ゼロイチ

ゼロイチ

作者 坂口青

https://kakuyomu.jp/works/16818093082072908912


 ある高校生の手から生まれて、二進数として電波に乗り、誰かに読まれるのを待つ小説となった、PCの最小単位ビットの話。


 現代ファンタジー。

 ビットの擬人化であり、小説を投稿する高校生の姿をPC側から描いたところに、斬新な発想がある作品。


 主人公はビット。PCの最小単位。ゼロイチで言うとイチにあたる一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 PCの最小単位であるビットが語り手となり、ファイルの中での生活や持ち主の行動を描いた物語です。

 主人公のビットはPCの中、持ち主のタイピングによって生まれ、削除されることを恐れながらも、持ち主の努力や情熱を見守っている。検索ワードは、「小説 公募 高校生」や「小説家 大学 学部」。持ち主は小説を書いており、ビットたちはその一部として存在している。

 今日も持ち主は入力と消去を繰り返す。いつもと様子が違い、既にあるデータを消したり増やしたりしている、消されてしまわないか不安だったが、注意深くすり抜ける。持ち主が見ていたのは、壁にかかった賞状。「市の作文コンクール 中学生の部 優秀賞」の文字。いつも通りアイスコーヒー片手にキーを叩く。

 持ち主はいくつかの複雑な操作をして、ビットの集まりを、別の場所に移した。「……頼んだ」持ち主から何かを託されていた。押したのは、Enter 。

 別の場所に送られ、知らない人たちが勝手に訪れ、スクロールする。目で追った人たちは何かしらを感じ、たった十数分でそこを去る。誰かに何かが届く。持ち主はこれがやりたかったと知る。

 ある高校生の手から生まれて、二進数として電波に乗り、誰かに読まれるのを待っている。僕たちの集まりは普通、小説と呼ばれる。

最終的に、ビットたちは持ち主の手を離れ、別の場所へと送られ、誰かに読まれることを待ちます。


 僕はビットという謎と、主人公にこれから起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るのかがとても気になった。

 自己紹介のような書き出し。

 遠景で「僕は、ビット。PCの最小単位だ」と示し、近景で、「ゼロイチで言うとイチにあたる」と説明し、心情で「あるファイルの中にいる、大量の二進数のうちの一つのイチだ」どこにいる、どんな存在なのかを主張している。

 たくさんあるビットの二進数のイチのなかの一つ、それが主人公なのだ。

 

 PCが起動されると、外の世界が見え、持ち主からデリートキーを押されないか恐れながら、データの増減を見守っているという。

 つまり、持ち主によって消されてしまう存在であり、可哀想に思える。主人公が、わからないながらも主人公を見守るところや、「音の心地良さに、自分が消されてしまうかもしれないのを忘れ、ただ、もっとビットが連なればいいのにと思った」といったところなどからも人間味すら感じてしまう。これらによって、読み手は共感していける。


 シンプルでありながらも、細やかな描写がされているのがいい。

 ビット視点から語られることで、独特の視点が生まれている。

 主人公が人間ではないこともあって、会話が少ないが、ビットという非人間的な存在が語り手となることで、持ち主の行動や感情が客観的に描かれている。また、ビットの存在意義や役割についての哲学的な問いかけが含まれているところも特徴にあげられる。

 長い文になりやすいけれど、なるべく五行くらいで改行しているし、一文が長くならないよう句読点を用い、短文と長文を使ってリズムとテンポよくしながら、感情を揺さぶってくるところが良い。

 五感の描写では、視覚的な刺激はディスプレイから見える持ち主の姿や、壁にかかった賞状などが描写されている。聴覚では、タイピングの音やPCファンの音が描かれている。触覚としては、グラスの結露やキーボードの感触が描写されている

 ビットなので飲み物や匂いは感じないが、アイスコーヒーや部屋の雰囲気の描写がされている。

 嗅覚の描写やビットの役割について、もう少し深めたら、さらに魅力が増しそう。


 主人公ビットの弱みは、自分が削除されることを恐れていること。

 また、自分が何のために生まれたのか、どんな役割を果たすのかについての不安や疑問を抱えている。

 これらの弱みに対して、主人公ができることは持ち主を見守ることだけ。ただ、この一途な眼差しは、持ち主が執筆のために励んでいく姿に向けられている。

 つまり、主人公を通して読み手は、持ち主が執筆に努力する姿を見ていくことになる。

 持ち主が膨大なビットを連ね、ときに削除する行為を何十時間も続けている理由を、主人公は知らない。でも「おかげで僕が生まれたわけだし、感謝している。僕たちビットはただのゼロイチじゃなく、何かの意味がある。持ち主が悩みながらも熱心に画面に向かう様子は、そう思わせてくれた」と感謝しながら、なにか意味があるはずだと思っていく。 

 主人公の目標や性格、直面している問題や葛藤から、次にどんな行動を取るのか、予測しやすい。

 持ち主が、中学生のときに書いた作文で賞をとったことを支えにしつつ、執筆に励んでネットに作品を投稿、応募する流れは想像がつくため、感情移入できる。

 それだけでなく、カクヨム甲子園に参加している人はすべて、自分ごとだと受け止めることができるし、カクヨムやネット投稿している他の人達も同様に共感するだろう。

 主人公のビットが、持ち主がやりたかったことはこれっだったんだと気付くと同時に、創作をして作品を応募投稿したことのある読み手も、「そうなんだよ」と自分のPCやスマホにいいたくなるかもしれない。

 そんな思いにさせてくれる展開は予想外。なので、驚きと興奮を読み手に感じさせくれるところが、良かった。


 ビットという独自の視点から語られ、新鮮で興味深い物語。

 持ち主の情熱や努力、五感を使った描写、ビットの不安や期待が丁寧に描かれていたし、読者に感情移入させる魅力的な作品だ。

 最後の締めがいい。

 いままでは、「ビット。PCの最小単位」で、消されることを恐れ、何のために生まれてきたのかわからず不安だった。

 でも、「僕は、ビット。ある高校生の手から生まれて、二進数として電波に乗り、誰かに読まれるのを待っている。僕たちの集まりは普通、小説と呼ばれる」自分が何者かを手に入れたビットは心強く、たくましくさえ思えてくる。


 読後、タイトルをみて、「受賞するかしないか、ゼロかイチか」そんな作品の評価にも通じていると感じた。

 

 

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