希死念慮を攫って
希死念慮を攫って
作者 天井 萌花
https://kakuyomu.jp/works/16818093079427836144
目的や趣味もなく人生に退屈し、生きることに疲れていた加藤は、不思議な人から楽に死ねる薬をもらい逡巡していると、柚木麗亜が話しかけられ、自分のために生きてみないかと提案され、付き合うこととなり、薬を捨てる決意をするもなくなっていた話。
数字は漢数字云々は気にしない。
現代ドラマ。
ミステリー要素のある、軽めのホラーかしらん。
読み手の受け答えによって変わる。
主人公は男子学生の加藤。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の加藤は、生きる目的や夢、趣味、好きなものがなく、人生に退屈している。自分の人生に何の価値も見出せず、生きることに疲れていた。
五月のある夜、月明かりに導かれて彷徨っていたとき、不思議な人から「不思議な薬」をもらう。飲むと、苦しみなく安楽に死ねるという。彼はこの薬を受け取り、自分が本当に死にたいのかどうかを一日中考える。
放課後、教室に一人でいると、クラスで一番可愛いとされる柚木麗亜が話しかけてくる。彼女は彼が薬を見つめているのを見て、彼が死にたいのか尋ねてくる。一度はごまかすも、「君、死にたいんだ?」と聞かれて驚き、自分が生きる理由がないことを打ち明ける。
柚木さんは彼に対して、「君はまだ死なない方がいいよ」「そうやって冷静に考えてられるうちは、大丈夫。私に指図されてカッとならないってことは――まだ生きたいって、思ってるんじゃない?」と言う。そして彼女は「強く誰かの記憶に残りたいっていう、小さなしたいことがあるから」と笑って、彼に自分のために生きてみるよう提案してくる。
「付き合おうって言ってるの。私を、君の生きる理由にして?」
彼は驚きつつも、彼女の提案を受け入れる。校門まで手を繋いで会話しながら向かい、「……ちょっと憧れてたの、こういうの」彼にぎゅっと抱きついた。「ありがと。じゃあ……また明日!」笑顔を残して去っていく。
彼は彼女に惹かれ、生きる理由を見つける。人生を再評価し、生きていてよかった、もう死ぬ気はないからと、不思議な薬を捨てることを決める。捨てようとしたとき、薬はすでにブレザーのポケットからなくなっていた。
放課後、一人きりの教室にいる謎と、主人公におこる様々な出来事が、話の展開でどう関わっていうのかが気になる。
書き出しがいい。
遠景で、放課後の一人きりの教室を示し、つぎに近景で開け放たれた窓から風が入ってくる。景色との距離感を表現した後で、心情として、眠気が華から抜けていき、頭を持ち上げて息を吐く動作を描いていく。
導入の荒い状況から、徐々に具体的に、密に描かれていく。
その手始めに、「開け放たれた窓から、涼しい風と一緒に青い匂いが入って来る。心地よい風に誘われた眠気は、鼻から抜けていってしまった」と、五感の嗅覚を意識した表現がされている。
匂いのあとは、ポケットの中を探って取り出される「小さなチャック付きのポリ袋に入った、PTPシートで保護された一錠の薬」を手に持っている触感。また、「不敵に笑った柚木さんの声が、甘く耳を撫でた」ところにもみられる。
味覚の表現がないのは、主人公が味気のない日々を過ごしてきているからかもしれない。
主人公は、男子学生であり、目的も興味もなく人生に退屈しているという、最近の若者(だけではないけど)は感じているといった共通点をもち、唐突に昨夜出会った不思議な人にゆるりと死ねる不思議な薬をもらうという状況にあり、話すのは初めてだけど、クラスで一番可愛い柚木麗亜から話しかけられる。
おかげで、読者が気になる存在として描けているところも良かった。
長い文は分けているし、ときに口語的で読みやすい。自然な会話で書かれ、さりげなく人物の性格も感じられる。
柚木の人物描写も、少しずつ描き出していて、読み進めていくことで彼女の容姿がわかっていく。と同時に、彼女の話す内容も伝わってくる。
比喩の使い方もいい。
「風の噂で聞いただけー」
歌うように言った彼女が、蝋燭の火のように笑みを消す。
セリフで風を使っているので、笑みが消えた様子を喩えた比喩が、より鮮明に想像できる。
主人公はおそらく、押しに弱いと思われる。
不思議な人に薬をもらってしまったことにしろ、柚木に話しかけられ、つきあうように言われてつきあうことにするにしろ、弱さがあったからこその展開だろう。
それでも、生きるべきか死ぬべきかの命題に対して、生きる理由ができ、生きていてよかったと思えるまでに至る構図は、内面の努力があってのこと。弱い心が悪であり、主人公は悪を打ち倒す話を描いてみせているから、読者は感情移入できるのだろう。
主人公の性格や価値観、直面している問題や葛藤から、どんな行動を取るのか予想しやすかったため、生きる理由を手にして生きていてよかったとなる展開は納得がいく。でも、最後にポケットに入っていた薬がなくなっているという予想外の展開に、興奮と驚きを感じてしまうところがよかった。
物語の中では、なぜ薬がなくなったのか、はっきりと説明されていない。消えた理由は読者に委ねられている。
主人公が柚木と話す中で生きる理由を見つけ、生きることを選んだ結果、無意識のうちに薬をどこかに落としたか、捨てたのか。
可能性はゼロではないけど、無意識に落としたり捨てたとは考えにくい。
不思議な薬と呼ばれており、主人公が生きることを選んだ瞬間、自然に消え去った可能性が考えられる。
生きることを望んで消えた可能性は、考えられる。そもそも、月夜に誘われるようにフラフラと夜中にでていくことが、考えにくい。魔法のような何かしらの術にかかっていたとも考えられる。
この場合、考えられるのは希死念慮を抱え持っている人だけが、夜な夜な家を出て彷徨ってしまったのだと邪推する。
だとすると、魔女のような不思議な人は、ハーメルンの笛吹き男のような存在だったのかもしれない。
一番可能性が高いのは、彼女が薬を取ったのだろう。
では、なぜ盗んでいったのか。
そもそも、どうして彼女は主人公に話しかけたのか。二人が話をするのは初めてだったにも関わらずに、である。
彼女も、死にたいと思っていたとある。
主人公が持っている薬が楽に死ねる薬だと知っていたので、彼女も昨夜、フラフラと誘われたに違いない。
ただ、「強く誰かの記憶に残りたいっていう、小さなしたいことがあるから」薬がもらえなかったのではないか。
彼女は誰かと付き合い、一緒に校門へ歩いていくといった、カップルがすることをしてみたかった。
主人公を利用し、「小さなしたいこと」を達成した。
彼に抱きついたとき、薬を盗み取ったのだろう。
「うん。私、頑張れる人が好きなの」
恋人になった自分が死んでも、頑張って生きてね、という思いがセリフに込められているのでと邪推したくなる。
サブタイトルに、「そしてCP、タイトルへ戻る」とある。
二人はカップルとなり、タイトル「希死念慮を攫って」に戻る。
攫うとは、油断しているところを奪っていくことである。
この場合の希死念慮は、飲むか飲まないかと思い悩んでいた薬のことかもしれない。そう考えると、薬は消えたのではなく、誰かに奪われたのだろう。
もし彼女だとすれば、主人公は生きる意味を見出したけれど、やっぱり生きる意味をなくしてしまうかもしれない。
真相はわからない。けれども、読者なりの解釈を見つけることが、本作の魅力だ。
そもそも本作は、人生の価値とは何か、どのように自分自身を見つけ、人間の感情と生きる意味について深く考えさせる物語なのだから。
キャッチコピーに「彼女は消えた。俺の記憶に、深く姿を刻んで」とあるので、柚木麗亜は主人公から薬を取って飲んだのだろう。
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