たまごの女
たまごの女
作者 中尾よる
https://kakuyomu.jp/works/16818093073493938240
卵を割ったときに現れた女性はたまごが好き。主人公もたまごを食べてたまごとなり、キスをして彼女の中に入る話。
SFかしらん。
いろいろな解釈の余地があって、面白い。
主人公は、男性。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順位書かれている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
ある朝、目玉焼きをしようと卵を割ると、長い黒髪、成熟した身体。背は僕よりも、少しだけ高い女性が出てきた。主人公の家に住み着いた女性は、たまごが好きでたまごになりかけていたところを邪魔されたと語り、見返りよと言って朝昼晩、冷蔵庫のたまごを食べている。おかげで三日に一回は買いに行かなくてはいけない。
彼女の三度の食事はたまごだけ。それ以外の食事は一切しない。
ある日、スクランブルエッグを食べていた彼女の舌が、スプーンからたまごを受け取りきれず、唇からこぼす。思わず彼女の口に唇を寄せ、半熟のたまごを彼女の口元から吸い取る。
彼女はなにするの、あなたはたまごじゃないという。
彼も、彼女と同じくたまごだけを食べるようになる。
ある朝、身体が濡れて、溶けそうに柔らかい。気づくと、隣に彼女が横たわって主人公を見ている。キスをしていいかたずねると、いいと返事。とうとう彼女の愛するたまごになったのだと悟ったとき、主人公は彼女の中に入っていった。
彼女と会ったのは二年前という謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どうか変わり、どんな結末を迎えるのかが気になる。
書き出しのテンポが良い。
遠景で「彼女と会ったのは二年前だ」と現在を語り、近景で「ある朝、目玉焼きでも焼こうと卵を割ったら、その中から現れた」と二年前の話をはじめ、心情で「長い黒髪、成熟した身体。背は僕よりも、少しだけ高かった」どのような女性かを語っている。
主人公は、朝食を食べようと目玉焼きを作ろうとしたら、女性が出てきたため、目玉焼きが食べられなくなってしまった。しかも毎日卵を食べる彼女のおかげで、たまごを買いに行かなくてならない可哀想な状況にある。
ありえない状況にもさほど動じることなく、たまごから出てきた女性が住み着いても、一緒に食事をするなどの寛容さを持ち合わせているところに、懐の大きな人間味を感じる。ともかく、異性と小津性することになった主人公に、読み手は共感を持つだろう。
物語はシンプルで直接的な言葉を使いながら、深い意味と感情が込められている。会話を通じて登場人物の性格や、動機を描くことで、より深みを増しているところが特徴。
長い文にならないよう、五行程度にまとめて改行し、一文を短く、ときに口語的で、短文と長文をリズムよく使っている。
独特な視点と、キャラクターの感情をうまく描写しているところが、本作の強みだろう。彼女の見た目の描写、とくに食べる描写はこだわって書かれている。
五感の描写では、視覚や触覚、味覚を用いて、彼女のたまごへの愛情と主人公の彼女への憧れを感じさせている。「たまごを食べている時の彼女は、本当に美しかったし、なんだか艶かしかったからだ」という表現は、視覚と味覚を組み合わせ、彼女のたまごへの愛情と主人公の彼女への憧れを強調している。
彼女の見た目の描写は、最初は「長い黒髪、成熟した身体。背は僕よりも、少しだけ高かった」と簡素なものだった。
一緒に過ごし、彼女の食事シーンで「彼女はいつも、とても美味しそうにたまごを食べた。(中略)口紅を引いたような紅くて分厚い唇で、たまごに触れ、その舌で絡め取る。飲み込んだ後、その白い喉仏が動くのを、僕はいつも見つめていた」とよくみた描写となってから、「彼女は朝も、昼も、夜も、たまごを一つ食べるだけだったけれど、全く痩せてはいなかった。その胸はいつも、下着から溢こぼれ落ちそうだったし、きゅっとしまったお尻は、今にもジーンズをはち切りそうだった。そのくせ腰は括れ、手首も足首も驚くほど細い。黒い髪は、油でも塗ったのかと思うほど艶やかで、綺麗だった」と、具体性を増している。
視覚は、人物がなにに意識を示しているのかを表すもの。
主人公は彼女に興味をいだいていることを示す描写がされているから、後半、キスをする行動へと移していくのは、予測しやすかったと思われる。
下世話な表現をすれば、彼女を食べたいというおもうようになったのだろう。
主人公の弱みは、彼女に完全に夢中になってしまい、自分自身を見失ってしまうこと。
はじめは、たまごから女性が出てきたことに驚いただろうが、冷静に見れば異様である。だけど、主人公は出会ったときからおそらく、彼女に夢中になってしまったのだ。彼女に魅力を感じ、惹かれて食べようと思うも、彼女のたまごへの愛情に引き込まれ、最終的には自分自身がたまごになるまで彼女を追い求めてしまう。
つまり彼女の魅力に圧倒された主人公は、服従し、食べられたいと思うようになったことを説明ではなく、彼女と同じようにたまごだけを食べる行為で示していると考える。
読後、タイトルを読みながら、いろいろな解釈の余地があるところに、本作の魅力があるのだと感じた。
アイドルや俳優、お笑い芸人、アニメや漫画のキャラに推しをするのも同じ。相手に魅せられ、興味を持ち、知れば知るほど好きになるも、度が過ぎて一線を越えると自ら自身を差し出し服従し、相手に飲み込まれてしまう。そのことを、SFをつかってうまく描いているのだと推測する。
推し活も、本人は好きでやっているかも知れないが、見方をかえれば、相手に搾取されている。当人はそれに気付いていない。
読者によっては難しいと思うかもしれないし、受け捉え方がちかうかもしれないが、本作の独特さが魅力の一部であるのは間違いない。
今年はたまごが高い年。主人公の家系は大変だったのでは、と気になった。
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