自分探しの旅

自分探しの旅

作者 月影 弧夜見

https://kakuyomu.jp/works/16818093078147328829


 没頭できるものがない男子高校生は、SNSでみた自分探しに興味をもち、友人タクヤにどんな旅なのか聞くと、とりあえず空を見ろと言われ、天の川を見て海は広がっていることに気づき、興味あることもないことも、どんなことも調べ尽くそうと徹夜覚悟でスマホを弄り始める話。


 現代ドラマ。

 無駄と思える眠らない夜を重ねて、大人になっていく。

 誰もが過ごす何気ない瞬間を、うまく描いている。


 主人公は男子高校生。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継、独白のように綴られている。

 

 女性神話と、メロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 小学生の頃は、友達と一日中駆け回っていたガキだった。男子高校生の主人公には、確固たる芯がなく、大学進学の選択肢すら失い、就職先を決めるのも難儀していた。

 七月二十二日、日曜日。午後二十一地八分。人付き合いはそれなりにいいけれど、没頭できるものもなく、自分が何者なのか、悩んでばかり。昔を思い出すと切ない気持ちになる。

 SNSに『自分探しの旅に出ます!』と自撮りを上げている中年の書いた一文「旅に出よう、オールで漕いで。」に惹かれてしまう。

 自分探しとは何をするのか、考えてもわからない。SNSをつかて友達のタクヤに「自分探しの旅って、どんなものか知ってる?」と聞くと、語字まじりに知らないと返事が届く。珍しいと書かれて、確かにと思いながら、知っているなら教えてほしいと尋ねると、『とりあえず空見れば?』保健の教科書に『空を見れば、その宇宙の大きさに、ちっぽけな悩みでも忘れてしまうでしょうつって』書いてあったと教えられ、『まーなんか試してみるのもありじゃね?』といわれて試してみる。

 夏の大三角が見え、小学生の頃を思い出して悲しくなる。

 天の川が見え、織姫と彦星が出会う七夕で、願いがかなったことが一度もなかったことを思い出す。今なら何を願うのか考えては溜息がこぼれ、ベッドに顔を埋める。息ができないのはまるで海中だと思うと、海はここにあり、旅もここにいるだけでできると気付くと、やらなくてはならない課題を後回しに、スマホで何かを検索する。無秩序に、無意味に、何かを貪るように、ただ考え尽くして、思い浮かんだものを調べていくのが『自分探し』かもしれない。何もないなら、何でも調べればいい。この先だってやらなかったことで後悔しているはず。やるべきことも、やりたいことも、やりたくないこともきょうみがないこともたくさんあるけど、それらすべてに耳を傾けよう。どんな島だろうと、一度は上陸するようにオールを漕ぐ。気分は大航海時代ではないけれど、閉塞感に苛まれ里必要はない。海は広がっているのだ。

 とりあえず、今夜は徹夜、オールだと決め込むのだった。


 夏休みに入った七月二十二日の夜の謎と、主人公を巡る出来事の謎がどんな関係を持ち、どういった展開を見せて終始するのか気になった。


 主人公は、小学生の頃を思い出しては切なくなったり、他愛もないやり取りができる友人タクヤがいたり、人間味にあふれている。また、確固たる芯がなく、大学受験の選択肢を失い、就職先も決めかねているはずれ者なところがあり、可哀想な状況にある。そんな主人公だから、気になって共感をもってしまう。


 いいところは、主人公の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれているところ。おかげで、読者は共感できる。

 長い文にせず、短く読みやすく、ときに口語的で、友人とのSNSのやり取りに用いられる文章も、現代の高校生らしさと性格を感じさせる。

 星座や天の川なども、シンプルながら具体的な描写が、情景を鮮明に思い浮かばせている。タクヤとのやり取りがリアルで、キャラクターの個性がよく表現されていたのもよかった。

 読者層も、主人公と同じ十代の若者を想定し、必ず将来の進路、進学や就職することを決めなくてはいけないといった読者層の境遇に近づけて描かれている。さらに、自分の生き方を自分で見つけ出してほしいと読み手に抱かせるよう、努力の過程、構図が描けているので、感情移入できるだろう。

 視覚情報の描写があるのはもちろん、他の五感には、触感の刺激情報が描かれている。視覚以外は意図しなければ書けないので、読者に共感してもらおうと意識して取り入れられている。

 ベッドにうつぶしたときの感覚描写は、重要な気づきの場面であり、主人公がいきいきしているように感じられた。


 自分探しという普遍的なテーマが、読者に考えさせてくれている。

 おそらく、主人公は高校三年生。

 最後の夏を迎えているのだろう。

 一年生ならば、素行がひどすぎるか家庭の事情が関わってこない限りは、「確固たる『芯』がないもんだから、大学に行こうというのは、その選択肢すら消滅していた」とはならないだろう。

 比較対象として、「『自分探しの旅に出ます!』とか言って、SNSに朝日と共に自撮りを上げている中年」を用いているところもよかった。

 人は、意識したものが視覚に入るという。

 いまの主人公は、SNSの中年のように自分を探さなくてはいけないほど、自分というものがない状態なのだ。

 いまのまま何処かに就職して働いたとしても、このSNSにあげられている中年男性のように、自分がないまま大人になって、中年になって自分探しをするかもしれないと、無意識におもったから妙に惹かれてしまったのだと考える。


 最後のオチが効いている。

 作品の中にオチはあるもの。本作のように、書かれている題材から選ぶのがちょうどいい。漕ぐためのオールと、徹夜のオールをかけて、用いている。

 主人公にとってスマホ検索するのは、SNSでみた自分探しにでかける中年男性が「旅に出よう、オールで漕いで」の行為そのものだから。

 

 自分が何者なのか。

 そんなことがわかって生きている人は、少ない。

 何者かわからないから、肩書きを求めて、大会で有名になろうとしたり、人から目立つようなことをしたりする。大学進学も、就職先も役職も、肩書きであって自分が何者なのかの答えにならない。

 それらは、いずれ卒業して「元」が着くものだから。

 何者なのかとは、死が訪れるそのときまで変わらないもの。

 だから、答えは簡単。

 私は、私。

 俺は、俺。

 僕は、僕。

 自分は、自分になるために生きている。

 自分にしか出来ない生き方、やり方をする。

 そうすれば唯一無二の存在になれるだろう。

 もし、自分自身に呼び名がほしければ、自分でつければいいのだ。

 


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