梅雨の日の供述
梅雨の日の供述
作者 まくつ
https://kakuyomu.jp/works/16818093080339435421
高校三年生の梅雨に体験した出来事が動機だと語った、連続殺人・死体損壊事件容疑者、蕗屋幻生の供述録取書の抜粋。
怖いミステリー。
ホラーではないのだけれども、展開に驚かされる。
主人公は蕗屋幻生。一人称、私で書かれた文体。ですます調で、自分語りの実況中継で綴られている。
面白い作品には、どきり、びっくり、うらぎりの三つの「り」があるといわれるが、本作はまさにそう。
女性神話の中心軌道にそって書かれている。
高校三年生の七月はじめの梅雨。大雨の中、かっぱを着て自転車通学中、雨宿りをしようと途中にあった個人営業のコンビニに立ち寄る。なにかお菓子でも買おうと思ったが、得体のしれないものが量り売りされていた。『ヒトフクロ200円』のビスケットのようなものを選んでレジへ行く。無愛想な店主にお金を払うと、薄さ村らいを見せ、レシートを握らせようと手を掴んできた。合気道をしていたため、手を振りはろうとするもできず、店主の横っ腹に蹴りを入れるも、気づけば雑草に覆われた空き地に立っていた。リュックや自転車もなくなっていた。あの店主は化け狐みたいな妖の類だったのだろう。買ったビスエットのようなものを口にいれると、神のような味わいで、ただただ素晴らしく、この世の料理はすべて腐っていると思えた。以来、料理の道に踏み出す。『人、袋二百円』これが、料理人になった動機だと、連続殺人・死体損壊事件容疑者、蕗屋幻生の供述録取書に記されている。
自転車通学する高校生にとって梅雨は何よりも恨めしいものとする書き出しの謎と、主人公におこる様々な出来事の謎がどのように関係し、どんな結末を迎えるのかに興味が惹かれる。
恨めしい、という表現がモヤッとした。
平易な書き出し、それでいて読者層である十代の若者を意識して。共通点となる通学、しかも自転車通学の中で一番憂鬱にさせられる梅雨の出来事を選んでいるところに、共感しやすさがある。
たとえ読者が大人でも、自転車通学をしたことがある人や、雨の日に自転車に乗った経験がある人、あるいはそういう人をみたことがあるなら、大変さは容易に想像ができ、追体験できる。
しかも一人称で、ときに口語的に書かれている。
供述調書なので、主人公が語ったことを書き留めて、文字起こしされたものだからといった特性がある作品とはいえ、読んでいても聞き入ってしまう。
ですます調であっても、語尾が単調にならないような工夫がされていて、「~でしたね」「~のですよ」「あったな、と」読んでいても飽きない。
途中、笑いを誘うようなところもある。
「しかし雨は一向に弱まらない。これは私が弱ったなと。はは、つまらない冗談でしたな」
ここで、語っているのは大人、しかもおじさんっぽい。
そう思えると、かつて高校三年生だったときの話をしているんだと、読んでいて伝わってくる。
自然な会話が意識されていて、主人公の性格や、語られる話に現実味を感じてくる。
コンビニに入るまでの前半部分は、すんなり受け入れて読み進めていける。
五感を意識した描写がされているのが、すごく良かった。
視覚情報だけでなく、音、匂い、味、触感など他の感覚を意識的に取り入れられている。
とくに、ビスケットのようなものを食べたときの描写は、いままで食べたことのない、神のような味わいだたからこそ、何感例えるでもなく、食べたときの感覚を用いながら表現しているのが、さらに真実味を生み出しているように感じられる。
狐に馬鹿された話なのかとおもって読み進めていくと、料理人になった動機だと語られる。
「貴方たちのご質問にはしっかりと答えておりますとも。言いましたでしょう、『ヒトフクロ200円』と。おや、まだ気が付きませんか。鈍い御仁だ。こういうことで御座いますよ。『人、袋二百円』です。これでお分かり頂けたでしょうか。私が料理人になった動機が」
これを読んで、どういうことなのだろうと、疑問符が頭の中に飛び交う。最後に【2024/7/5 連続殺人・死体損壊事件容疑者 蕗屋幻生 供述録取書より抜粋】ときて、そういうことなのかとなるまで、時間かかりました。
タイトルを見て、『梅雨の日の供述』とあり、梅雨の日の出来事を語っていたのではなく、七月五日の梅雨の日に語られて取った供述だったのだ。
『人、袋二百円』がなんのことなのか、はじめわからなかったけれども、物語の全体がわかってくるとともに、あのコンビニが神か妖怪か不明だけど、人肉の加工食を一袋二百円で売られていたのかしらんと思えたとき、ようやく怖い話だなと思った。
書き出しに、「梅雨、というのは自転車通学を信条とする高校生にとって何よりも恨めしいものです」とあり、自転車通学の経験がある身としては、レインコートが邪魔だったりずぶ濡れになったり、大変な思いをしたけれども、恨めしいとは思ったことがなかったので、どうしてこんな表現を使うのか不思議だった。
でも、読んでみて、作品にぴったりな表現だと感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます