冬を吐く

冬を吐く

作者 孵化

https://kakuyomu.jp/works/16818093078833963730


 僕は、冬を吐く彼女と過ごした長い冬を過ごし、彼女のいない春を迎える話。


 純文学な現代ファンタジー。

 独特な世界観を詩的できれいに描いているところが良い。


 主人公は、クラスメイトの男子高校生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 かつて病室に少女がいた。彼女は「冬を吐く」特異な病気を患っており、その病気の影響で病室は常に冬の景色で満たされていた。彼女が吐き出す冬は、スノードームや冬の花、雪だるまなど、冬にしか見ることのできないもの。しかし、彼女の冬は突然終わり、彼女は亡くなった。

 彼女がいなくなった病室で、主人公は春の訪れを見つめ、彼女の吐いた冬を片付け、彼女が最後に吐いた桜の花弁を窓から放り投げる。その花弁が春の風に乗って飛んでいく様子を見て、主人公は彼女と過ごした長い冬が終わったことを実感し、彼女のいない春が咲いたことを知る。


 誰もいない病室から春先の空を眺める謎と、主人公に起こる出来事の謎が、どう関わり、どんな結末を迎えるのかが気になる。

 一人語りのモノローグであり、彼の感情と思考を直接描写し、回想であり、会話らしいものが少ない。詩的な言葉遣いと抽象的な表現が用いられており、おかげで物語の情景を鮮やかに想像することができるところが良いところ。


「季節は絶えず傾いていく時間に摩耗し、やがて死んでいく。花が枯れ、風すらいつか止むように。季節と時間と似ている。当たり前のことだ。病室から窓の外を眺める少女を見つけるまでは、移ろう季節という概念に疑念すら抱かなかった」

 ここの書き方は詩的でいいなと思う。また、長い文と短い文をつかって、リズムを変えて感情を揺さぶってくる。


 また、主人公と彼女の間の深い絆と、彼女の死による絆の終わりを感動的に描いているのも良かった。

 彼女の「冬を吐く」病気は、物語に神秘的な雰囲気を与えている。

 文章も長くならないよう、なるべく五行以上続かないように行変えをしている。一文の中に読点を入れ、読みやすくしている。

 五感の描写は、病室の清潔感、春の空、冬の景色など、視覚的な描写が物語を引き立てている。「甘い匂いのする少女だった」と、嗅覚を意識した書き方もみられる。


 主人公の弱みは、彼が彼女の病気やその結果を理解できないこと、彼女の死を受け入れることの難しさだろう。

 彼女の「冬を吐く病気」も特殊だからも加味しているかもしれない。受け入れられないことを目の辺りにするから、相手のことを知ろうとするところに、面白いドラマが生まれていく。

 冬そのものである彼女だから、春まで生きられない。

「季節は時間じゃないよ」といっていた彼女の言葉から、冬である彼女は留まっていたい、生きていたいと伝えたいたことに主人公は思い至る。


 特別な存在として、主人公の中で普遍となっていたが、そうではなかったとする展開は、彼女の病気や葛藤を描写、そもそも冒頭で誰もいなくなった病室とあるので、予想しやすい。

 冬そのものである彼女が最後、冬の花だといっていた花が、桜の花だったことには意表を突かれた。まさに予想を裏切る展開。

 彼女にとって、春の象徴である桜は冬の花だったと気付くことで、彼女をより知っていく。だが、その彼女はもうこの世にはいない。

 亡くなってから、いろいろなことに気付く。

 寒いはずの冬が暖かったのは、「僕らが冬に生きていたからだ。寒いからこそ、彼女が暖かく感じた。彼女を冷たくなど思えなかった」また、「春になって欲しくない。そう思うのはきっと、僕の我儘だ」という思い。

 彼女が冬の花だと言って、桜の花を吐いたこと。

 それらを加味すると、二人は互いに好きになり、春を迎えようとしていたのだろう。だから彼女は長い冬を終えて亡くなってしまったのかもしれない。

 

 全体的に非常にいい。

 冬を吐く病気にどうしてなったかを考えるのは、野暮だろうか。

 以前、恋をしていたが失恋した結果、冬を吐く病気になったのかもしれない。

 桜の花びらを吐いたところで、松田奈緒子の漫画『花吐き乙女』に登場する架空の病気、嘔吐中枢花被性疾患、通称「花吐き病」をふと思い出す。片思いをこじらせた結果として、突然花を吐き出すという特異な症状。吐いた花は「吐瀉花(ゲロばな)」と呼ばれ、古くから流行・潜伏を繰り返す奇病という扱いになっており、完治するためにはその恋が成就するしかないとされ、両思いになることで完治、白銀の百合を吐

くといわれる。

 けれども、本作とは全く関係ないく、作者のオリジナルだと思う。


 主人公は彼女と、一年以上もつきあっている。「一年と少しの、いつもよりずっと長い冬が死んだ」

 その間、彼女はどんな生活を送っていただろう。春も夏も秋もあったはず。最近の気候変動で暖冬さえある。彼女は溶けたりしなかったのかしらん。

 ようやく彼女の死を受け止めた主人公は、彼女のいない春をどう過ごしていくのだろう。そこは読者に委ねられているのかもしれない。

 

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