落ちた林檎が止まる場所

落ちた林檎が止まる場所

作者 ねくしあ@カク甲/こえけん準備中!

https://kakuyomu.jp/works/16818093081379393385


 失恋した男は悲しみの絶望に陥るも、生きることを選ぶ話。


 私小説。

 誰にでも起こりうるだろう別れから顔を上げる様子が、よく描かれている。

 

 主人公は失恋した男。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。内面の感情と葛藤がよく描かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は、半年つきあってきた恋人からの別れのメッセージを受け取り、絶望と悲しみに沈んでいる。

 失恋の痛みに打ちひしがれ、涙が止まらず、感情の波に飲み込まれて呼吸すらも苦しく感じるほど。自分の過ちを悔い、死を考えるほどの絶望に陥るが、最終的には生きることを選ぶ。彼はまだ落ちていないと自分に言い聞かせ、絶望的状況でも生きる意志を持ち続けることを決意するのだった。


 涙の謎と、主人公に起こる出来事の謎が、どう関わり、どんな解決に至るのかが気になる。

 書き出しから、世界観にいざなっているところが良い。

 遠景で泣き声を、近景でどのようにないているのかを描き。心情で、さらにくわしく述べられているため、悲しみに共感していく。


 主人公は、彼女と別れて失恋、かわいそうな状況にある。一人の部屋で、モニターの文字をみながら、かつては愛し合いされていた関係が終わり、涙が溢れているところに人間味を感じる。これらに共感を抱く。


 本作には主人公だけで、彼の視点による感情的で内省的な文体が特徴。主人公の内面の葛藤や感情の波が詳細に描かれている。

 長い文にならないよう三行ほどで改行し、一文は短くするよう句読点を用い、ときに口語的で読みやすい。長文と短文をリズムよく組み合わせている。

 繊細な感情描写と、絶望から希望への転換が印象的でいい。

 ニュートンの林檎の比喩が物語全体を通じて使われており、主人公の心情を象徴的に表現している。

 五感の描写で視覚的刺激は、涙が溢れる様子や、モニターに映る絶望的なメッセージが、聴覚では嗚咽や震える声が強調され、触覚では、冷たい十二月の寒さや、震える身体の感覚が詳細に描かれているところがよく書けている。


 主人公の最大の弱みは、感情に流されやすく、自分の過ちを深く悔いること。また、失恋の痛みに耐えられず、死を考えるほどの絶望に陥る点も弱みと言えるだろう。

 これらの弱みに対して、どう向き合い、どう対処していくかが、本作の読みどころである。


 感情の描写が非常にリアルで、読者に共感を呼び起こしてくるところが実に良い。主人公の内面の葛藤が詳細に描かれており、物語に深みを与えている。

「俺は彼女に言われていたのだ。『絶対に死ぬな』と。それは、俺が振られた後でも有効なのだろうか……いや、きっとそうだ」

 彼女と付き合っていたとき、言われた言葉を思い出している。

 ここから、彼女は死んだわけではないのがわかる。

 付き合っている頃から、嫌なことがあったら「死ねば全てが消え去る」という考えを、主人公は持っていたことが伺える。

 彼女と別れたのは、そんな逃げ癖が嫌だったからかもしれない。

 

「わざわざ声に出したのは、自分に言い聞かせるため。選択を迫るため」とある。ここの文言はすばらしい。

 自分が発した言葉を、最初に聞くのは自分なのだ。

 弱い気持ちに対して、叱咤激励を自らすることで、自分の知新で立ち上がる。

 絶望から希望へ転換する様子が感動的で、読者に希望を与えるメッセージが込められているのがよかった。


 五感の描写をさらに強化することで、物語により一層の臨場感を持たせることができるかもしれない。それこそ、みっともないくらいに泣きわめき、思わず引いてしまうほど無様な醜態を描いてから、拳を握りしめつつ、腹ばいになっている状態からユカに張り付いた体を引き剥がすごとく、全身を震わせながら顔を上げて絶望から這い上がっていくさまを描いたらどうかしらん。

 主人公以外のキャラクターの描写が少ないため、半年間付き合っていた彼女の背景や感情をもう少し描いたら、全体の厚みが増すのではと想像する。

 とはいえ、本作は感情豊かで内省的な作品として、読み手に深い印象を与える出来である。

 タイトルが良かった。

 失恋し、絶望した主人公の現状が、落ちた林檎が止まる場所だろう。これい以上落ちようがないのだから、ここからは這い上がるだけ。希望を感じる読後だった。

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