文字を書く。
文字を書く。
作者 曇空 鈍縒
https://kakuyomu.jp/works/16818093078488715693
中学を卒業する際に文芸部の林先生から万年筆を受け取った主人公が、万年筆との関わりを考える話。
衍字等は気にしない。
現代ドラマ。
描写がすばらしい。
主人公は、文芸部に所属していた女子中学卒業生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人々の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
中学を卒業する際、定年退職する文芸部の林先生は部員たちに「書くことを大切にできる道具を君たちには使って欲しい」といって、一本千円弱でやすいプラスチックケースに収められた万年筆を送った。
帰宅後、主人公はスマホをつかって万年筆の使い方を知らべる。
カートリッジ式と呼ばれるもので、動画サイトでみつけた動画を見ながらカートリッジインクを差し込むもうまく入らない。ようやくとりつけ、ノートに書いてみるも書けない。調べると、書ける向きと書けない向きがあると知り、正しい向きで使うと、柔らかな音を立てて、インクを落としていく。時々濃くなったり薄くなったり。ようやく安定してきて、万年筆を楽しむ。
書くことを大切にできる道具といった先生の言葉を実感し、キャップを閉じると、ただの筒にみえた。ノートを見て、無駄にしただけのような気がしてくる。ボールペンやシャープペンに比べて使いにくく、字を書くだけならスマホで事足りる。
最終的に、主人公は万年筆を引き出しにしまい、席を立った。
「こういう、書くことを大切にできる道具を君たちには使って欲しい」といった謎と、主人公に起こる出来事の謎が、どう関わっていくのかに興味が湧いた。
主人公は中学卒業した生徒であり、文芸部に所属していた。文芸部の顧問の林先生は定年退職するため、本当に最後のお別れをしたのだ。主人公が卒業する際、万年筆を贈られるほど、大事に思われていた存在である。(おそらく他の文芸部員にも贈ったと勝手に想像)
卒業と顧問の先生との別れ、文芸部との思い出、そういったものが万年筆には込められた、主人公にとっても特別なもの。
そのため、読み手も興味をもって読んでいける。
カクヨム甲子園は、高校生だけが参加できる。メインの読者層は、一〇代の若者といっていいだろう。参加応募者は、中学を卒業しているだろうし、定年退職をした教師とお別れをした経験をしているかもしれない。そんな読者との共通点を作品に取り込んでいるところが、物語に現実味を出している。
とくに万年筆の描写がいい。
表現と描写は非常に鮮やかで、読者が主人公の経験と感情を生き生きと感じられるところがよかった。とくに万年筆の細部までの描写は、物理的な特性だけでなく、主人公に与える感情的な一面まで捉えているのがよかった。
「白いペン軸の先端に突き出たスマートな銀色のペン先がクールだったけど、握りやすく太めに作られたペン軸はどこかもっさりした雰囲気がある」という表現は万年筆の見た目と感触を具体的に描き出し、「すーと柔らかな音を立てて、万年筆はノートにインクを落としていく」は、万年筆を使う行為の感覚的な体験を伝え、「キャップを閉じた万年筆は、ただの筒だ」は、主人公が万年筆の本質を理解しはじめる瞬間を描いている。
これらの描写は「書くことの大切さ」を強調しており、読者に深い印象を与えくれる。
視覚はもちろん、聴覚や触感の感覚の描写をよくされている。五感の情報から読み手は、自分の記憶を思い起こして追体験する。おかげで、物語の世界へと引き込まれる。万年筆を使ったことがある人は、とくに場面を想像するだろう。
一文は長くなく、ときに口語的で、比喩を用いながらリズミカルにテンポよく書かれていて、読みやすい。
万年筆を使うといった努力の過程が描かれており、読者はどういった行動を取るのか予想しやすい。でも、最後は読者の予想を裏切るようなスパイスを加えた展開に、ちょっとした興奮と驚きを感じる。
主人公の感情や思考がくわしく描かれているが、林先生についてはほとんど書かれていない。林先生が万年筆をプレゼントしたのか、背後にある動機や感情がもう少し感じられると、さらに読み手に広がりをもたせられるかもしれない。
テーマは書くことの大切さだとすると、主人公がなにか特別なものを書く場面があると、より強調されたかもしれない。欲をいえば、対話できる他キャラクターがいると、更に活気づくかもしれない。
とはいえ、すでに魅力的で読者を引きつける力のある作品。
このままで十分堪能できる、すばらしいお話でした。
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