深淵と恋をする
深淵と恋をする
作者 天井 萌花
https://kakuyomu.jp/works/16818093081458937810
鞠亜が失恋を経験し、中庭にみつけた深淵に飲まれ、恋心をなくす話。
現代ファンタジー。
ちょっとダークでホラーな感じ。
三人称、鞠亜視点と神視点で書かれた文体。鞠亜の内面的な感情や思考が詳細に描かれた現在形。ラストは、主人公の友人視点となっている。現在、過去、未来の順に書かれている。
ジャンルはホラーとあり、怖いミステリーはホラーになる。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の鞠亜は一年近く、サッカー部のキャプテンをしていた子に片思いをしていた。バレンタインデーに告白しようと思っていたが、窓の閉め切られた教室の中で他の女性からの告白を受け入れてしまうのを目撃。その衝撃から逃れるために、彼女は学校の中庭にいく。来たときはたしかに水などなかったはずの人工池に、渡そうとしていたとこの入った箱を落としてしまう。覗き込むと、深淵豊部にふさわしい奈落があった。深淵に覗かれていると感じ、チョコを拾わなければという思いとともに強く惹かれ、飛び込んでいく。
沈んでいく感覚、体が動かず、心地よい闇に身を預けて目を開けると、再び中庭に戻っていることに気づく。池の中心に――花の蕾のようなものが浮かんでいるのが見えた。ぷっくりと膨らんだ桃色の蕾が、ゆっくりと花開いていく。その姿をはっきりと見せる前に、深淵に沈んでいった。その場を後にすると、池いっぱいに溜まった闇は、かさを減らしていった。
学校を休んでやろうと思っていたのに、翌日は普段通り登校。その後、彼女は友人との会話し、「そんなに気使わないでよ。凹んでないから」と返す。あんなに好きだったのにと言われても、底の見えない、深い深い瞳の奥には――どれだけ探っても、鞠亜の瞳をじっと見つめていた友人が、静かに目を逸らす。恋心の花弁すら見つけられそうになかった。
二月の空気はからっと乾いていて、ひたすらに冷たさを抱いている謎と、主人公の鞠亜に起こる出来事の謎が、どのように関わり、どんな結果となるのかが気になる。
冒頭の書き出しはよく考えられている。
作中のお話はいつなのか、どんな様子なのかを遠景と近景で描いた後で、主人公の心情であるため息が吐かれる。これで、溜息をつかなくてはいけないことが起こったことが、自然と読み手に伝わる。
しかも、書き出しの状況は、タイトルとは反対にあるだろう。
「深淵と恋をする」とあり、深淵がなにかは、読み出した状況ではわからないけれど、恋をするということは、冒頭ではそうではない状況を表していると想起できる。
実際に、読み進めていくと、好きなサッカー部キャプテンがいてバレンタインデーに告白しようと思っていたら、べつの女子から告白されて結ばれてしまい、失恋してしまったことがわかる。一年近くも片思いで、告白するためにチョコmで用意していたのに、実に可愛そうなところに、共感してしまう。
読みやすいよう改行をしたり句読点を用いたり、地の文の間に会話を挟み、ときに口語的で長文と短文で、テンポとリズムを作り、直接的な感情や緊張感を伝えている。
五感の描写では、視覚的な描写が豊かで、主人公の感情や周囲の様子がくわしく描けている。聴覚や触覚の刺激をつかって、寒さや箱を落とした様子、彼女が深淵に飛び込むシーンで感覚的な描写がされている
主人公である鞠亜の弱みは、彼女が自分の感情に直面することができないこと。
彼女は失恋の衝撃から逃れるために、現実から逃避する行動をとり、深淵を覗き込み、恋心の花を失ってしまう展開になる。
告白しようとしていた主人公が直面している問題や葛藤を描写することで、主人公が逃げ出し、落としてしまったチョコの箱を取ろうとするのは予測しやすい。
でも、その後に起こる予想外であるため、深淵から出てきた後の展開には、驚きと怖さを感じる。
魅力は、鞠亜の内面的な葛藤と、彼女が直面する問題が興味深く描かれているところが魅力的で、失恋から深淵に落ちた経験を通じて変わってしまったことにも、驚かされる。
深淵を覗き込んで飛び込む場面で考えすぎなのでは、と考えてしまう。深淵から中庭に戻る過程があっさりというか、入って目を開けたら深淵の外にいたのは不思議だった。彼女の良心というか、心は深淵に囚われてしまい、身体だけ返されたことを表しているのかしらん。
恋とは、心此処にあらずといった状態であるため、サッカー部キャプテンに失恋した彼女の心が無いラストの状態は、ある意味恋をしているといえるかもしれない。その相手が深淵なのだろう。
深淵とはなんなのか。怪異なのか。それとも、彼女が失恋という行為から自己を改革して立ち直っていく様子を比喩的に描いたものか。このあと、彼女はどうなっていくのか。人を好きになることはあるのか、あるいは深淵の虜となってしまうのか。その判断は読者に委ねられているのだろう。
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