ユークロニア

ユークロニア

作者 ミコトノリ812

https://kakuyomu.jp/works/16817330664318238735


 時間のない国「ユークロニア」で、主人公が人間の衰退と機械の台頭に直面し、友人アクトが残した言葉で、人として生きる尊厳を取り戻す話。 


 文章の書き方云々は気にしない。

 SF。

 人はどう生きるべきかの答えを一つ、気づかせてくれている。


 主人公はトリック・スター。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 時間のない国ユークロニアは何でも揃っているため、人間は仕事を機械に任せ、遊ぶようになった。その結果、人間は廃人化し、機械は自己進化を遂げていく。ニ兆人いた人類も、五百億人まで減り、機械は人類の二倍に増え、人間を不要にしていく。

 主人公の親は、これに対抗するために反抗集団「レジスト」を作りあげる。堕落に立ち向かわなければならないと、本能が告げる。主人公は、猫を守ろうとして死んだ親友「アクト」の口ぐせ『相手に立ち向かう時には仲間を捨てるんじゃない。自分を捨てるんだ』を思い出す。彼が残したボイスレコーダーは、認証コードが必要で聴けなかった。

 人類が減っていく中、アクトの言葉は何だったのか考えるようになり、十億人を下回った頃、レジストは国外へ脱出計画を実行する。エネルギーシステムを一時的に停止させ、おとり用の機会を使って、逃げる方向と反対に機械をおびき寄せ、その好きに脱走する計画だった。が、逃げている途中、徘徊していた機械と鉢合わせてしまい、人類は捕まってしまう。

 人類は機械たちのペットにされていった。自分だけ逃げようと必死に走り、アクトが守った猫に出会う。猫の鳴き声が、形見のボイスレコーダーに反応し、『相手に立ち向かう時には仲間を捨てるんじゃない。自分を捨てるんだ。なんかこれ言うの恥ずかしいな……。まぁ何事も行動。【act】ってな。まぁ頑張れよ!』懐かしい友の言葉を聞く。

 自己の存在と人間の価値を再確認すると、猫に礼をいい、引き返してレジストの一員として仲間を助け、逃がす。自分は捕まり、牢屋に入れられる。

 

「何でも揃いすぎている。そのため何もかもいらなくなった国」という謎と、主人公に起こる様々な出来事が、どう関わり、どんな結末にたどり着くのか、大いに気になり興味を持って読み進める。


 ユークロニアは、「時間のない国」や「時が止まった場所」を意味する。ユートピア(理想郷)とクロノス(時間)を組み合わせた造語であり、時間が止まった理想社会を表現している。

 一部の文脈では、空中に浮かぶカラクリ仕掛けの街として描かれることがある。この街は城を中心に形成され、城下街、中街、端街の3つの区画、「大樹」によって統治されているとされる。

 

 主人公を含めた人類は、機械により滅亡の危機にあった。機械は便利な国にしてくれたが、遊び呆ける人類は廃人となって人口減少していく。現状を打開すべく、レジストを作った人を親に持っている存在であり、自身をトリック・スターと呼んでいる。

 親友アクトがいて、レジストの仲間もおり、人間味もある。


 一人称視点で書かれているので、主人公の内面的な葛藤や感情が生々しく描かれている。

 五感の描写として視覚はもちろん、聴覚や感情を鮮やかに描き出している。「光を超えたようだった。この感覚は忘れないことだろう」「遠くから機械の近寄る音がしてきた」など、主人公の体験をリアルに伝えているところがいい。


 主人公の弱みは、自分自身と人間性への疑問と不安。

 彼は、自分の存在意義や人間の価値について深く考え、時には自己否定に陥る。それが彼を成長させ、最終的には自己犠牲の決断を下させ、物語を面白くしている。

 正義頑張れ、悪滅べという戦いの構図を用いているので、感情移入しやすい。

 主人公の目標を明らかにし、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写しているので、どんな行動を取るのか、予測しやすい

 ただ、脱走が失敗に終わる展開は予想外で、悪とは機械ではなく、堕落して自分のことしか考えていない生き方だと気づく展開に、驚きを感じるし、そこが良かった。

 

 SF世界を描いているが、読者層でもある十代の若者にも関わりのあるように共通点が盛り込まれているのもいい。

 冒頭の、「ここは元々いくつかの小国が集まり作られた国で、歴史が進んできた。歴史が進むごとに自分たちの不安が少なくなりやることもなくなっていった。人間はますます機械に仕事を任せるようになり廃人になっていく。しだいに機械は自分たちの力だけで新しいものを作り出すようになり、ますます不要になった人間は少しずつ退化していった。初めはそれでも幾許かいた『仕事をする』人間も今となっては九十八パーセントが廃人と化してしまった」の前半部分は、まさにわたしたちが生きている世界の成り立ちそのものである。

 AIをはじめ、便利な機械を利用することで、人類の仕事が減っていき、誰もがスマホ片手にネットに繋がりながら大なり小なり好きなゲームや動画を見て、引きこもり、退化し、廃人となるものもいる。

 日本だけではなく、先進国をはじめとして未婚率増加と出生率低下が起きている。

「人間は楽する方に行ってしまうから駄目だ。自分たちが得になることばかりで、相手のことを考えないのが駄目だ。人間は嫌なことと向き合うことをやらないから駄目だ。刻一刻こんなことを言っている間にも人類は死んでいく。今すぐ向き合えとは言わない。いや。言えないのだ。私もそっちの方に行きたくなってしまう。堕落へと進む人が羨ましいと思ってしまうときがあるからだ。しかし『それに立ち向かわなければならない』と本能が告げている」

 誰しも覚えがあるだろう。

 やらなければならい勉強や宿題、仕事があるのはわかっているけれども、ちょっと息抜きや気晴らし、後でやればいいからとサボる理由を作っては避けてしまうことが、一度や二度、それ以上かもしれないけれど、体験しているはず。


 時間のない、時の止まった国ユークロニアに対して、友人アクトは「ACT」。一般的な意味としては、何かを行うこと、行動や行為を指す。

 それぞれ対する言葉であり、主人公の選択は、時を動かすために行動したとも取れる。

 

 アクトの言葉はわかりにくく、もう少し説明があれば、理解しやすいかもしれない。

 群れで行動する人類は、一人では生きていけない。

 怖いときは逃げてもいい。だけど、ここぞというところで身勝手な振る舞いをすることは、逃げになる。一度逃げれば、逃げ癖がつく。そんなことに功を誇って悦に浸っても、我執が強くなるだけ。

 主人公は、仲間を助け、逃がす仕事を自ら選び取った。

 機械のように、誰かに命じられたのではなく、親友アクトの想いを受けて、気づかせてもらい、人間として働いたのだ。

 物語の結末があまりにも悲劇的で、主人公の努力が報われない点が、読み手には物足りないように思えるかもしれない。

 でも、彼は自分の仕事、他の誰でもなく自分にだけしか生きれなかった人生を、精一杯生きたのだ。

 天使が導いてアクトと猫に会わせ、よく頑張ったねと褒めてもらえるかもしれない。そんなことを感じさせる終わりに、救いを感じる。


 

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