だから、なんだ。/だけど、それでも。/やっぱり、好きなんだ。

だから、なんだ。/だけど、それでも。/やっぱり、好きなんだ。

作者 咲翔

https://kakuyomu.jp/works/16818093080523717594

https://kakuyomu.jp/works/16818093080523464393

https://kakuyomu.jp/works/16818093081364292253


 剣道部に所属している三年生のわたしは、地方大会の県予選団体戦に緊張し明日に向けての準備をする話。

 地方大会の県予選で負けたことに失望するも、まだ最後の大会が残っていると思い出す話。

 最後の大会で敗北し、高校の剣道生活が終わって涙を流すも、剣道が好きな気持ちは変わらない話。


 現代ドラマ。

 葛藤と成長が丁寧に描かれていて、剣道を通じて努力や挫折、自己受容を扱っているところが良かった。

 それぞれ別に書かれた作品。

 一つの継続した話で書かれているので、まとめて感想を書く。


 主人公は、剣道部所属の女子高校三年生。一人称、わたしで書かれた文体。自分語りの自供中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


「だから、なんだ。」

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。 

 主人公は剣道部の高校三年生。決して実績のある高校ではない。全国どころか地方大会に数年、出ていない。およそ三週間前。トーナメント抽選会で引き当てた組み合わせで一回戦は、県王者の高校に決まった。

 強豪校の子たちは、剣道漬けの毎日を送っていることだろう。自分たちはそうではない。埋められないものはある。自分帯を信じ、ただ勝ちたい。試合を明日に迎えた帰りのホームで緊張する主人公。やるしかないと顔を上げて、電車に乗り込む。


「だけど、それでも」

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。 

 平凡な高校の剣道部に所属する主人公。高校三年生になった今年、引退という文字が頭の片隅にちらつく日々を過ごしている。

 普段の稽古は、相手校の選手が居ると仮定して動いていた。試合ビデオも何回も見返し、脳内シュミレーションも何度も行い、心の準備は万全。試合開始直前まで、勝てる気がしていた。

 地方大会の県予選。相手は県王者の高校。五人制で戦う剣道の団体戦で、一度も勝てず五連敗。決して自分は弱くないのに。

 相手校は、準決勝で敗退。優勝はちがう高校がさらっていった。

 準決勝、決勝を見て、もっと練習しておけばよかったと、自分の努力が報われなかったことに失望するが、ありません。主人公は自分の負けがチームの敗北に繋がったと感じ、深い後悔と自己責任を感じます。しかし、彼女はまだ最後の大会が残っていることを思い出し、再び立ち上がり、電車からホームへ駆け出す。


「やっぱり、好きなんだ。」

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。 

 高校三年生、最後の大会シーズン。地方予選県大会は、一回戦から県王者とあたり、しっかり準備したはずなのに結果は惨敗。その後、気持ちを切り替えて練習に励んできた。 

 予選に優勝をしない限り、インターハイには行けない。奇跡でも起きない限り「高校最後の試合」となる

 一回戦を無事に突破。。迎えた二回戦で、負けた。

 主人公のポジションは中堅である三番手。一人目が二本負け、二人目が一本勝ち。主人公の選択はただ一つ、引き分け狙いの「絶対に負けない」。防御を徹底して、粘って、絶対に負けないつもりだったが二本とも同じ技、鍔迫り合いという引き面――主人公も特異とする技――でとられ、二本負けしてしまった。

 その後、四番手の副将も負け、大将は引き分けというスコア。一勝しかできないまま敗退し、ベスト十六の座さえ逃した。

 今度こそは、最後こそは笑って終わろうねと約束したのに、涙が溢れた。「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるならば、それはまだ努力とは呼べない」を正しいと思ってきたが、悔しい負けをして三年間を終え、報われない努力もあると知る。

 だが、後悔していない。費やした日々は楽しかったと心から思っている。どうしようもなく剣道が好きなんだと気付いたから。


「だから、なんだ。」では、どくんっ、と心臓が跳ね上がるところ、「だけど、それでも。」では、カタタン、コトトンと線路の上を列車が滑っていくところ、「やっぱり、好きなんだ。」では頬を生温かい雫が伝うところ、といったそれぞれの謎と、主人公に起こるそれぞれの様々な出来事がどのように関わり、どんな結末をむかえていくのかが気になって、読み進めていく。


 三つの物語は個別に公開されているが、剣道部の高校三年生である主人公が地方大会に向けての緊張や敗北、自己反省、再起を経験する様子が順々に描かれている。

 主人公は剣道部の高校三年生で、高校生活最後の剣道部の試合を控えている。地方大会の一回戦相手は県王者の高校にあたってしまう厳しい状況から可哀想だと感じられ、大会の前の緊張を感じたり、地方大会の予選や最後の大会に負けて涙するところに人間味を強く感じられ、思わず共感してしまう。


 ストーリーはとても素晴らしい。

 読者は主人公の感情を共有し、彼女の経験と感情に共感する。

 それぞれの物語のラストは、強い印象を与え、考え続けるきっかけを与えてくれている。

 文体は直接的で詩的。主人公の感情と思考をリアルに伝えられている。剣道というスポーツを通じて、主人公の成長、挫折、再起を描いているのが特徴。

 一文は短く、適度に行間をあけられ、ときに口語的で、長文と短文をつかいながら感情の揺れ動きを描けている。

 五感の描写は視覚、聴覚、触覚の描写が豊かで、読者に物語の世界を具体的に感じさせてくれているところが良い。例えば、「心臓が跳ね上がる」「竹刀袋をギュッと握りしめる」などの描写は、主人公の緊張感や決意を強く伝えている。

 

 主人公の弱さは、それぞれ異なっており、最初は彼女の不安と緊張感。次に彼女の失敗と自己疑問。最後は、彼女の失敗と悲しみに現れている。

 剣道でなくとも、部活の大会、あるいは試験といった結果で競うものに参加したことのある人なら、感じたことのある感情であり、自分の中にある弱さと向き合ってどうやって乗り越えていくのかは、面白いドラマには欠かせないだろう。

 本作は、相手を倒して勝つという単純な構図だから、読者は主人公に勝ってほしいと願う。また地区大会予選に負けた後は、最後の大会が残っているため、失敗から立ち直る過程から、最後は負けないでと強く願うだろう。また、最後では、負けたけれどもそれでも剣道を好きだと至る姿に感動を得る。

 だからこそ、読み手は共感し、より深く感情移入してしまう。そういうところが、お話としてもよかった。

 

 主人公の弱さと葛藤が、物語全体を通じてよく描かれているところがいい。彼女の過去の経験と現在の感情が、彼女の行動と感情に影響を与え、物語に深みを加えているので、読者は主人公が次にどんな行動を取るのか、予測しやすかった。

 だから、最後の大会には奇跡が起こって勝つかもしれない。

 そんな淡い期待を抱かせる。

 結果は、読者の予測を裏切る結果であり、ある意味予想内でもあるため、主人公と同じように落ち込んでしまうかもしれない。でも、主人公は自分の努力を認め、報われない努力もあると知り、それでも剣道が好きだとなる展開は予想外で、興奮と驚きを感じられる。


 試合で、「剣道の団体戦は、五人で戦う。五試合終わった後、勝数や取得本数が多いほうが勝ちとなる仕組みだ。ただ単純に三勝すればよいのではなくて、団体戦には『引き分け』があるから、相手より一勝でも多く、あるいは勝数が同じ場合は相手校より一本でも多く取っていれば勝ちとなる」と説明されているおかげで、剣道にくわしくない人もわかるし、勝ち抜いていくための戦略や駆け引きも団体戦には大切だと知り、作品に現実味が増すとともに緊迫感も生まれ、読み応えがあってよかった。

 同じように、地区大会予選についてや、県王者の高校のことも、詳しい説明が加えられていると、さらに良くなったのではと考える。


 タイトルの付け方がいい。センスだと思う。大事にしてほしい。


 主人公が剣道に対する情熱や葛藤を説明するところは、もう少し短くしても伝えられるのではと考える。

 そのかわり、主人公の感情の変化を具体的に描写をくわえたら、さらに深く共感できるかもしれない。

 ラストで、主人公はそれでも剣道が好きなんだと、自己受容にいたるけれども、「努力が報われなくっても――この三年間を剣道に費やして良かった、楽しかったと心から思っている」に至るまでの具体的な行動や変化を描写で描かないと、読み手は物足らないというか不完全に感じるかもしれない。

「だから、なんだ。」では、主人公が竹刀袋を握りしめるシーンが二回出てくる。一度だけにしたほうが緊張がより伝わるのではと考える。読者は以前の出来事を覚えているものだから、同じ場面をくり返しだすと効果が薄れかねない。二度目は、防具袋を担ぐ様子に工夫して、見せ方を変えてみるのはどうかしらん。

「だけど、それでも。」では、県王者の高校相手に主人公がどのように必死に戦ったのか、具体的な動きや場面、姿が描かれていると、より理解できたのではと考える。

「やっぱり、好きなんだ。」では、主人公が友人からの慰めの言葉を受け取る場面で、友人の反応や感情をもう少し描くと、物語はより豊かになる気がする。

 さらにラストで、主人公が自己受容を経て、今後どのように行動するのか、どのように変わるのかも具体的に描くことで、結末がよりはっきりしていくと思う。高校三年生なので、次は受験勉強を頑張ることになるので、受験では努力がむくわれるように頑張ろうとする姿を感じさせたり、みせたりしてもよかったのではと想像する。

 受験に限らず、次こそは、報われる結果を掴むことを切に願う。

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