【14】

 「ドレス着たかったなぁ。ママにも見せたかったし。あっ、暗い話しちゃった。んと……、凌汰君、初めてパパとママに逢った日、すごいガチガチだったよね」

 「当たり前だろ」


 「すごい片言だったし」

 「片言ではなかっただろ」


 「片言だったじゃん。しかも早口だったし、声震えてたし」

 「そんな事ねぇよ」


 「そんなに緊張しなくてもいいよって事前に何回も云ってたのにさ。お酒の力借りればよかったのに」

 「だから、そんなもんに頼んねぇよ。自分の実力で勝負するに決まってるだろ。ほろ酔いで上手くいくよりシラフで失敗した方が絶対マシだろ」


 「あはっ、そっか。凌汰君、結婚の報告しに行った時はもっと緊張してたよね?」

 「あんまり覚えてないんだよな、あの時の事」


 「あんなに緊張してたら覚えてないよね。〝お前に娘はやらん!〟って云われると思った?」

 「いや、それはないよ。お父さん、そういうタイプじゃないだろ」


 「あはっ、確かに」

 「お母さん、泣いてたもんな」


 「あっ、それは覚えてるんだ?」

 「うん、何とか。名シーンだからな」


 「大泣きだったよね。私、ママが泣いてるところ初めて見たかも」

 「病院ではしょっちゅう泣いてたよ。病室に行く前とか出た後に」


 「そっかぁ、そうなんだぁ」

 「笑美には見せないようにしてたんだろうな」


 「全然気付かなかったぁ。パパはいっつも目腫らして来てたけど」

 「確かに。よく目、真っ赤にしてたよな」


 「そうそう。パパが無理して気丈に振る舞うから、私も触れなかったけど、ママもだったんだね。まぁ、そりゃ、そっか」

 「あの時もずっと泣いてたぞ、お父さんもお母さんも」


 「あっ、覚えてる。凌汰君、ずっと泣きながら喋っててくれてたよね」

 「えっ、何で解んだよ」


 「んー、解んないけど、ずっと声だけは聞こえてた」

 「そう云えば、聴覚だけは暫く残るってどっかで聞いた気がする」


 「へぇー」

 「あれ、ホントだったんだな」


 「ホント、ありがとね、ずっと、傍にいてくれて」

 「ところで、笑美はどうやってここに来たんだよ」


 「あのね、見て、あれ」

 「ん? 窓がどうしたんだよ」


 「雲の切れ間にさ、ばぁーって光が差し込んでるじゃん?」

 「えっ、うん」


 「光がああいう感じになってる間だけ、死んじゃった人がこっちに戻る事が出来るんだって」

 「そうだったのか」


 「だからさ、また光が差し込む様に、お祈りしててよ」

 「笑美……、躰が……」

 

 「あっ……、薄くなってってる。時間が来たんだね」

 「そうか……。もう、時間か」


 「私、絶対また来るね」

 「ああ、いつでも、待ってるよ」


 「自分の躰、大事にしてね」

 「ああ、解ったよ」


 「ご飯ちゃんと食べてね」

 「ああ」

 

 「バランス良く食べてね」

 「ふっ、子供かよ」


 「下ばっかり見てたら駄目だよ? 幸せが通り過ぎちゃうからね」

 「ああ」


 「私はすっごく幸せだったよ。そりゃ、病気になって沢山辛い思いもしたし、沢山痛い思いもしたけど、凌汰君と過ごした楽しかった事とか、嬉しかった事の方が、私の中では大きいの。だから、大丈夫」

 「ホントに、ごめんな」


 「そんな、謝らないでよ。凌汰君と出逢えたし、ずっと一緒にいてくれたから、すっごくいい人生だったぁって、心から云えるの」

 「ホントに……、ごめんな……。絶対……、売れるから……。絶対……、大物になるから……」


 「うん、応援してる。私、五人の一番のファンだもん」

 「色んな世代に愛されて……、再生回数が何億もいって……、全国回って……、武道館満員にして……、レコ大獲って……、紅白に何回も出て……、知らない人は誰もいない様な……、世界一のバンドに……、絶対なるから……」


 「うん、信じてるよ、皆なら、きっとなれるって。私の事は忘れてもいいから、幸せになってね、凌汰君。次に逢う時までの、宿題だよ」

 「忘れねぇよ……」


 「凌汰君と出逢えて、ホントに良かった」

 「俺も……、笑美と出逢えて……、良かった……」


 「ありがとね、凌汰君」

 「ああ……、ありがとう……」

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