中間選考作品
サクラに狂わされる
サクラに狂わされる
作者 野々宮 可憐
https://kakuyomu.jp/works/16818093078627419717
女の子になりたかった良太は進路希望の性別欄を記入するとき思い悩み、かつて自分の理想を埋めた桜の樹の下を掘り返し、自身の理想と向き合って、女性として理想の着物を作っていく話。
誤字脱字衍字などは気にしない。
LGBTもの。現代ファンタジー。自己探求。
ミステリー要素もあって、なんだろうと思わせてくれる。
万人受けできるよう、楽しんで読める工夫があって面白い。
主人公は男子高校二年生の良太、一人称は僕、後半は私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
主人公の良太は、自身が思い描く理想の女の子になりたかったが、家族も先生も認めてくれなかった。毎年のお花見のときには、手作りのずんだ団子をつくるおばあちゃんだけが肯定してくれた。きれいな桜色の着物を作ってくれたおばあちゃんは理想の名前、咲良をつけてもらった。
中学二年生のとき、おばあちゃんがなくなる。一層、周りの目が厳しくなったため、主人公は自分の理想である咲良を、おばあちゃんといっしょにお花見をしていた桜の樹の下へ、『ここは僕の理想の墓だ』といって埋めた。
高校二年生の春、春休み前に配られた進路希望の紙を書こうとして、性別記入欄で手が止まった。このまま生きていくのかと怖くなり、無我夢中で走り出しては桜の樹の下までやってくる。
いつ何を埋めたか忘れたけれど、埋めたことを思い出して掘り返すと、桜色の着物を着た少女が横たわっていた。
飛び起きた少女は、主人公の理想の姿をしていた。花見をしようと手を引っ張られ、花見客がごった返す公園を走る二人。周りの人たちには彼女が見えていない様子。
最初の桜の木まで戻り、どうして埋められていたのか尋ねると、埋めたのは自分だと教えられる。彼女は人だけど、実態がないだけといい、ずんだ団子が好きなことはもちろん、主人公の苦悩も何もかも知っていた。
彼女は桜の木の下ではなく、ずっと上にいたといい、ここを墓場だと思っていたのはあなただと言われ、「あなたが今日記入しようとしたものはなに?」「家族も先生も、あなたが私になるのを認めなかったわよね。でもおばあちゃんだけが肯定してくれた」「おばあちゃんが死んだの。それから周りの目は一層厳しくなった。だから、あなたは私をここに押し殺して、埋めたのよ。おばあちゃんと毎年お花見に来ていたここに。『ここは僕の理想の墓だ』って言ってさ」
彼女から、「あなたの理想、とっても綺麗でしょ? 人を、あなたを狂わせられるくらい美しいのよ! もっともっと咲かせてよ! 誇ってよ!」といわれ、おばあちゃんがつけてくれた理想の名前、咲良を思い出すと理想の微笑みを魅せ、おばあちゃんが作ってくれた桜色の着物をのこして桜に攫われ消えた。
理想を取り戻した主人公は数十年後。桜色の着物を身につけ、自慢の長い黒髪を括って毎日着物を作っている。
着物に袖を通したお客様は、理想の美しさに魅せられ、「サクラに狂わされる」と口を揃えていうのだった。
「ふと、桜の樹の下を掘ってみた」という謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が関わり合っていきながら、どんな結末を迎えるのかに興味が引かれる。
書き出しがいい。
「ふと」とある。
なんとなく、掘ってみたのだ。
それでいて、「どこかの動画サイトの企画でもないし、梶井基次郎や坂口安吾の文学作品の影響でもない」と、そんなんじゃないですよと説明的エクスキューズを出してから、「高校二年生の春だった」と主人公の年齢や時節を示している。
そのあと、主人公の心情である「何かを埋めたんだ。この桜の下に。いつだったか、何を埋めたかも忘れてしまったけれど。得体の知れない恐怖を好奇心が押さえつけた」と語られていく。
書きはじめは粗く、大まかな描写や場面から進めていく書き方は、遠景、近景、心情と流れ。こうすると、読者は物語に入って言いやすく、深みも増していく。
主人公に共感するのは、桜の樹の下をほったら、理想の少女がでてきて、花見に行こうと手を引かれるという予期せぬ展開だったり、みつけたときは驚き、心配して救急車を呼ぼうとする人間味あるところや、高校二年生という、カクヨム甲子園としては読者と共感しやすいキャラである点があげられる。
進路希望の紙という点が、読者層である高校生との共通点となっているところも良かった。
五感を意識した書き方をしていて、視覚以外は意識しないと疎かになりやすい。本作では、「隣をポンポン叩きながら僕をじいと見つめるので、僕もそれに倣って座る。草が尻にささってチクッとした」みたいな、触覚の描写が入っている。
ときに口語的で読みやすく、柔らかい感じ。
会話からは、登場人物の性格も感じられる。
主人公と咲良のやり取りが面白い。
読みやすいように、長い文を避け、一文を短くし、段落も長く続かないようにもして、リズムやテンポを良くしている。
主人公の弱みとして、女の子になりたい気持ちを隠していた点が、ドラマを面白くしている。
ミステリー要素があるため、桜の樹の下に埋まっていた少女は何者なのか、といった謎を解き明かしながら、自身を見つめていく過程が描かれている。
単純に言えば、戦いの構図と同じで、主人公に謎を解いてほしいと、読者に願わせることで感情移入できる作りになっている。
本作で敵対するものは、少女かと思ったら、自分自身の内側にあったというどんでん返しにもなっている。
読者に謎が解き明かされるだろうと行動を予測させつつ、裏切る展開を混ぜて、予想を上回るラストに驚きと興奮を感じさせているところがいい。
自分の理想である咲良の描写が、よく書けている。それ以外は大雑把な感じがしていて、なにが大事なのか、メリハリがきちんとできているのもいい。
そのせいか、オノマトペや表現がわかりやすいものをつかっている。「少女はガバッと飛び起きる」「キョロキョロしている」「ガヤガヤしている」「無我夢中」など。ときに単調にも感じる。
「少し考えるような素振りをとって、シャボン玉が弾けたように急にパッとした明るい表情になって」この比喩は、わかりやすくていいかなと思った。
本作は、自分が理想とする女性(咲良)を桜の木の下から掘り出し、彼女との交流を通じて自己の理解を深め、最終的に自己を受け入れる。自己認識と自己受容の重要性を強調していると感じられた。
また、桜の象徴性も、物語に深い意味を与えている。
神の依代でもある桜には、春の到来と新しい始まり、儚さと美しさ、青春と学生時代、別れと再会、精神的な成長や変化、希望と楽観といった象徴的意味合いがあり、本作にはうまく用いて描かれていると感じた。
最後は、主人公が最終的に自分自身を理想として受け入れ、自己実現を達成し、着物を作る女性となるまでの過程が描かれている。
とくに読後感がいい。
タイトル回収ではないけれども、桜に魅了された主人公が作る着物で、誰かがまた魅せられていく。主人公にとって着物は、味方をしてくれたおばあちゃんの存在のようなものでもある。
自己探求と自己受容を描かれた感動的な作品だ。
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