしている。だいたい一文を長くしないよう、句読点を入れて読みやすくしてる。たまに口語的、シンプルで読みやすい文体。会話が多く、キャラクターの感情や状況が伝わりやすい。キャラクターの感情が丁寧に描かれているところが良い。

 五感の描写が豊富で、動作を加えて臨場感を与えている。

 木製の天井、青い海、夕焼けの浜辺、虹色の目など、視覚的な描写が豊富で鮮明なイメージを与える。

 聴覚では、波の音や頭に走る電流の音、ノック音など、音の描写が効果的に使われている。触覚は、フカフカなベッドの感覚やラベンダーの香りなど、触覚や嗅覚の描写も取り入れられている。


 主人公の弱みは、記憶喪失で自分が誰なのかわからないこと。頭痛やノイズによる記憶の断片的な回復。現実と仮想の区別がつかないこと。

 記憶がないから、わからないと不安になり、思い出しては伝えようと行動する。これまでの主人公の性格や考え、直面している葛藤などが描かれているから、主人公が彼女に思いを伝えに行くのが予測できる。

 しかも、風景や後押しするような描写がされている。後で考えると、ゲーム制作の少女の協力、あるいはゲーム世界を示す表現だったのだろう。

 でも、「……どうやらこの世界は、そろそろ終わるようだね」「……そうみたいだな」のセリフは予想外で、驚かされた。

 実は、主人公とヒロインのメイド服を着た少女が知らない島で恋をするエンド分岐ゲームを作っていたという展開は、面白かった。いままでの、不思議な違和感はこのせいだったのかと、ラストで明かされるのは気持ちがいい。


 記憶喪失というのは、いろいろなシチュエーションをする度に、前のセーブデータを削除して行っていたのだろう。

 物語世界でのAIと人間の関係性について、もう少し掘り下げて描かれていると、物語に深みがでた気がする。

 全体的には、感情豊かでミステリアスな物語が魅力的だった。

 読後、タイトルを見て、微笑んでしまう。別の世界で二人が結ばれることを願うばかりだ。

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