四年ぶりの歌声を。

四年ぶりの歌声を。

作者 咲翔

https://kakuyomu.jp/works/16818093075712209354


 合唱部の星野先輩と後輩の古賀は、コロナ禍で失われた青春を語る話。


 現代ドラマ。

 コロナ禍を振り返り、新しい今を作り出していく。

 実にいい作品。


 主人公は、合唱部の後輩、二年生の古賀。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 コロナが世界中に蔓延し、「不要不急」「自宅待機」「三密を避けよ」と叫ばれ、学校は休校しイベントも取りやめとなった空白の時間がはじまって四年が経過した。

 合唱部の星野は、中二から中三になる時の全国一斉休校を経験、Nコンもその他コンクールも全部中止。不完全燃焼で引退した。第一志望の高校に入るも、看板行事だった合唱コンクールは二年間開先を見送り、修学旅行の行き先も沖縄から京都に変更。部活のコンクールも縮小気味となった。コロナの影響か、合唱部の部員数は最盛期と比べて半分にも満たない。ようやく復活した合唱コンクールも、やるのはクラス合唱だけで学年合唱は先送り。行事ごとの校歌斉唱も、コロナになってからは省略されてきた。

 今年度になって、いろいろと元の形に戻りつつある中、星野は卒業式をひかえる三年生となっていた。

 三月はじめのある日。

 二年生の古賀は担任から、出席する二年生だけで、卒業生入場と式中、退場、校歌も含めて四曲、卒業式で合唱を歌うと言われる。

 夕方。マスクをはすして合唱部の部室にやってきた星野先輩は、鍵当番で残っていた後輩の古賀に「もう、わたし卒業なんだよ。早いよね」という。マスクの話となり、「高校生活の最後くらい、素顔で過ごしてもいいんじゃないかって」とコロナ禍を振り返る。中学三年生の頃を思い出し星野は、青春を持っていったコロナにバカヤローと叫ぶ。

 古賀は卒業式で歌うことを星野に伝えると、「四年ぶりだね、そんな大人数で合唱するの」泣きそうな顔をした。「わたし、また静かな卒業式なのかと思ってた。ちゃんと歌ってもらえるんだね。卒業生も在校生も一緒に歌えるんだね!」

 先輩は合唱が好きなんだと知った古賀は、青春をコロナと過ごさなければならなかったのは苦しかったに違いないと思いを馳せる。

 卒業まで残り二週間、自分たちは頑張ると伝えると、「さすが合唱部副部長。期待してるよ」といわれる。「卒業生の中で一番大きな歌声を出してくださいね。先代部長?」と返し、古賀はマスクを外す。「久しぶりに学校というものの匂いみたいなのを感じました」

「なにそれ」先輩が笑った。

 少しずつ変化しながら、少しずつもとの形に戻っていく。マスクと共に送る学校生活も、完全には終わらないかもしれない。それでも奪われた卒業式での合唱が帰ってきた。青い春の音を奏でるために、精一杯、感謝と祈りを込めて歌いあげると古賀は、静かに誓うのだった。

 

「もう、わたし卒業なんだよ。早いよね」といセリフの謎と、主人公に起こる様々な出来事が、どんな関わりをして、どういう結末を迎えていくのか気になる。

 本作は、まさにコロナ禍で失われた「青春」について語られている。世界中に蔓延し、だれもが経験したことだけれども、受けた影響は、大人よりも子供のほうが大きかったと思う。

 当事者である高校生が体験を踏まえて思いを綴るからこそ、本作に価値や重みがある。


 星野先輩は、高校三年生であり、元合唱部部長。中学二年から三年にかけてコロナが起き、その後青春を振り回されてきているので、悲しくも切ない。その苦しみや悲しみをもちながら、後輩の古賀とほほえみながら話をしているところに人間味を感じ、共感してしまう。

 先輩の容姿も、簡単に説明されているところがよかった。「可愛らしいボブヘアの髪を揺らして、口元に微笑みを浮かべて」

 会話の流れから、マスクしているのがわかる。登場したときに描写されていないのは意図的であり、作品にとって大事なアイテムだからだろう。


 本作品は、後輩の古賀視点から語られ、登場人物の動きを示す書き方をしているので読みがいがある。

 日常的な会話と内省的な語りを巧みに組み合わせているのがいい

 コロナ禍という現実的な背景を持ちつつも、青春の営みと感情の揺れ動きを繊細に描いているのもよかった。

 長い文にならないよう、三行くらいにとどめ、行変えをしている。句読点を入れたり、ときに口語的にしたり、短い文と長い文を使って文章にリズムとテンポを作り、感情を揺さぶっている。

 会話から、養生人物の性格がうかがえるのもいい。

 五感の描写では、視覚、聴覚、嗅覚に焦点を当てた描写がされている。「夕日の差し込む合唱部の部室」「明るい声が響いた」「久しぶりに学校というものの匂いみたいなのを感じました」など。

 

 主人公の弱みは、自分の感情を直接的に表現するのが苦手なことだと考える。

 先輩との会話で、主人公が自分の意見をはっきりと述べるのをためらう場面がみられる。同じようにコロナ禍を過ごしてきても、先輩と主人公は学年が違う。

 先輩はコロナとともに青春を過ごし、もとに戻りつつある中、卒業していく。主人公にはまだ、あと一年ある。コロナ前のように青春を送れるかもしれないが、先輩はそうではない。

 そういうことがわかっているから、直接的にいえない。そうしたところに、深くドラマを描けたのだろうと考える。


 マスクを外すところで主人公の感情や思考の変化をもう少し示したら、より鮮やかになる気がするけれども、本作は実にいい。

 最大の魅力は、現実的な題材を取り扱いつつ、青春の繊細さと美しく描いているところだと思う。登場人物の感情や考えも丁寧に描かれていて、読み手は二人の心情に深く共感できる。

 合唱部だけではなく、すべての部活、卒業していく人、送る人にとっても刺さるような作品だし、出来だと思う。

 卒業式に、彼女たちの歌声が響き合う姿が浮かんできそうだ。

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