清潔で簡潔な皆様へ


作者 筆入優

https://kakuyomu.jp/works/16818023212998762871


 新型ウイルスの流行に際し、国民的俳優である主人公は全身の毛を剃り、ミニマリストとして生活を清潔に保つことで感染を防ぐことに成功、テレビで報道してもらい、日本中が彼のマネをして感染率が低下。だが、彼と同じことを推奨したが信じてもらえなかったことに逆恨みした自称研究者から脅迫文が届き、鬱病を患って活動休止する。それを知った日本人の多くが鬱病となったことを知り、自身の影響力の大きさを痛感する話。


 現代ドラマ。

 主人公の極端な行動がユニーク。

 感染対策の影響力がリアルに描かれ、社会の変化が感じられるのがよかった。


 主人公は、国民的俳優。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 国民的俳優である主人公は、新型ウイルスの流行に直面し、感染を避けるために極端な対策を講じる。全身の毛を剃り、ミニマリストとして生活を清潔に保つことで感染を防ぐことに成功し、その対策をテレビで報道してもらう。結果、日本中が彼の対策を真似し、感染率は著しく低下する。

 しかし、脅迫文が届いた。差出人は自称研究者。文面は〈私も同じ感染対策を何百日も前に思いついていたのだ。しかし、誰も私の感染対策を信じちゃくれなかった。それなのに、あろうことか、たかが人脈の差で、あたかもあなたが対策の第一発明者であるかのようになってしまった。許せない。必ずあなたを殺す〉である。精神的に追い詰められた主人公は鬱病を患い、俳優業を休止する。

 最終的に、テレビのアナウンサーがロボットであることに気づく。〈日本中の人々が鬱病を患い、職務や登校などの活動休止を公表してから一週間が経過しました。依然として政治や経済は回復しておらず――〉自身の影響力の大きさを痛感する。


 目に止まったネットニュース記事の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わっていき、どのような結末を迎えるのか興味がある。

 自然で流れるような書き出しがいい。

 遠景で、何気なくみていたネットニュースに目がとまる、おやっと(思考)が働き、近景で見出し〈新型ウイルス流行〉を見てなんだろうという(感情)が湧き上がり、心情で画面をタップして記事を開いて確認する(行動)をとり、見出しの通り新型ウイルスについて内容を読んでいく。

 ネット記事は信憑性のないこともあるのだけれど、他のニュース馬体でも確認し、警戒してリモートをお願いするとマネージャーに伝える導入の流れから、主人公がどんな性格で、なにが起きたのかが無駄なく読み手に入ってきて、そうなんだと共感してしまう。


 誰もが羨む国民的俳優という存在。世界は新型ウイルスに流行するとんでもない状況。そんな中、主人公は、研究者がワクチンやウイルス対策を見つけるよりも先に自分自身が動かなければと行動するところに、みんなのために力になろうとする人間味を感じる。


 新型コロナウイルスが蔓延し、いまだ流行をくり返しながら日常を過ごしている私たちの現状と共通点のある作品である。

 アイドルグループ解散により、拠り所を失って鬱に陥ったことがニュースになったこともあるので、推し活が流行っている現代とも関係性があり、読者も興味が惹かれるところが、本作の良いところ。

 また、他人が作ったものを、あとから「俺のアイデアをパクりやがって」と難癖つけ、挙げ句脅迫し殺害しようとする事件もある現状からも、他人事でもなければ作り話と笑って読み流せないほど、身近にあると感じられる内容だと思った。

 そこが怖い気がする。


「変幻自在だった髪の毛を丸坊主にして、髭も全部無くした。全身の毛という毛を剃りまくった」「部屋にある物を必要最低限にまで減らして部屋を清潔に保ち、俗に言うミニマリストと相成った」

 行動が極端。

 でも、こういう他の人がやらない、常人とは違う物を持っているからこそ、国民的俳優になれるのだろう。人は、自分に持っていない人に対して興味を持ち、惹かれるものだから。 

 

 なるべく長めの文にしないよう、だいたい五行くらいで改行している。一文が流すきないよう句読点を用い、短文と長文を使って、リズムよく書かれている。シンプルで読みやすい文体。主人公の内面描写が豊富で、感情の変化が丁寧に描かれている。

 五感の描写について、視覚では主人公がテレビ画面に接近し、アナウンサーがロボットであることに気づく場面。触覚では、全身の毛を剃る行為や、伸び続ける毛を眺める場面。聴覚は、テレビの報道が描かれている。

 

 主人公の弱みとして、極端な性格であるため、過剰な対策を講じること。脅迫文に対する恐怖と不安から鬱病を患うところ。自身の影響力を過小評価し、精神的に追い詰められるなどがあげられる。

 これらの弱みがあるからこそ、なんとかしようと行動し、追い詰められて、鬱病に陥ってしまう。

 そう考えると、主人公の鬱病に至る過程をもう少し詳しく描かれていると、共感が得やす買ったのではと考えてしまう。

 ネットニュースだけでなくテレビのニュースをチェックしたり、国民的俳優なのに、体中の毛を全部そってしまったら俳優としての価値が下がるのではという心配をしていないところなどからも感じられるけれども、主人公自身の影響力を過小評価しているところを、もう少し描かれていたら、結末が唐突に感じなかったのではと邪推する。

 それでも、主人公の極端な行動とその影響が興味深く描かれているところに、物語の世界へと引き込む力があると感じる面白い作品だった。


 


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