今終末

今終末

作者 秋宮さジ

https://kakuyomu.jp/works/16818093082179982619


 地球に隕石が衝突するニュースで世界は混乱し、花火大会中止に妹は泣き叫ぶも、決行されることを聞いて妹を連れ出し一緒に花火を見るも、隕石は衝突しなかった話。


 現代ドラマ。

 臨場感ある描写が素晴らしい。 


 主人公は高校二年生男子。一人称、僕で書かれた分置。自分語りの実況中継で綴られている。


 絡め取り話法の中心軌道にそって書かれている。

 高校二年生の主人公は、地球に隕石が衝突するというニュースを見て、余命数日を宣告される。家族は混乱し、妹は花火大会の中止に泣き叫ぶ。主人公は無力感を感じながらも、惰性でだらだらとスマホを眺めていると、「花火大会決行」と通知が届く。妹のために花火大会に連れて行くことを決意し、共に花火を楽しむ。翌日、隕石は地球に衝突せず、世界は元通りになる。


 今週末、地球に隕石が衝突する謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関係し、どんな結末を迎えるのか気になる。

 衝撃な一文がはじまるのがいい。

 これで、興味を掴まれる。

 

 木曜深夜に、今週土曜日、巨大隕石が地球に衝突すると知り、翌朝には世界は大混乱する状況は、衝撃的で可哀想どころではない。

 仕事いかずに家族で旅行すればという母は、いつもどおり洗濯をたたみ、高校受験のために塾に通って遊べずにいたけどと友達と一緒に来週花火大会に行くことを楽しみにしていた妹は、中止になって泣き叫び、主人公よりも妹がかわいそうに見える。 

 世界で暴徒化する状況をみたり、最後は明るく笑って終えることを押し付けるテレビの電源を消し、参考書を前にしながら試験がはじまる前に世界が終わることに喜んでいいのか、頑張ってきた妹が不憫だとして課題をゴミ箱に捨てるなどして、なにもせずなにもしないところに人間味を感じる。


 読みやすく、長い文にしないよう四行くらいで改行し、一文も句読点を用いて短くしていいて、会話を挟んで描かれている。ときに口語的で、読みやすい。セリフからは登場人物の性格が感じられる書き方がされている。

 動きや動作で、状況や心情を示す書き方がされているのがいい。

 一人称視点で、内省的な語り口。日常の描写が細かく、感情の揺れ動きや家族の関係性が丁寧に描かれている。

 感情描写が豊かで、読者に共感を呼び起こすだけでなく、五感を使った描写がリアルで臨場感がある。視覚的刺激は、 ニュースの映像「店の主人は最初こそ抵抗していたが、最後には呆れ、諦めた様子で店を後にした。そこには民衆が奪い尽くし、何も無くなった伽藍洞のスーパーマーケットが広がっている」、花火の光景「入口付近の砂の地面、無造作に自転車が止められたそこに、僕も適当に自転車を止める」、妹の浴衣「煌びやかな金魚の浴衣。お化粧もしているようで、妹は綺麗だった」など。

 聴覚では、 ニュースのアナウンサーの声「同じ単語を繰り返すアナウンサーの表情は深刻そのもの」、花火の音、蝉の声。触覚では冷や汗、タオルの感触。嗅覚は、屋台の香ばしい匂い「すぐ奥では屋台が立ち並び、香ばしい匂いが漂って来る」。

 いろいろなところで臨場感、複数の感覚をもちいて描かれているところが良い。

 さりげないところでは「蒸し暑さと蝉の声を一身に受けながら」と「母の一言で、僕は食べていたアイスを膝に垂らした」など。

「――ピュゥゥゥウ……ドドンッ(聴覚)、その瞬間、遠くの空で花火が上がる(視覚)。花火の時間も前倒しだ。次々と光の線が空を泳ぎ(視覚)、迸ってぱらぱらと消えていく(聴覚)」という具合に、複数の感覚描写で臨場感を感じられるのがいい。


 主人公の弱みでは、隕石衝突に対して何もできない無力感や、父の仕事優先や妹との距離感といった家族との関係:、勉強の必要性がなくなったことへ戸惑う自己矛盾があげられる。

 昨日まで高校二年生だったのに、その役割が意味をなさなくなり、主人公としては、どう生きていいのかが突きつけられたのだ。

「来週の花火大会が無くなるか、今週末の人類の滅亡かの二択を迫られたら、妹は後者だろうが、僕は迷わず前者を選ぶ」とあるように、はじめは人間の尊厳を選んでいた。

 その後、試験前に世界が終わるとしり、課題をゴミ箱に入れて個人の生き方を考え直し、最終的に選んだのは、兄としての生き方だった。

 しかもさり気なく伏線も張られていて、「行きたかった行きたかったと子供のように駄々をこねる姿は、昔見た小さな妹と重なった」家族の前で取り乱す姿は意外だったとおどろいたからこそ、花火大会決行を知り、妹に声を掛ける流れは、予測できるとはいえ、実にいい場面である。

 花火大会の様子や、兄妹でみた花火の描写がいいので、もう少し長く読んでいたかった。


 ラストの土曜日の昼、隕石衝突を免れたニュースをみていたとき、「そう言えばあんた、今朝ゴミ捨ての時に袋の中に学校の宿題も入ってたけど、あれは捨てて良かったの? 捨てちゃったからもう遅いけど……」とある。

 衝突は土曜日だったのに、ごみ収集が行われている。

 つまり、衝突ニュース回避は土曜日以前、金曜日には発表されていたのかもしれない。

 花火大会は本来、来週だったのに今週の金曜日に行われている。前倒しされたと推測すると、その時点では、まだ衝突は避けられない状況だったと考えられる。

 そうなると、金曜日の深夜に軌道計算をして、衝突しないことがわかり発表されたのかもしれない。だから一般向けには、朝から報じられていた。

 でも、主人公は「土曜日の昼、隕石が地球衝突を免れたことを告げるニュースを、アイス片手に僕は眺めていた」とあるので、おそらく昼間で寝ていたのだ。

 その驚きようは、「母の一言で、僕は食べていたアイスを膝に垂らした」でわかる。

 漫画の一コマ絵で終わるようなラストが、本当にすばらしい。


 全体的にコンパクトに纏めながらも、臨場感ある描写が素晴らしかった。あわてて、部屋を飛び出し、ゴミ捨て場を確認して頭を抱える主人公が目に浮かぶ。

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